第10話 魔法石が足りない

 その日はいつものように、魔法道具の設計図を提出して魔法石を貰えるはずだった。


 いつものように私とレニが提出した設計図を確認して、保管庫から魔法石を取り出そうとしたハニカ様が中を見てから呟いた。

 

「あれ……? もう魔法石がないですね」


 そこへちょうどやってきたナジェに報告する。


「所長、ここにまだあと5つ魔法石が残っていたはずなのですがご存知ですか?」


「ああ、それは昨夜俺が使った。ちょうど今からギルドに取りに行くところだ」


「そうでしたか。それならリシャ様とレニの魔法道具の分は届いてからお渡ししましょう」

 

 私は魔法石が足りないことよりもギルドに興味が湧いた。


「ギルドって何ですか?」


「国中のあらゆる商品を取り扱い管理している場所で、商人や団体はギルドを通して必要な物を仕入れるんです。エメラルド塔で使う魔法石もそうして確保しているのです」


 ハニカ様の説明によると、この世界での流通は全てが王都の中心地にあるギルドに集約されて、そこから流れているのだとか。


 物だけに限らず、職人や技術職の登録もされていて人材派遣なども行っているらしい。


 ギルドから魔法石を仕入れるのはこのエメラルド塔の最高責任者であるナジェの役目というわけである。


 ふむ、責任者の務めというやつなのね。

 

「それではレニ、ギルドへの同行をお願いしてもいいですか?」


 ハニカ様はいつも通り、といった風にレニに言う。


「はい! あ、でも昨日作った要請道具の件で王宮に行かなくてはならないので、今日はリシャにお願いしてもいいですか?」


「えっ? 私?」


「リシャ街に行きたいって言ってたじゃない」


 そういえばこの前、ランチをしているときにそんな話をした気がする。なかなかきっかけもなくて、そんな願いすら自分でも忘れていた。


「あ、うん! でも、いいのかな」


 ちらっとナジェの方を窺い見ると彼は特に気にしないといった風な表情を浮かべた。


「構わない」


 やった!街に行ける!


 以前からレニに聞いてた流行りのドレスショップやスイーツショップも見てみたいな。この世界に来てからというもの、自分のいた世界にはなかった装飾文化に心を奪われている。


 この世界では洋服も小物も食べ物も、とにかくあらゆる物に美しく繊細な装飾が施されているのだ。


 よくよく聞いてみると、私がこの世界に辿り着いた時に彷徨っていた場所は街のほんの端っこの部分だったらしい。


 王都の街はそれはそれは綺麗で美しいのだという。

 国中の一流品が集まる場所だということだから、きっと素敵な商品で溢れているに違いない。考えるだけでワクワクしてくる。




 そうと決まったら、すぐに馬車の準備が整い、早速街へ向かうことになった。


 この世界では当たり前のように使われている馬車にも初めて乗る。魔道士のローブはスカートが長すぎて乗り降りも意外に大変だ。


 ナジェも乗り込んで、私の隣に座る。二人乗りの馬車は意外に狭かった。


 なんだか距離が近くて妙にそわそわしてしまう。


 と思っていたのも束の間、相変わらず口の悪いナジェと普段のやりとりをしているうちに、そんな思いはいつの間にか吹き飛んでいた。





 しばらく馬車を走らせていると、窓の外にスミレ畑が見えて来た。


 色とりどりのスミレが一面に咲き誇っているのを見て思わず嬉しくなる。


「初恋の思い出か?」


 いつの間にか私の顔をじーっと見ていたらしいナジェが揶揄うような口調で尋ねてきた。そうだ、ナジェとスミレの花畑で会ったときに、その話しをしたんだよね。


 揶揄われた恥ずかしさよりも懐かしい思い出が蘇り、気づくと私は素直に質問に答えていた。


「うん。その子は花にすごく詳しくてね、いつも色んな花の花言葉を教えてくれたんだけど、その時だけは教えてくれなかったの」


「……あどけない恋」


「知ってるの?!」


「そいつはリシャのことが好きだったんだな」


「ふふ、後から知ったとき嬉しかったな〜」


 あの頃のことを思い出すとなんだかくすぐったいような気持ちになる。


「へえ」


 そう呟いたナジェは意味深な笑みを浮かべる。

 その表情はなんとも艶やかで、思わずドキッとしてしまった。


 やだ……!私ってばいい歳してなんでこんな話を……。


 ナジェと話しているとつい自分が年上だということを忘れて、うっかり何でもかんでも話してしまう。


「こ、子供の頃の話よ! 今はもう立派な大人で……! アラサーだし、これから目尻のシワも気になる年頃だし!」


 焦りすぎて自分でも訳の分からないことを言ってしまう。


「そうか、リシャはシワのできる歳か」


「っ……! そんなに目立たないもん!」


「なるほどな」


 ふっと笑って全く相手にしようとしないその素振りにちょっとムキになってしまう。


「近くで見てもわからないわよ! ほら!」


 そう言って勢いよくグイッと顔を近づけて見せる。


 ナジェはびっくりしたのか、一瞬固まってその端正な顔から表情が消えた。



 後から考えたらなんて大胆なことをしてしまったのだろう。


 この世界の常識からしたら、目上の立場のしかも貴族に対してそんな行動してしまうなんて不敬だし、女性としてもきっとあるまじき行為だ。



「あ……! ごめんなさい!」


 我に返り、慌ててすぐに姿勢を正した。


「い、いや……大丈夫だ」


 ナジェはぼそっと答えて片手で頬を抑えながら、私からは顔が見えないように向こう側の窓を見ている。



 怒っちゃったのかな……。


 さっきの様にすぐムキになっちゃうところ、本当に私の欠点だ。



 その後は目的地に着くまで終始無言だった。

 き、気まずい……。


 これなら普段のように揶揄われたり憎まれ口を叩かれている方が100倍マシだ。


 ああ、穴があったら入りたい……!

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