脅されてヤンキーの彼女をナンパした。なんか成功してしまって今修羅場。仲深めたらヤンデレ化してきてさらに修羅場。

わいん。

第1話 ね、ねねねねねねぇ、そこの可愛らしい君




 7月の終業式終わりの放課後。

 俺は学校から開放された開放感でこれから何しようか考えていた。


 とりあえずゲームか? いや、アニメ一気見も捨て難い、それかこの前気になってたあの漫画を――


「うわー、やばい。ニヤけが止まらん」


 学校は大変だが、やっぱりそれが終わった後の開放感が堪んない。

 俺は荷物を片付け、席を立つ。


「うわっ! なんだよその成績、馬鹿すぎだろ!」


 教室の後ろの扉は陽キャたちが成績の話をしながら塞いでいる。

 どうやら結構盛り上がっているみたいで退いてくれ、だなんて言える空気でも無いな。

 後ろの扉よりも遠いが、俺は諦めて前の扉に向かう。


「んでよぉ、あいつがさあ――」


「きゃはははっ! なにそれ、おもろすぎ」


 教卓周りでは別の陽キャたちが別の話で盛り上がっていた。

 校則違反の金髪にピアスをつけた派手な男の話にギャルみたい女子が耳をつんざく声で大袈裟に笑う。


 彼らはさっきの後ろの扉で雑談してた連中よりもチャラい陽キャだ。

 校則は平然と破るし、それを指摘されると仕返しもしてくる。


 噂ではしょっちゅう夜の街に出入りしているのだとか。

 幸い、教卓周りに集まってくれてるおかげで前の扉は塞がれてないため、俺は息を潜めながらそっと彼らの後ろを通り過ぎようとする。

 が――


「あっ」


 気づいた時には俺の体はクルっと回り、視界は教室の床でいっぱいになっていた。


 転んだのだ。


 最近ゲリラ豪雨が多いから持ってきてそのままにしていたのだろう。

 机の横にかけてあった傘が通路にはみ出していてそれに引っかかったのだ。


「いててて」


 幸い、顔面から地面にぶつかったわけではないし、怪我もないようだ。

 俺は何事も無かったかのように立ち上がろうとした時。


「ぎゃはははは、お前だっせえ! 教室で転んでやんの」


 ああ最悪だ。

 顔を上げると、さっきの金髪ヤンキーが俺の方を指さして笑っていた。


「あははは」


 俺は苦笑いをし、そそくさとその場を後にする。

 はずだったのに。


「あがっ……」


 急に後ろ襟を捕まれ、首が閉まる。


「まあ待てよ。オタク君。折角なんだから俺の話に付き合ってくれよ」


「ちょっとぉ、健人ぉ、オタク君がかわいそーじゃん」


 隣のギャルがそう言う。

 けれど、彼女の顔は、声は、笑ったままだ。

 待て待て待て、これと同じシチュエーションを俺はラノベやドラマで見た事あるぞ。

 頼むから神様、俺をこのまま帰してください。何でもしますから……!


「いいじゃねえか、美佳。オタク君……俺さぁ、カノジョ居んのよ」


 残酷にも健人と呼ばれたヤンキーはそのまま話始める。

 俺に救いは無いらしい。


 周りの陰キャな奴らも俺を可哀想な目で見てくる。


「おい聞いてるか? オタク?」


「は、はい!」


「そんでよぉ、そのカノジョが付き合ってから冷てえんだよ。昨日なんてテストがあるからって突っぱねられて、その前なんかちょっと触ろうとしただけでバシって手ぇ払われたんだぜ? ひでえよなぁ?」


 それは100対0でお前が悪いのでは?


 そう思ったが、そんなこと口が裂けても言えやしない。


「サイテーじゃん、そんな子別れちゃえば?」


「でもアイツ、おっぱいはデケェし顔も可愛いんだよ」


「うわー、健人スケベじゃん!」


 同じグループの他のチャラ男が茶化す。


「うっせぇ、てなわけでオタク君手伝ってくれ」


 ニヤニヤとした顔でヤンキー男はそう言っくる。

 こんな時、どうすればいいか俺は知っていた。


「え、いやぁ、俺恋愛とかしたことないですし、できることなんてないですよぉ」


 必殺――ヘラヘラしてなんとか誤魔化す。

 頼むから諦めてくれ。

 そして一生話しかけないで欲しい。


「そんなことねえよ。俺さぁさっき名案を思いついたんだよ……あー、そうだなぁ。普通にやらせるのも可哀想だからどういう作戦かわかったら見逃してやるよ」


 なにそれ、くっそどうでもいい。

 どうせ頭が猿なヤンキーな事だし、無理矢理襲うとかだろ。


「え、えー、なんですかねー。相手を沢山褒める……とか?」


「なんだよそれ。んなダセぇことしねぇよ……良い所を見せるんだよ」


「へ?」


「しつこいナンパとか暴漢とかそういうのから助けて良い所見せるってこと。ほら、ドラマとか漫画でよくあるだろ?」


 ナンパとか暴漢ってお前じゃね?

 そう思わなくもないがヤンキー男の言葉は予想してたよりも真面目な答えだった。


「でも、そんな都合よくナンパされるもんなんですかね?」


「ああ、そうだな。てなわけでオタクくーん――お前、セナにナンパしろよ」


「は?」


 俺は数秒してそういうことか、と自分がすぐに逃げなかったことを悔やんだ。


 ――――――


「ね、ねねねねねねぇ、そこの可愛らしい君」


 学校の校門前。

 俺は銀髪の美しい少女に壊れたロボットのように噛みながら声をかける。

 ああ、もうなんでこんな目に……。


「なんですか?」


「俺……えっと、アップルパイが美味しいお店知ってるんだけど……ど、どうだい?」


「……? どうだいっていうのはどういう意味ですか?」


「へ? ええっと……あ〜、い、一緒に行かないかって意味で……」


 俺は頭が真っ白になりながら答えを絞り出す。

 そんな俺を見て彼女は――


「すみません、私、彼氏いるので」


 その言葉を一蹴した。

 彼女の目はとても冷たく、俺を軽蔑しているようだ。


 そうだよな、こんな陰キャな名前も知らない奴にナンパされても不快なだけだよな。


 頑張れ俺、あともう少しの辛抱だ。


「そ、そんなこと言わないでよ。ほんとにその店のアップルパイ美味しいんだよ」


 その時、俺の後ろから誰かが現れ、俺の肩を掴む。

 振り向くとそこに居たのは金髪でピアスを両耳に付けた――あのヤンキー男だった。


「おい、てめぇ、なに俺の女に手ぇ出してやがる?」


「だ、誰だよお前」


 必死にナンパ野郎を演じようと俺の声は震えていた。


「俺はこいつの彼氏だッ! よくも俺の彼女を怖がらせたなあッ!」


 ヤンキーがその拳を振り上げる。


 待て待て待て、それは話に聞いてない……!

 俺は目を瞑って痛みを覚悟した時だった。


「日野さん、まだ私と彼の話は終わってないので邪魔しないで貰っていいですか?」


 一瞬、俺はそれが誰が言った言葉なのかわからなかった。

 俺が目を開けると、銀髪少女が手でヤンキーの拳を制していた。


「は、はぁ? いやいや、こいつはセナのことをナンパしようとしてたんだぜ?」


「ちょっと黙ってて」


 それは凍てつくような冷たい言葉だった。

 俺はてっきり、ヤンキーにぶん殴られるものだと思っていただけあって状況が全く理解出来ないでいた。


「アップルパイのお誘いですよね」


「は、はい」


「いいですよ」


「……………………はい?」


 沈黙が場を支配する。

 ヤンキー男も唖然としている。

 俺は何秒たってもその言葉が理解できなかった。

 いいですよ……?

 いいってなんだ、それはアップルパイを一緒に食べに行くことが、か?


 いやいや、ありえないだろ。だってこのヤンキーと銀髪少女は付き合ってて……。

 だから俺はヤンキーに脅されてこの娘にナンパをしたのだ。

 ヤンキーがこの娘をナンパから助けることによって良いところを見せるために。


「おいおいおいッ!! セナ、お前ふざけんなよッ! 俺たちは付き合ってんだ、彼氏の目の前で浮気か?!」


「ええ、そうなっちゃいますね――なので今、ここで貴方と別れます。短い間でしたがありがとうございました」


「なッ……」


「では行きましょう」


 そう言って彼女は呆然としているヤンキーを尻目に俺の手を引く。

 そして俺の耳元に近づき――


「ほら、美味しいアップルパイのお店があるんでしょう?――責任、取ってくださいね?」


 そう囁いた。


 背中に冷や汗が滴る。

 ヤンキーの彼女を脅されてナンパした。

 そして、なぜか成功してしまって――


 ああこれが修羅場ってやつなのか。


 俺はもうから逃げられないような気がした。


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