その3 煙草

 スーパーの入り口にある自販機で煙草を買おうと小銭を入れた。


 落ちてきた煙草を取ろうと思ったら、誰かの忘れ物か、別の銘柄の煙草があった。


 今俺が買った煙草と、誰かが買って忘れられた煙草が手中にある。


 魔が差す。


 失業中の俺にとって、煙草一箱でも貴重なんだ。


 それにこの銘柄の煙草も吸ってみたいと、いささか興味も湧いてきた。


 魔が差した。


 上着のポケットにそれを入れようと構えた時、慌てた様子の中年男性が走って入り口に入って来た。


 俺は白々しく「あなたのですか?」と声には出さなかったが、そんな風な顔をして煙草を差し出した。


 中年男性はほんの少しだけ頷いたような素振りを見せ、俺の手元から煙草を取った。


「お前、この煙草を盗るつもりだっただろう。」


 と声には出さなかったが、そんな判りやすい表情で俺の足元あたりを横目で睨んで出て行った。


 俺は未だに後悔している。


 どうしてさっさと煙草をポケットにしまわなかったのかと。

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