4話 大志を抱け
『4話 大志を抱け』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
どちら側か、なんて話では無いのかもしれない……
考えてみれば、人が英雄と呼ぶ存在は揃いも揃って殺人鬼ばかりだ。
現代で死刑判決を受たような凶悪犯と比べて見ても、英雄なんてのは圧倒的に数を殺している人物が多い。
人を殺していない英雄なんて、それこそ数える程しかいないだろう。
だからこそ、こんな言葉が生まれたのだ。
殺人を肯定するのはおかしい、そんな社会は間違っている。
そう訴えた。
しかし、その言葉ですら現代では誤用される始末。
そうなると前提条件が違うのかもしれない。
もともと、そこに違和感を持つ方がおかしいのだ。
人は元来同族殺しを悪とする価値観を持ちながら、その一方で数が膨大となれば正義とする価値基準を持った生物だった。
おかしくなどなく、間違ってもいないのだ。
その状態こそが正常であり、本来有るべき姿なのだ、と。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
見覚えのある背中を見つけた。
とんとん、
後ろからそっと近づいて肩を叩く。
「!?」
ビクッとなり、恐る恐るといった様子で振り返る。
当たりだ。
相手の顔を見て確信した。
「あ、あぁ……。君か」
私をナンパしてきた青年である。
彼は、私を見てどこかホッとした様な表情を浮かべている。
呆れるしかない。
あんなことがあっても、結局青年の警戒心は薄いままらしい。
「無事だっ__」
言い切る前に、首を掻っ切った。
いくら逃げ足が早くても、それじゃ生き残れない。
せっかくのチャンスだったのに。
結局、私に狩られる運命から逃れることは出来なかった様だ。
逃げ足を発揮する機会が常にあるとは限らない。
さっきとは状況が違うのだ。
だって、あのヴィランと違って私のターゲットは初めからあなた自身なのだから。
鮮血が舞い、青年の表情が驚愕に染まる。
しかし、もう手遅れだ。
今更気づいても、何もかもが遅い。
悲鳴すらあがらない。
肺から送られた空気は、喉の途中から体外へと排出される。
ポコポコと鮮やかな赤が泡立つばかり。
すでに人としての機能に不全が出ている。
形こそ人型を保ってはいるが、もう人間ではないのだ。
それは新鮮な肉の塊。
青年も流石に現状を理解出来たのだろう。
驚愕に染まっていた表情は恐怖に歪み、その視線には憎悪が宿る。
死ぬ事への恐怖と、殺された事への憎悪。
でも、そこまでだ。
地面に伏した青年の体はその思いを行動へと移せはしない。
人間の体は心だけで動く様には出来ていないのだ。
やがてその表情すら抜け落ちる。
血は止まらずに流れ出し、体温は周囲の気温と同化する。
自然の一部になった肉は虫にすらたかられる。
結構探したのだ。
なかなか遠くに逃げていたらしい。
本当、逃げ足だけは優秀な事で。
ナンパしてきた青年をようやく処理できた。
テンプレデートに付き合って以来ではなかろうか、ここまで時間がかかってしまったのは。
ま、今回はイレギュラーのせいだったのだけど。
何となく心のつっかえも取れたし、おかげで魔法少女を刺した時の嫌な触感も多少は緩和された。
今でも違和感が手に残っているのだ。
刀が皮膚に弾かれるなんて経験、初めてだったから。
今思い返しても勿体無いことをしたと思う。
後もう少し時間があれば、きっと殺してあげられたのに……
仕方ない事だと理解はしているが。
あの魔法少女が生きてる以上、別に青年を殺しても口封じとかにはならないだろう。
私のことが広まってしまうことは避けられない。
わざわざ探し出してまで殺す意味があったのかと問われれば、そこまでする意味は無かった。
言って仕舞えば、コレは一種のケジメである。
一度獲物として見定めたのだ。
その相手を刈り取らないのは怠慢という物だろう。
私は勤勉なのだ。
と言っても勉学に励んだ記憶はないが、それでも自分で決めた事は出来れば守るようにしている。
その達成に大した障害も無いのなら、真っ直ぐそれに従うまでだ。
いつも通り財布を抜き取り確認するも、万札は入っていなかった。
ハズレだな。
何となくそんな予感はしていたが。
たまにこういう手合いもいるのだ。
持ち金が全くない人間。
この程度の資金で声をかけてくるとか、私も随分舐められたものである。
擬態先のパパ活女子もご立腹である。
確かにエッチは好きなのだろう、しかしお金も好きなのだ。
そこらへんを勘違いしてはいけない。
彼はレイプでもするつもりだったのだろうか?
まぁ、売春もレイプも同じ犯罪である。
青年の思考回路自体はすんなりと理解出来る。
どっちも犯罪なら、何万円も払うよりただの方がコスパがいい。
単純な理屈。
ただ、やられる方としては癪だ。
処理自体は簡単だった。
しかし、イレギュラーのせいで結局コストは嵩んでいるのだ。
その上でパフォーマンスは0と来た。
パが0だった以上、コストがいくら低くてもコスパは最悪。
その上でコストも嵩んで……
これ以上のハズレがあるのだろうかってレベルだ。
レイプするにしても、大人ならせめて1枚ぐらいの万札は入れておいて欲しいものだ。
せっかく殺したのに、多少の足しにもなりやしない。
まぁ、いくらぶつくさ言ったところで文句を言うべき相手はもう居ないのだけど。
例えハズレでも1人は1人だ。
傷を……
って、今のでカッター使い切っちゃったじゃん。
はぁ、何と言うか……ねぇ。
まさに、踏んだり蹴ったりって感じだ。
もどかしい。
こいつを切ったので傷をつけるのは、ちょっとばっちぃ気がする。
病気とかになりそうだし。
仕方ない、また何処かで補充するか。
カッターはどこにでもあるのが利点の一つだ。
これで『正正正正T』、今日は4完目前まで来ててご機嫌だったが結局足まで出てくれた。
そこだけは一応青年に感謝である。
ハズレも混ざってはいたが、何だかんだトータルでは大満足だ。
ゆっくりは出来なかったが、ヴィランの中身を見れたし。
なんならマスコットまで。
魔法少女という力も手に入って、最高の1日だったと言っても過言ではない。
我ながら絶好調である。
このまま……、と行きたいところだがそうもいかないか。
流石にやりすぎた。
この街で調子よく稼げていたのだが、移動しないとダメだろうなぁ。
マスコットのおかげで思いがけず素晴らしい力を手に入れたが、流石に同じ魔法少女に囲まれたらどうしようもない。
目撃者もいる事だし、ね。
ここで欲張ってくだらない結末にはなりたくないのだ。
今の私はただの殺人鬼である。
それで終わりなんて、そんなモノ全くもってつまらない。
私は志半ばで死にたくはないのだ。
いや、今はそんな大層なモノを持って殺しをしているわけでは無いのだけれど。
いずれはって話だ。
志すら見つかっていないというのも半ばって事でいいでしょ?
少年よ、大志を抱け……だったか。
誰の言葉だか忘れてしまったが、なんて素晴らしい言葉だろうか。
ただ平凡に生きる人生なんてつまらない。
ただ普通の人で終わる人生なんてナンセンスだ。
だって私は特別なのだから。
私は昔疑問に思ったことがある。
英雄と殺人鬼、一体何が違うのだろうと。
当時、答えは出なかった。
同じく人を殺す存在で。
片一方は称賛され、片一方は糾弾される。
なぜなのだろうか。
その点、魔法少女はわかりやすい。
殺しをしないのだから。
ヴィランと対比され英雄とされるのも納得だ。
しかし、それは例外。
英雄のほとんどは殺人鬼より人を殺している。
その差を見てみたい、そう思った。
私は魔法少女になった。
そう、運命に選ばれ力を授かったのだ。
理由は不明である。
客観的に見て、私がその力に相応しいとは思えない。
私が英雄になれるかどうかはともかく、だ。
少なくとも、人を殺さない英雄である魔法少女にはなり得ないだろう。
でも、何となく思うのだ。
これは勤勉な私への神様からのご褒美なのかもしれない、と。
今なら当時の疑問に答えが出せるのではなかろうか。
英雄と殺人鬼の差、殺人鬼であり魔法少女である今の私なら……
と言っても、これは些細な疑問なのだ。
私の人生を捧げてまで見つけたいという物ではない。
見つからなければそれはそれ。
もし本当に神様に選ばれたのだとしたら、やらなくてはならないこともあるのだろう。
私の人生はその為にあるのだ。
でも、そんな事の為に生きるのは退屈じゃなかろうかとも思えてしまう。
結局はこれだ。
人生を捧げてまでやりたいことが見つかっていない、かと言ってレールに乗った人生も歩みたくない。
だから、私はただの殺人鬼でしかないのだろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます