脱糞戦記

歌川ピロシキ

トイレとゴブリンと異世界転移

 その日俺は孤独な戦いを強いられていた。

 とある個室で腹の中に居座る強固な敵を排出せんと踏ん張っていたのだ。

 平素は便秘とは無縁な俺にとって、いつになく苦しい戦いだった。

 すさまじい尻の痛みに耐えつつ、ついに腸の中身を出し切って水を流したその時……

 なぜかトイレのドアが激しく叩かれた。


 おかしい。

 今日は家にいるのは俺一人のはずなのに。

 尋常ではない勢いに恐る恐るドアの隙間から向こうを覗くと、そこにいたのは……


「な……なぜゴブリン!?」


 わずかな隙間からのぞくドアの向こう側はなぜか薄暗く、ゲームやアニメでよく見る絵に描いたような「下っ端モンスター」がすさまじい勢いで、がっつんがっつんドアを叩きまくっていたのだ。


「いったい何が起きたんだ!?」


 まさかこれが噂に聞く異世界転移というやつだろうか?

 それとも召喚?


 転移や召喚は、朝晩の通勤電車で読むやろう系小説にはさんざん出てくるが、トイレごと召喚なんて話は見たことがない。

 俺の読み込みがまだまだ足りないのか?

 そもそも誰なんだ?トイレなんか召喚したヤツ。

 配管の先がつながってなかったら使い物にならんだろう。


 どうでもいいことをつらつら考えている間にもがっつんがっつん叩かれるドア。

 現実逃避すらさせてくれないらしい。

 ただの安アパートのトイレだ。

 雑魚とはいえ、モンスターの力にいつまで耐えきれるだろうか。

 残念ながら腹の中身は大小ともどもさっき全部出してしまったので、どれだけ恐ろしくてもこれ以上ちびりようがない。


 ああもう、異世界転移したなら転移特典とかでチート能力とかついてないのか?

 魔法とか超能力とか鑑定とか創造とか……

 とりあえずここはお約束通り叫んでみよう。


「ステータス開示オープン!!」


 お約束通り、目の前に半透明な板のようなものが現れて、ずらずらと文字や数字が羅列されている。


「まじかよ……本当に出やがった……」


 どれどれ……

 ステータスといっても、それぞれの数値が高いのか低いのか、この世界の基準がわからないからさっぱりわからない。

 とりあえず何か使えそうなスキルなどはないだろうか。


「足が臭いLv3」「音痴Lv2」「尻が桃Lv1」


 ……ろくなスキルじゃないな。

 というか、こんなん何の役に立つんだいったい?


「快眠快便Lv99」


 やけにレベルが高いが、これをいったい何に使えというのか。

 いつまでも便器に座っているのも限界で、もう腰が痛くなってきたぞ。


「放屁Lv3」


 ……いい加減にしろ。

 もう自棄になってドアをあけると、3レベルの「放屁」を全力でぶっぱなした。

 瞬間。

 すさまじい臭気があたりを覆ったかと思うと、そこらにあった松明になにか引火したらしい。


 ちゅどーん


 鼻を押さえて苦しむゴブリンどもがいっせいに吹っ飛んだ。

 ……前言撤回。

 「放屁Lv3」

 意外に使えるのかもしれない。


【次回予告】


”放屁Lv3”によりゴブリンを一掃した俺。

とりあえず危機は脱したようだが、何故こんなことになったのか、謎は深まるばかり。

そんななか、俺の肉体は驚くべき変化を遂げていて……?


次回、「増毛と魔法と地獄の門」

タンスの角にぶつけた小指をさすりながら待て!!

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