準備

 ジグルドさんから助けてくれという飛紙が来たので、商人ギルドに行くことになった。フランチェスカさんが付き添いだ。


「何時までかかるかわからないから、お店の子を付き添いにはできないよ。しかも、ギルド長が助けてくれなんて、怪しいからね」


 馬車を降りると、すぐにアンディさんが駆け寄って来た。


「マリアさん、よくきてくれました。準備はできていますよ。ぜひ、色々、見ていってください」


 カレラさんが追いかけるようにやってきて、早口でまくしたてるアンディさんの頭を叩いた。


「落ち着け」


 ドスの効いた声でアンディさんを黙らせてから、カレラさんはそっと、私の手を握った。


「マリアさん、本当に、本当にご無事でよかったです。ジグルドさんに直接、お見舞いに行くのは気を使わせるからと止められていたんです」

「いえ、あのお見舞いの品、美味しかったです」


 ブランクス先生も驚いていた滋養強壮のお茶。安いものはすごく不味いらしい。


「それから、アンディさん、今回はすみませんでした。私のせいで事件に巻き込んでしまって」

「マリアさんのせいじゃないんですから、気にしないでください。自分に腹が立っているんですよ。いきなり、殴られ、気絶して、何の役にも立たずに店を焼かれるなんて」

「それこそ、アンディさんのせいじゃありませんから」

「そうなんです。そして、マリアさんのせいでもないんです。それより、こっちへ来てください」


 落ち着いたイケオジだと思っていたのにアンディさんのテンションが妙に高い。


「すみません、ちょっと、付き合ってもらえますか? ギルド長をそちらに案内しますので」


 カレラさんに言われ、フランチェスカさんとアンディさんの後をついていった。

 案内されたのは倉庫だった。

 広い倉庫の一角。まず、目に入ったのは洗髪台だった。椅子もある。二セットもある。

 横には荷物置き用の簡単な棚がある。その上にはドライヤーやらかんざしやら、開店のために用意したものと同じものがある。全て燃えたものがある。それも量が多い。


「すぐにでも開店できるように準備しておきました」


 アンディさんが胸を張る。


「あ、自分にも賠償金がきたんですよ。だから」

「そんな。賠償金はアンディさんのために使ってください。お店の分は私が払うものですから」

「いえ、これが自分のためです。投資することにしたんです」


 アンディさんが笑った。何だか、目は笑っていないんですけど。


「すみません、お呼びだてして。実はこのアンディの暴走を止めたくて、お願いしたいことが」


 ジグルドギルド長が現れた。


「助けてほしいって、このことなのかい」


 フランチェスカさんが呆れたように尋ねた。ジグルドさんがうなずく。


「ええ、死にそうになって、アンディの奴、変なスイッチが入ったようなんです。マリアさんの店でがっぽり儲けるんだって」

「あの、ヘアサロンって、そんなに儲かるようなものじゃないですし、儲けるつもりもないんですが」


 私の言葉にアンディさんがずいっと前に出た。ち、近い。


「マリアさん、ご自分の可能性を低く見積もってはいけません」

「ほら、落ち着け」


 また、カレラさんがアンディさんの頭を叩いた。


「とりあえず、まだ、店を開くつもりはあるんですよね。その準備を本格的に始めれば、アンディも落ち着くと思ったのですが」


 ジグルドさんに確認された。


「はい、ただ、あの場所は取り消しさせてください。もちろん、取り消し料は払います」


 事件現場に建った店なんて、イメージが悪すぎる。お客様も嫌だろう。

 ふむとジグルドさんがあごをなでた。


「見学した二件目の空き家、覚えてますか?」

「はい」

「あそこはどうですか?」

「石造りでしたよね。火に強そうでいいとは思いますが、少し広すぎるかなと」

「じゃあ、ミルルを住み込みで雇ってもらえないかい?」


 フランチェスカさんが口をはさんだ。


「あの子を娼婦にするつもりはないんだ。大きくなってくると、まわりから勘違いされるから、その前に働きに出すつもりだったんだ。それが最近、マリアのことが心配で仕方ないって言うんだ。マリアだって、家で家事をしてくれる人は欲しいだろう」


 確かに。焼けた店のところみたいにそばに食べ物屋さんがあったわけじゃないし、魔法道具のコンロなんて、使いこなせる気がしない。


「ミルルが来てくれるなら助かります。嬉しいです」

「じゃあ、ミルルは決まり」

「店も広すぎないということで決まりですね。いやあ、よかった。アンディがこれ以上、荷物を増やさないうちには運びましょう」


 ということで、お店とミルルちゃんを雇うことが決まったのでした。

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