コンプレックス

 ジェシーさんの目って、朱色だったんだ。笑って、細めている印象しかなかったけど、髪のオレンジ色と合って、きれい。


「マリアちゃん」


 ジェシーさんは私の前に片膝をついた。騎士みたいって思ったけど、ジェシーさんは本物の騎士だった。

 戸惑っているうちにジェシーさんが私の手を取った。顔が近付いてくる。朱色の瞳が強く輝いている。私は魅入られたみたいに身動きが取れない。


「そこまでっ」


ジェシーさんの顔の前に銀色のトレーが現れた。イブさん、いつの間に? 足音もしなかったような気がする。


「謝りに来たんじゃなかったの。そういうところがダメなのよ」


 イブさんの声にドスが効いている。


「ごめん。焦りすぎだな。カッコ悪い」


 ジェシーさんはパンと両手で自分の顔を叩き、立ち上がった。


「マリアちゃん、本気なんだ。恋人になってもらえないかな」

「あ、あの、きゅ、急だったので。それに、い、今きゃら仕事が」


 慌てて、噛んでしまった。


「返事は今すぐじゃなくていいから。ゆっくり考えて」


 ジェシーさんはウインク一つ残して帰って行った。


「で、どうするの?」


 イブさんがからかうように言った。


「あ、イブさんの髪、そのままでしたね。すぐに髪をほどきますね」

「そうじゃなくて、付き合うの?」

「あの、付き合うって言ったら、ジェシーさん、後悔しませんかね」

「喜ぶに決まってるじゃない。なぜ、後悔なんて言うの?」

「ジェシーさんと付き合っていた女性がすごく美人でスタイルが良かったんす。それなのに次は私なんて。全然、釣り合ってないじゃないですか。きれいな女性に飽きたからなのかなと思って。そうしたら、すぐに飽きられるんじゃないかと思って」


 イブさんがぐいっと私の顔を引っ張った。


「あのね、マリアって魅力的なんだよ。わかってる?」

「お世辞はいいです」

「目鼻立ちが整っていて、肌が滑らかで触ってみたくなる」


 スルッと頬を撫でられた。仕草が色っぽくてクラクラする。


「いつでも、私のまわりにはイブさんのような人ばかりいたんです。美人でスタイルが良くて、色っぽくて。私はメイクが上手だから、化粧したら、顔は何とかなるけど、元からの美人じゃないし」


 母と一緒に出かけると、視線は母に集まる。学校で声をかけてくる男の子たちの目的は母のサロンに来るモデルやアイドルを一目でいいから見ること。


「うぬぼれていると思われそうだけど、私の顔、普通よりはきれいな顔かなと思うんです。でも、みんなの視線は私を通り過ぎてばかり。母が有力者だから、取り入ろうと私に近づく人もたくさんいた」


 美容学校ではヘアサロン開業の夢を叶えるため、必死だった。

 恋愛なんてもういいと思っていたのに、同じように夢に向かって頑張っている同級生をいいなと思うようになってしまった。

 彼は私の好意に気づいて、それで間違ってしまったのかもしれない。


「卒業したら、すぐ一緒に店を出さないか?」

「嬉しい。でも、すぐは無理でしょ。どこかで働いて、資金を貯めなきゃ」

「母親から援助してもらえばいいじゃないか。甘川さんのサポートがあれば、俺たちの店はあっという間に有名に」


 パシッ。

 人生で初めて、平手打ちというものをしてしまった。私は思ったより、気が短かったようだ。

 夢を追う仲間は仲間ではなく、逆玉狙いの馬鹿だった。


 回想に耽っていると、イブさんがコホンと咳払いをした。


「でも、今はお母様が有力者だということ、誰も知らないだろう。マリア本人を好きになってくれたんだ」


 でも、ジェシーさんは私が落ち人だと知っている。だから、同情しているのかもしれないし。


「それにジェシーの気持ちなんてどうでもいいの。マリアはどうなの? ジェシーが好き?」


 イブさんが砕けた感じで聞いてくる。


「よくわからないです。頼りになるお兄さんって感じで」

「この間、酔っ払ったマリアを連れ帰った人は? ドレスをプレゼントしてくれたんでしょ」

「レオさんはお父さんみたいで」


 イブさんが可哀想な子を見る目で私を見た。


「恋愛経験、乏しいんだね」

「はい」


 正直に答えた。


「今はお店を開くことに専念したいって気持ちもあるし」

「そうやって、仕事に逃げてちゃ、いつまで経っても、経験は積めないんだから。本当にお兄さんやお父さん? 釣り合うかどうかじゃなく、好きかどうか。その人のことを知りたい? 会いたい? 声を聞きたい?」


 私は胸の下を押さえた。かすかな膨らみは首から紐でぶら下げている袋だ。中にはレオさんがくれた飛紙が入っている。御守りのつもりでいつも持ち歩いているけど。


「マリア、あなたが自分の魅力に自信がないのはよーくわかったわ。でもね、あなたを好きな人は本当にあなたが一番魅力的なの。それはわかって」


 イブさんは私の頭を撫でた。

 何だか、この世界に来てから、私は頭をよく撫でられているような気がした。

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