プレオープン

「サラサさん、お願い。どっちがいいと思う? 上は今着ている白シャツで」


 私は二つのスカートを見せる。どちらも細長いシルエットで一つは黒の無地、もう一つはパステルカラーの花柄だ。


「久しぶりに恋人と会えるのにそんな格好、よくできるわねえ」


 いつの間にやってきたのか、イブさんが口を挟む。


「もうちょっと、色気のある格好にしなさいよ」

「あの、恋人じゃないですから。髪を整えに来るだけですから」


 慌てて否定する私の言葉をイブさんはふふっと笑った。


「恋人になりたいだけで、まだ、これからってわけね」

「イブさん!」


 顔が赤くなっているのがわかる。

 リハビリを頑張って三ヶ月。元に戻った体できちんとカットの練習もした。レオさんの髪型デッサンも何枚も書いて、展開図まで書いた。

 満足いくまで繰り返してから、やっと準備できたとレオさんに飛紙を出した。ドキドキしながら待っていたら、すぐに返事が来た。ちょうど、仕事でアスターに来るらしい。


「がんばれ」「応援してるぞ」「色仕掛けの方法を教えようか」


 戸口に野次馬がいつのまにか、増えている。やっぱり、プロから教わったら、すごい色仕掛けなのかなあ。いやいや、私ができるわけない。私は首を振った。


「今回は仕事の邪魔になるような服装は駄目なんです。レオさんをきちんとかっこよくしてあげたいので」

「でも、それでも、可愛く見られたいのね」

「そうです」


 サラサさんは黒色のスカートを選んだ。


「最初、子供と勘違いされてたんでしょ。それなら、こっち。可愛さより大人っぽさ。白と黒でまとめたら、すっきりするし、マリアらしいわ」


 サラサさんは私をじっと見た。


「メイクは控えめにして、まつ毛伸ばしは使った方がいいんじゃない?」


 マスカラという名称は広まらず、まつ毛伸ばしと呼ばれている。


「そうかな。そうだよね」


 濃いメイクにならないように気をつけないとね。仕事なんだから。私は浮かれる気持ちを引き締めた。


「髪は後ろで一つにまとめるのがいい。ほっそりと見せるの」


 ヘアメイクのプロのくせに迷って決められないから、サラサさんには感謝しかなかった。


 さて、レオさんが来る日になりました。

 私はオープン前のお店で待っています。この国の風習にはないプレオープンの代わりになりそうです。

 サラサさんのアドバイスに従い、白シャツのボタンはきっちりと止めた。デルバールのイメージから遠い方がいいらしい。髪は頭の後ろでまとめた。頑張って、つやつやにしたよ。


「少しは落ち着いたら」


 ミルルに呆れたように言われてしまった。


「今日はごめんね。髪を切る現場なんて嫌でしょう」


 ミルルには家事を頼むだけで店の手伝いはさせないつもりでいる。それが今日は私がレオさんと二人きりにならないようにするため、フランチェスカさんの指示で来ている。


「自分の髪を切られるんじゃなければ大丈夫」


 ミルルがにっこり笑った。


 カランコロン。

 自分がつけたドアベルにビクッとなってしまった。大丈夫。変な人が入って来るわけじゃない。


「いらっしゃいませ」

「こんにちは」


 レオさんだった。カジュアルなシャツとズボンだけの姿だ。もう春だしね。

 大きな花束を差し出された。色とりどりの花がきれいだ。


「体調復帰、おめでとう」

「ありがとうございます」


 花束は受け取ると、ずしりと重かった。


「生けてきます」


 ミルルがすばやく引き取ってくれた。


「久しぶりだね。元気そうですよかった」

「はい、もう、すっかり、大丈夫です」

「新しいお店もおしゃれだし、今日の服装も似合ってる」

「ありがとうございます。どうぞ、こちらへ」


 似合ってるだって。サラサさん、協力ありがとう。

 嬉しくて、嬉しくて、仕方ないのを押さえ込んで、レオさんを洗面台に案内する。今日は仕事モードと決めたんだから。


「まずは髪を洗いますね」


 背が高すぎ、体が大きすぎて、椅子が窮屈な感じだ。一応、男性が座っても大丈夫なサイズでって、頼んだんだけど、騎士のサイズが大きすぎる。


「すみません、顔に布をかけますね」

「布?」

「あ、洗っている最中に目が合うと、やりづらいですし、顔に水がかかるのを嫌がる人もいますので」


 さて、特別製のシャワーを使って、長い髪を濡らしていく。少し固めの髪質だ。

 シャンプーは市販のメーカーに内容は変えずに香りだけ柑橘系で作ってもらったのを思い切り、泡立てて洗っていく。

 レオさんの体がだんだん力が抜けていく。うんうん、気持ちいいでしょう。頭皮マッサージもする。抜け毛予防にも効くし。


「かゆいところはないですか?」


 尋ねると、レオさんはふふっと笑った。


「マリアさんの国ではそんなこと聞くんですか」

「ええ、それで例えば右耳の後ろがかゆいって言われたら、こうやって」


 かくというより、マッサージする。


「いや、特にないからいいですよ」


 レオさんが慌てて止めた。

 泡をきれいに洗い流して、髪の水気を拭き取ったら、洗髪終了。鏡の前に移動してもらう。


「どんな髪型がいいですか? 一応、デザインはいくつか用意したんですが」

「マリアさんのおすすめで」

「あの、私のおすすめは肩ぐらいの長さで髭を全部剃るんですけど」

「お任せします」


 レオさん、潔いっていうか、私は嬉しいけど、本当にいいのかな?


「そういえば、お仕事で来られたんですよね」

「ああ、このアスターに異動になるんだ」

「あ、そうなんですね。そうしたら、今までより、もっと会えますね」


 心がはずむ。

 髪はコームを通して、ブロッキングしていく。


「それで明日は登城して、任命式だ」

「あの、とうじょうって、もしかして、お城へ?」

「ああ、そうだ」

「あの、肩の長さで切って、大丈夫なんですか? 長さはそのままにしましょうか?」


 不安になって聞くと、レオさんはニヤリと笑った。


「魅力的にしてくれたら、誰も文句は言わないさ」


 何だか、すごいプレッシャーをもらっちゃいました。

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