来世計画

来世計画

「ねえねえ、来世は何になりたい?」


そう聞かれたから、私は少し迷って、「くじら」と答えた。


「へえ、どうして?」


「どうしてだろう」


頭に浮かんだものをぱっと答えただけで、あまり理由は考えていなかった。しかし彼女は興味深そうにその大きな瞳をこちらに向けるので、私は仕方なく、どうして?と自分に問いかけた。もちろんそれはね、と答えてくれる便利な存在はいないので、頭の中をぐるぐる探検して理由を探る。そうして、ようやく答えらしきものを見つけたので、私は探り探りでそれを言葉として引っ張り出した。


「うーん……泳ぐのがね、好きなんだ。昔スイミングスクールに通ってたんだよ。それからずっと、陸の上を走るより水の中を泳いでいる方が楽しいなって思う。でも一番楽しいのは水の上に浮かんでるとき!だから来世は大きなくじらになって、毎日海の中を自由に泳いで、海の上でぷかぷか浮かんでいたいの」


「ふうん、なるほどね」


彼女は何度も頷きながら、手元のノートに何事かを書き込んでいた。チラリと見えたくじらという文字に、今私が答えたことをメモしてるんだとわかって、そんな文字にして残すほどのことでもないけどなと思う。暇な時間に友達同士で交わし合う、生産性のない、無駄で、けれども失われてはいけないと思う愛おしい会話。これはそんなものの一つだ。


けれどもまあ、彼女が私の答えに満足してくれたのならそれで良いか。私は考えるのをやめ、その代わりに彼女に同じ質問をした。


「あなたは? 来世は何になりたいの?」


それは本当に、ふと気になって聞いてみた程度の、軽い気持ちだった。思考回路を通るまでもないような、思い浮かんだことをそのまま言ってしまったもの。けれども彼女はその質問に、ひどく真剣に考え込んでしまった。


「くじら、かな」


そうして絞り出された答えは意外なものだった。だって、私と同じだなんて。


「どうして?」


「あなたの答えを聞いてたらね、くじらの人生も楽しそうだなって思ったの」


「へえ」


私は相槌を打って、その後なんと言っただろう。思い出せない。この来世の話の続きかもしれないし、はたまた全然違う話題に移ったのかもしれない。思い出せない。覚えていない。だってその会話は、暇を持て余した女子高生たちの、たわいもない日常の一コマだったはずで。文字に残すほどでもない、ありふれた場面で。


ではなぜ今私が必死にその会話を思い出そうとしているのかというと、今目の前に彼女がいるからだった。いや、正確には彼女を名乗るまだ小学生ほどの幼い少女が。あの日私と会話を交わした彼女本人ではない。


だって、彼女はあの会話をした三日後に死んだから。


「あのさ、あのあとくじらになってみたんだけどね、そんなに楽しくなかったよ」


少女は長年の友人にでも話すような軽い口ぶりで言って、背中のランドセルから見覚えのあるノートを取り出した。


「ねえねえ、来世は何になりたい?」

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来世計画 @inori0906

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