第17話 もう逃げない
「え〜今日の欠席者は水野さんね。……病欠っと」
──朝のホームルーム。先生が出席簿に声を出しながらメモをする。
︎︎今日は水野さんに、昨日の放課後の発言を謝りたくて大雨の中、早めに学校に来た。……けれどいつに経っても水野さんは来なくて、欠席していた。
おそらく昨日のことが原因で、休んでいるの可能性が高い。……え、もし体調とかそれが原因で崩していたら申し訳ないな……。
︎︎とりあえず、水野さんが学校に来てからまずはあの放課後のことを謝って、休んでた理由も聞けそうだったら聞いてみよう。
︎︎ 窓を見ると学校に登校した時と変わらず、大雨が地面に打ち付けていた。
︎︎その音にぼんやりと耳を預けていると、クラスのみんなは授業の準備をしていた。次の時間は化学だ。私は少し慌てて化学室へ移動した。
──お昼休み。
︎︎楠さんと五十嵐くんとお弁当を食べながら、のんびりと話す。
︎︎ふとお弁当のコロッケをつまみながら、昨晩のライアーの言葉を思い出した。
────自分や相手を知っていくことは、停滞していたものが動くことが多い。そのために“話す”ことは大事なのかもしれないよ。案外、自分では気づけなかったことに、相手が気づかせてくれることもある。
︎︎楠さんと五十嵐くんのふたりは、優しくて一緒に居て楽しいから、自然と色々と知りたくなった。
……あ、そういえば2人の好きな食べ物とか知らないかも。 まずはそれを聞いて、私も“湯掻いたとうもろこし”が好きなことをふたりに話そう……!
「……そういえば、楠さんと五十嵐くんの好きな食べ物ってなに?」
「え?……うーん、私は焼肉!!炭火焼きだとなおよし!」
「そうだな〜……俺はプリンかな」
『「え!?」』
︎︎意外な五十嵐くんの好物に私と楠さんは、拍子抜けした声が同時に漏れた。
……どちらかと言うと、楠さんが「プリン」で五十嵐くんが「焼肉」っていう感じもするけれど、決めつけは良くないよね。
︎︎すると楠さんが口を開く。
「えぇ〜意外すぎる! え、五十嵐くんの好きな食べ物って結構みんな知ってる感じ?」
「いや、たぶん友達とかしか知らないと思うけど?」
「へぇ〜 ギャップある男子は、女子の好感度上がりやすいから、女子が聞いたら今より更にモテそう」
「……たしかに」
︎︎楠さんの言葉に私が同調すると、五十嵐くんは「そうか?」とだけ返し、喜んだり調子に乗るわけでもなく平然としていた。
「あ、そういや栗本さんの好きな食べ物は? 俺らまだ知らないから気になる」
「え、あ、……“クリームシチュー”だよ」
────あれ、なんで。
私、ふたりの前では偽らずに答えようと思ったのに。
「湯掻いたとうもろこし」って言っても、ふたりなら笑ってくれてもいいと思った。きっとその笑いは馬鹿にした笑いじゃないし、肯定してくれるはず。 なのに……。
「あ〜なんかしっくりくる!私もクリームシチュー好き!」
「……楠さんはどちらかと言うと、ビーフシチューの方が好きそうだな」
「え、さすが。五十嵐くんにはお見通しか〜」
「ふふっ、お弁当の中身もよく肉系だからなんとなく私もそう思った」
︎︎私の言った言葉にふたりは笑うと、私もつられて笑った。けれど内心は、自分の好きなものを伝えられなくて
︎︎午後の授業はあまり集中できず、お昼時間に発した自分の言葉が頭から離れなかった。……自分の好物すらも言えなくなってしまったのかと、ずっと心の中で叱責していた。
そんな風に過ごしていると、いつの間にか放課後になっていた。……今日一日あっという間だったな。
「あ、まゆりっち~!」
︎︎リュックを背負い、教室を出ようとすると中原さんが駆け寄ってきた。
︎︎中原さんは明るく、ギャル?のような人で、体育のサッカーの授業をきっかけに少しだけ仲が縮まった。サッカーの授業以降から私のことを「まゆりっち」とさらっと呼ぶようになったけれど、嫌な感じはしないからそのままそう呼ばせている。
「あ、中原さん。どうしたの?」
「なんか、水野っちからLINE来てたんだけど『栗本さん、昨日大切なものを忘れて帰っちゃったから、家まで取りに来てほしい』って誤字だらけで来ててそれを伝えようと思って、今に至るって感じ~」
「大切なもの……?」
「そうそぉ~! 『大切なものって何? あと、体調大丈夫?』って返信しても既読にもならなくてさ~」
……なんだか嫌な予感がすると思い、ちらっと中原さんに不自然に思われない程度に、隣にいるライアーに目配せをした。すると、ライアーは「……近くで死神の気配がする、きっと“ザクロ”だ。……何か良くないことが起きる気がする」と警戒した様子で言った。 もちろんライアーの声は私にしか聞こえておらず、中原さんには聞こえていない。
「……ありがとう、中原さん。水野さん家に訪ねてみるよ」
「あ、水野っちの家、わかる?……うちは知らないんだけどさ、本人は歩いて10分くらいって前言ってた」
「えっと……たぶん大丈夫だと思う」
おそらくだけど、ザクロがいる場所は水野さん家だと思うから、ライアーの死神の気配を感知する能力を頼りに行けば、たどり着けるだろう……ほぼ賭けみたいなものだけど。
「まゆりっち、1人で大丈夫?今もめっちゃ土砂降りだし、うちも一緒に行こうか?」
「あ、ううん。大丈夫だよ」
「ほんとぉ? ……じゃあ気をつけてね〜」
「うん、色々とありがとう。また明日ー」
︎︎中原さん、いい人すぎる……。
3学期なるまでほとんど話したことなかったから、こんなにいい人だとは思ってもいなかった。
心配してくれて嬉しい反面、もし私と一緒に行って何か悪いことに巻き込まれたら、申し訳ないからと思って今回は断った。
────やっぱり話すことは大切だな。
遠くから見て、分かった気になっていたけど話すことでやっと、初めてひとつ知れたような気がする。
︎︎軒下に出ると、中原さんが言っていた通り土砂降りだった。……傘はあるけど、差しても結構濡れそうだな……。
︎︎周りを見ると、雨宿りしている人や親に車で迎えに来て欲しいと電話越しにお願いする声が、轟く雨音の中でかすかに聞こえた。
︎︎ビニール傘の群れが下校する中、バサッと黒い傘を広げた。水溜まりに気をつけながら、降り注ぐ雨の中へ入っていった。
「まゆり、この道を左だ」
︎︎ライアーがザクロの気配がする方へと案内していく。少し早歩きで案内された方へと向かって行き、隣を見上げるとライアーはびしょ濡れになっていた。……そう、私はずっと傘の中にライアーを入れずに、自分だけ傘を使っていた。
「……え、あ、ごめん!死神も雨に濡れるんだよね。本当にごめん、気づかなくて」
︎︎ずっと前ばかり見ていたせいで、全然気づかなかった。最低なことをしたと自己嫌悪しながら、すぐに傘の中に入れようとすると、ライアーは「いや、いいんだ。まゆりが使ってくれ」と止められた。 けれど、見てるこっちは寒そうで心配になる。
「死神は風邪ひかないの?それに、寒くないの……?」
「あぁ。死神は風邪ひかないし、暑さも寒さも感じないから大丈夫だ……あ、次は右に曲がって」
「……それでも濡れてほしくないんだよ」と思いながら右に曲がると、ブラウンのアパートが見えた。
「……まゆり、このアパートだ。急ごう」
「う、うんっ」
︎︎傘についた水滴を落とさないまま閉じて、ライアーの後ろを追って3階まで階段を駆け上がった。
「……ここだ。このドアの向こうにザクロがいるはずだ」
髪や服から雨水を滴らせているライアーが、301号室のドアを指さした。
「……ここでもし、水野さんが住んでなくて他人が出てきたらどうするの」
インターホンを押す前にライアーに訊ねる。
「たしかに、違う人だったら気まずいね。……あ、じゃあ僕が透明化して中を見てみるよ。そこでザクロや水野さんがいるか確認して、まゆりに知らせるからしばらく待ってて」
「……分かった。ありがとう」
やることは不法侵入に近いけれど、ライアーが透明化することで、すぐに状況が分かるからお願いすることにした。
……出来ればこんな土砂降りの中、ここまで来たから水野さんが住む家であってほしい。
︎︎しばらくすると、ガチャリと鍵が勢いよく空く音が聞こえた。
驚いて301号室のドアを凝視していると、今度はドアが空いた。
────ドアを開けたのは水野さんではなく、ライアーだった。
「……え、ライアー。どういうこと?なんで開けたの」
ライアーは深刻そうな顔をしながら、私の目を捉えている。
「まゆり……落ち着いて聞いてほしい。
────今、“ザクロに魂を取られかけて水野さんは気を失っている”」
「……え、待って!?じゃあ水野さんはザクロに……」
︎︎何がどうなってこんな事が起きているのかが分からない。私の中で困惑と不安が渦巻く。
ライアーの表情にも焦りが見え、只事ではないのを再認識する。
「とにかくまゆりは早く家に帰るんだ。ザクロは今、情緒不安定だ。まゆりも魂を取られるかもしれない、だから早く……」
「────漆黒さまぁ? 約束の20秒が経ちましたよぉ? 約束は守ってもらわないと」
『 「っ!!」 』
︎︎そのねっとりとした声で鼓動が早くなる。 ︎︎ライアーの背後にザクロが突然現れると、ザクロはライアーの肩に顎を乗せて、目の前にいる私を睨んだ。
ライアーは一瞬だけザクロに見て、また視線を私に移した。
「とにかく、まゆりは早く帰るんだ。あとは僕が何とかする」
「……帰らない」
「え」
「……水野さんがもし目覚めて、死神ふたりもいたら怖いでしょ。しかもライアーの姿は、水野さんには見えないから意思疎通ができない。それに、中原さんから聞いたLINEでは、ライアーじゃなくて私に来てほしいと言ってるんだよ。……ライアーを呼ぶための意図があったかもしれないけど、私は水野さんをひとりにしたくない」
「……分かった。じゃあ、まゆりは水野さんの傍から離れないようにしてほしい」
︎︎そう言うとライアーは、大きくドアを開けた。
私は玄関へと足を踏み入れ、中へと入っていった。
︎︎どうやら水野さんの家族は留守のようだった。……人生で初めて不法侵入をして、罪悪感が込み上げる。
︎︎水野さんの自室らしきところをノックして入ると、ベッドで眠っていた。
ライアーは隣の部屋で、ザクロになぜ水野さんの魂を取ろうとしたのかを聞くらしい。
︎︎私はその隣に体育座りをして、部屋を眺める。 以外にも私より物が少なく、机の上にはノートパソコンと塾の教材らしきものが置かれていた。……あとはドレッサーがあるくらいで、少し寂しい印象があるけど、高校生の部屋ってこういうものなのかな?
︎︎そう思っていると、かすかにライアーとザクロの声が聞こえた。慌てて耳を澄ます。
「──ザクロ、水野さんの魂を食べようとしたんだろう?」
「そうですよぉ?もう用済みなんで。では俺からも質問します。……なぜ漆黒様は“彩の魂”なのに、止めたんですかぁ?……まゆりの魂以外は興味ないのでは」
「……今日、まゆりのクラスメイトから『水野さんが、まゆりに家まで来て欲しいって言ってる』と連絡があった。それでまゆりと共に訪ねたら、ザクロが魂を取っている最中に遭遇したわけだ」
「チッ、……あのアマ、怯えた様子で逃げ回っていながら、スマホで連絡を入れていたのか。でも、偶然発見したとはいえ、漆黒様が魂を元に戻した理由にはなっていませんよぉ?」
「……人の魂を取って食べると、当然その人は死ぬ。水野さんはまゆりにとって他人ではない。……水野さんが死んでしまうと、まゆりの精神にも影響する。つまり、まゆりの魂の味が変わってしまう可能性がある。だから止めたんだ」
────ライアーが水野さんの魂を元に戻したのは、慈悲ではなくて、“私の魂に影響するから”ただそれだけ。
突然なんだか絶望した気持ちと後悔に襲われた。
────そもそも、私がライアーと出会わなかったら、水野さんはここまで苦しまなかった。
ザクロだって、ライアーと一緒に居ることができたかもしれない。
────ザクロと水野さんが手を組んだ本当の理由がわかった。
────私、“邪魔な存在”だったんだ。
︎︎すると、激昂したザクロが壁から姿を現した。
私と目が合うと、瞬時に詰め寄ってきた。
「……お前を殺す」
「待ってくれ!ザクロ!!」
ライアーが見た事ないくらい焦った様子で、ザクロの肩を掴み私と距離を離す。
「……ライアー、もういいでしょ?私は充分、幸せな時を過ごした。……選んで。今、ライアーがここで“私の魂を食べる”か、美味な魂じゃないとまだ言うのなら、私は“ザクロに魂をあげる”」
「……ま、待ってくれ。まゆりそれは……」
「ふーん、お前にしてはいいアイディアじゃねえか。いいぜぇ?もしここで漆黒様がお前の魂を食べないのなら、俺が食ってやるよ。……お前のせいで、俺は自由に魂を食うこともできねぇ」
︎︎ライアーの顔はどんどん青ざめ、
すると、ライアーは私の元へ寄り、耳元に顔を近づけた。
「……まゆり、ここから逃げよう。さぁ僕の手を掴んで……」
「嫌だ。私は逃げない。もうとっくに“覚悟”はできてるから」
耳元で囁いたライアーの声に裏切るように、堂々とザクロにも聞こえるような返答をした。
「……漆黒さまぁ?逃げられませんよ。どいてください。
────今の行動で、貴方の選択が分かりましたから」
そう言うと、ザクロは物凄い力でライアーを床に叩きつけた。家中に鈍い音が響き渡る。
「“覚悟はできている”んだよなぁ? ……早速、魂を取るぞ」
「うん……。ごめん、ずっと不快な思いをさせてしまって……」
「ま、まゆり……離れるんだ……」
︎︎ザクロの死神の力でライアーは床に倒れ込んだまま、濡れた前髪の隙間から私を捉えているのを横目で見た。
私は一瞬だけそっとライアーに対して微笑んだ。
︎︎ザクロの手が私の方へと伸びてくる。
……あぁ、やっぱり前と変わらず、日が沈む海を眺めているような穏やかな気持ちだ。
「死んじゃだめぇーー!!!!」
「うわ!?」
︎︎突然起き上がった水野さんが、私の手首を強く掴んだ。その瞬間、体勢を崩し、互いにベッドへと倒れ込んだ。
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