幼馴染の恋人役になったら、タイプじゃないのに胸がキュンキュンしちゃうんだが?

犬の話

第1話 契約成立だね

 昼下がり。まばらにしか客のいない閑散としたファミレス。その中で、高校生くらいの男女が言葉を交わしている。


「丞って、私以外に友達いないの?」

「……いるから、沢山いるから」」


 高田丞たかだじょうは、幼馴染の龍岡咲来たつおかさくに顔を引き攣らせながら答える。

 男女が二人きり。それだけで一部の人間は、恋人かもしれないと無用な邪推するかもしれない。だが、この二人は恋人と言う訳でもなく、異性として意識し合うような仲でもなかった。

 今はまだ、気の置けない関係の幼馴染でしかない。


「うそだー。いっつも私が誘うと暇だからって話相手になってくれよね?」 

「ち、違うし、俺は咲来がおごってくれるって言うからついてきてるだけだし」

「そんなこと言っちゃって、本当に私のこと好きなんだから」


 咲来が、わざとしく悪戯っぽい笑みを浮かる。

 丞は、小さい頃から見続けているせいで感覚が麻痺しそうになるが、咲来はかなり可愛いと丞は思っている。艶やかな明るい栗色の髪に、くすみ一つない透き通ってしまいそうな白い肌。すうっと通った鼻筋に、宝石のように美しく大きな瞳。細長い手足に、メリハリの利いたスタイルと、欠点をあげつらうことがことできないくらいにはすべてが整っている。 

 丞はドリンクを口に含んでから、そっぽを向いて雑に答えた。


「はいはい。俺は昔から咲来のことが大好きですよー」

「めっちゃ棒読みじゃん」

「そりゃそうだろ。実際、興味ないし」  

「あるかもしれないじゃん。丞が私のことを好きな可能性」 

「ないない。悪い、ちょっと飲み物を取ってくるわ」

「私のもよろしくー。コーラがいい」

 

 咲来からもコップを受け取って、丞はドリンクバーへ向かった。

 突然だが、丞には距離感も近い幼馴染を好きにならない理由がある。

 丞の理想のタイプが年上の優しいお姉さん、つまり、ゆるふわお姉さんだからだ。同い年のゆるふわじゃない幼馴染は可愛かろうが眼中になかった。

 咲来だって、好みのタイプは丞とかけ離れている。それに特段容姿も優れていなければ、大した取り柄もない丞のことなど、異性としては興味の欠片もないだろう。


(全く、人使いが荒いんだから)


 内心、姉のように自分のことを雑に扱う咲来に不平不満を感じながら、丞は両手にドリンクを汲んでから席に戻る。――が、自分の席だったはずの場所に見覚えのない中学生くらいの少年がいる。


「うわっ、咲来がショタコンだったのか……俺は邪魔だな、さよならー」

「違うから、勝手に帰るなぁ⁉」


 咲来が焦燥感を滲ませて、丞を呼び止める。


(……あーそう言う感じか)

 

 似たような状況は、何度か経験があった。

 状況を察するに、中毒性のある薬でも出ているのかと疑うレベルで他人に好意を寄せられる咲来が、少年にナンパでもされていたのだろう。童顔で下手すれば小学生にも見えてもおかしくない少年にしては、結構背伸びしてる気もするが。

 そのためか、邪魔されたと思っているであろう少年が丞を睨みつけている。


「本当に、この人がお姉さんの彼氏なんですか?」

 

 少年の後ろにいた咲来に、一瞬視線を向けると首を縦に振り、何かを訴えかけているようだ。 

 話を合わせろと言うことだろう。


「……まあそうだな」

「くっ……お前なんて、全然お姉さんと釣り合ってないんだよおおおおおおお」

 

 目じりに涙を浮かべながらも、捨て台詞を吐きながら、逃げ出す少年。 

 

「えぇ……」


 一言だけで咲来をナンパから救えて、ハッピーなはずなのだが、少年の捨て台詞は、丞のメンタルに少なくないダメージを与えた。

 昔から、咲来と丞では友人でいることすら釣り合わないなんて、陰口は叩かれてきた。気にするべきではないとは思っている丞ではあるのだが、そう思えるほど、容姿も性格も持って生まれたもの全てが釣り合っていない。

 きっと幼馴染でもなければ、同級生であっても咲来に一度も話し掛けられることなく、丞は高校の三年間を終えるに違いない。

 それでも咲来は、今でも丞に小さい時と変わらずに接してくれている。そう言う咲来の性格は、丞も尊敬していたのだが。


「ぶっ――イヒヒヒヒッ。丞の顔、馬鹿みたい」


 堪えきれなくなった咲来が噴き出し、腹を抱えて笑い始める。


「俺は結構気にしてるのに」

「ごめんって、でも助かったよ」

「笑いながら、言われても気持ちこもってない」

「助かったのは本当だし、お詫びに私たち、付き合っちゃおうか?」

「は?」


 流石に丞も自分の耳が壊れたのかと疑う。

 咲来の顔を見ても、自分に好意を寄せている風にも見えず、照れる様子もない。冗談かと思えば、真顔を崩さず、微塵の真意も不明である。

 困惑を隠し切れずにいると、咲来はバツが悪そうに頬をかいた。


「ごめん、言葉が足りなかった。私と丞が付き合ってる振りをしてくれれば、さっきみたいに男の人も寄ってこないと思うんだよ。それに、もしまた絡まれることがあっても、丞に彼氏の振りをして貰えば納得して、早くいなくなってくれるんじゃないかな?」

「あーそういう感じか」

「ん? 本気にした?」

「まさか」

「それでどうかな? こんなに早く帰ってくれたのは、初めてだと思うし、あれは丞が彼氏の振りをしてくれたからだと思うんだよね。お願い」

「やだ」


 咲来が手を合わせて懇願するが、丞は即答だった。 


「なんで、好きな人でもいるの?」

「いる訳ないだろ。いたとしても、振り向いてすら貰えんわ」

「だったら、私と付き合ってくれてもいいじゃん」

「やだよ。俺に何のメリットもないから」

「私と付き合ってるって噂になれば、一気にみんなの人気者だよ」

「それは確実に嫉妬で群がってきてるだけだろ。デメリットでしかないんだが」

 

 今までどんな男に告白されても、絶対に首を縦に振らなかった咲来にピンク色の噂が広まれば、その相手はどんな人間なんだと、好奇や嫉妬を向けられるのは想像に難くない。尊敬している一面もある咲来の頼みであれば、叶えたい思っている丞であっても、そんなリスクは背負いたくはなかった。自分が釣り合ってない咲来の恋人の振りというのも、抵抗感がある。

 咲来の顔を見ると、むうぅっと頬を膨らませていて拗ね気味のご様子。


「恋人の振りしてくれたら、丞がこの前行きたいってカフェに一緒に行ってあげようと思ってたのに」

「なに?」


 丞は甘いものに目がない。と言うよりは、糖分を目にすると馬鹿になるくらいであった。

 特にインスタ映えするようなスイーツは、行動範囲にあるのであれば、絶対に行きたいと思うほどである。だが、カップルや女性ばかりのこじゃれたカフェやお店に男一人で行けるほどの胆力はない。

 しかし、咲来が一緒についていってくれるなら、話は別だ。


「よし、今すぐ付き合おう。むしろ結婚してくれ」


 何言ってんだこいつみたい目見られているが気にするべきではないだろう。


「……冗談だ。恋人の振りをする話は、たまに俺が行きたいスイーツの店についてきてくれる交換条件なら」

「そのくらいならお安い御用だよ。もし、本当に恋人っぽいことを欲しいんだったら、追加料金で対応するよ」

「絶対にいらんが」


 機嫌が良さそうに笑う咲来を見て、丞は胸をなでおろす。

 自分の出した交換条件が少しでも咲来に嫌そうな顔をされれば、立ち直れないところだった。


「よかったあー。丞くらいしか恋人の振りして貰うのに、信用できる人がいなさそうなんだよね」

「うん? どういうこと?」


 交友関係の広い咲来なら、喜んで恋人の振りしてくれる人間なんて腐るほどいそうなのだが。


「いやあ、恋人の振りしてくれそうな人なら、いない訳じゃないと思うんだけど、信用面で不安があるし、ガチ恋されても後で困るし……それに私も片想いしちゃったら断るのも面倒だし、辛いし。その点、丞なら何の心配もないから」

「俺ってそんなに信用されてる?」

「丞って、ゆるふわお姉さんがタイプじゃん。ゆるふわお姉さん以外に興味ないじゃん」

 

 咲来は、活発で明るい性格。丞のタイプのゆるふわお姉さんとは程遠い。付き合いだって長いが、咲来のことを今まで異性として意識したことはなく、一貫して双子のように仲の良い幼馴染でしかなかった。咲来だって同じような感情を抱いているからこそ、恋人の振りをしてほしいと頼んできたのだろう。

 恋人の振りをしていれば、恋に落ちてしまうなんてことは想像できない話ではない。両想いとなれば、問題は起きないのあろうが、もし片想いになってしまえば、どう足掻いても不幸な結末しか待っていない。

 その点、丞と咲来は幼馴染の長い付き合いであっても、異性として意識することはなかったのだから問題にならないはずだ。

 丞も咲来も同じ結論に至り、高を括った。


「まあ、俺はゆるふわお姉さん以外に興味ないからね」

「私だって、丞のこと全然タイプじゃないし、ぶっちゃけ興味ない」

「だろうね」

「だから、恋人役として適切だよね」

「ああ、咲来も約束守ってくれよ」


 契約成立とばかりに互いに手を握る。丞は、今度どこのお店のスイーツを食べに行こうかななんて考えながら。


「もったいないから、限界までコーラ飲むよ」

「それは俺のコップだ」

「えー気のせい――あっ、気にしない気にしない」

「ちょっとは気にしろ」

 

 こうして契約を交わした後も、ただ幼馴染としての一日が過ぎてゆく。

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