第20話 再度の来訪暗殺者


 ある安宿の一室でグレゴールとその仲間たちが集まっていた。

彼らはニューポート市の領主ライモンドから派遣された部隊。イドリーブ市で騒乱を起こし、代官の統治能力に傷をつけるために送り込まれていた。


 2日遅れでイドリーブ市に到着したグレゴールは、義弟が出迎えに来ないので不機嫌になった。

 さらに指定された廃墟に行っても、拠点があるどころか衛兵たちが警備しており、近寄れそうにもない。

 

 グレゴールは近くにいた市民を呼び止めて、何があったのか尋ねてみた。


「おい、ここで何があったのだ」

「知らないのか。ここにいたごろつきどもが、殺し合いをして全滅したんだよ」

「詳細を教えい。どうして殺し合いなどしたのだ」


 グレゴールが居丈高に詳細を聞くと、市民は不満そうに口を尖らせた。


「さあなあ、知らねえ」

「ぬうう……」


 無礼な言葉だが、無知な市民に当たっても仕方がない。事情を知っているものを探すしかなかった。


 彼らはもともと、二手に分かれてイドリーブ市に入った。祭りで門衛たちのチェックがいい加減になる隙をついて、まずはオヌフリーが市内にはいった。

 彼らは闘技大会に出場するという名目で集まり、市街地でゆすりを行い、焦点を破壊し、市民をかく乱する役目があった。


「では魔法人形がやったのか?」

「俺の友達が見たんだ。衛兵たちが門のうえに人形を戻して、そのあとで死体を片付け始めたんだよ。嘘じゃない、間違いねえよ。ありゃあ衛兵の仕業だ。俺もそう思う」

「衛兵たちは誰を相手にしたか知っているのか? あの連中はごろつきではないだろうが」

「あいつらは職人通りでカネを奪ってよ、逃げもせずにそのままいたから、お目こぼしされなかったんだ。間違いねえよ」 

(限度を知らんのか、馬鹿な義弟が)


 グレゴールは聞きたいことを聞き終わると、礼も言わずに立ち去った。


 もう一つの拠点に向かうしかない。

 4,5人に聞いた話では、死んだオヌフリーたちは、表向きにはカネをめぐって殺し合い、一人も残らなかったと喧伝されていた。

 


 貧民街の安宿で、もうひとつの部隊が彼を待っていた。


「ようやくご到着されましたな」

「ふん」


 こちらはいわゆる二線級の人員で構成されていた。騎士見習いと元執事、館の下男をあつめ、技能スキル持ちの執事から半年の教育を受けて、促成栽培された人員たちである。

 グレゴールは彼らを未熟者だと思っている。


「貴殿がご到着されたので、さっそく明日から仕事にかかります」

「まだ待て。義弟がやられて間がない。少し待って落ち着いてからだ」

「……ははぁ」


 達成すべき目的はある。しかしたっぷりと資金をもらっている。

 なるべく早く、そういわれたが久しぶりに部下ができて、カネもあるのだ。

 到着したその日から、グレゴールは遊び歩いた。

 かつての顔なじみの酒場で女を侍らせ、カネをばらまき、放蕩生活に戻った。官憲に目を付けられた困るため、かどわかしや殺人はできなかったが。


 せっかくの遊びも、副官と呼べる男から矢の催促、これ以上遅れると領主に指示を仰がなければならないと言われ、おしまいになってしまった。

 領主に報告すると言われたら、まじめにやらなくてはならない。


(しかし魔法は恐ろしいものよ)


 グレゴールは再びテラノヴァと対峙したくなかったので、最も経験の浅い部下と、それなりに熟練した騎士みならいのふたりに暗殺を命じた。

 その結果は失敗だった。


「なぜだ!? おまえたちは小娘ひとりやれないのか!?」

「……私は外で仕事を見守っていましたが、確かに隠密ステルスの技能を使って中に入りました。騒ぎが起こらなかったので間違いありません。そのうえで仕損じるなど、何か悪魔的な手段が使われたとしか考えられません」

「どういう意味だ。おまえは原因がわかるのか」


「いえ。私の弟子たちは訓練は積みました。しかし、功を焦って失敗したのかもしれません」

「なんだそれは……ろくに躾けられなかったお前の責任だろう! もっとましな解決策をいえ!」

「次は私と弟子がゆきます。早急に領主さまの望みは遂げられましょう」


「くそ、くそ……あの小娘が。モーヴ、絶対にやり遂げろよ。おれはお前まで無能だと思いたくないぞ」

「はい──グレゴールさまは見届け役をしてくださいますか?」

「なんだと! 私がか……駄目だ、別の用事がある。ほかのやつにやらせろ」

「さようですか」


 モーヴと呼ばれた男の冷ややかな目が注がれていたが、グレゴールはわざと気づかないふりをして、アルコールを口に含んだ。


「見届け役などいなくてもよい! おまえたちが失敗しなければいいだけだ!」

「ごもっともでございます」

「ふん。そこのふたり、外回りにいくぞ。ついてこい」

(血縁だけで成り上がったごく潰しが)


 この場に残ったモーヴとかれの弟子たちは、あからさまな侮蔑の視線をグレゴールのせなかに投げつけていた。



 その日は異様な寒さだった。

 数か月は早い真冬なみの気温が街を包み込んだ。工房では、ニコラスたちは早々に仕事を切り上げ、暖かい寝室に引っ込んだ。都市全体が寒さに震えあがって、静まり返っていた。


 テラノヴァは寒さで静まった空を窓から見上げ、頭を振った。

 冬は死の季節である。低温と静寂は、衰退をいやおうなく連想させるた。その続きは喪失の悲しみだ。


 怖くなって瞑想をした。

 悲しみを受け止めるための時間が、もっともっとほしい。まだ近寄りたくない。

 1年でも2年でも、先送りして風化させたかった。


 テラノヴァは何時間も感情を整理し、魔力を循環させた。

 順序だてて整理されてゆく思考は、しかし突然おかしくなった。

 

(……えっ)

 

 あまりにも思考が飛ぶ。寝入り始めたときの支離滅裂な連想に似ている。

 瞑想をしているときは眠くないはずなのに、まぶたが重い。


 どうしようもない眠気が押し寄せる。鼻腔に睡眠草の香りを嗅いだ。これは薬由来の眠気。誰かが眠らせようとしている。


(ううう……眠っちゃダメ。眠ると殺される。いや。殺されたくない)


 ずりずりと床をはってカバンを引き寄せる。鉛のように重い鞄の口をひらき、状態異常回復ポーションを取り出した。ふたを何とか開いたが、保持できずに床に落ちた。どくどくと流れる中身を、動物のようにかがんで飲む。

 眠気が消えてゆく。頭がクリアになる。


「コラリア、こっちにきて」


 そばに抱き寄せ、布団に入って寝たふりをした。

 数分ほど待っていると、窓枠がずれる音がした。

 気配が入ってくる。

 窓をむいたコラリアの視界には、黒い仮面、黒いマントに黒装束と、いかにも人殺しといった風貌の男がふたり入ってきた。

 視界を共有しているテラノヴァにおぞけが走った。

 また自殺志願者がやってきた。


(どうして私に死ぬところを見せに来るの)


 暗殺者が足音を立てずに室内に着地した。


「……」

 

 暗殺者の短剣が抜かれた。そのまま投擲した。


「ひぃ!」

 

 思わず声をあげてしまった。先ほどまで頭があった場所に、短剣が突き刺さっている。刃が冷気をまとい、枕に霜をはしらせた。


「なぜ起きている」

「けっ、死ね!」


 もうひとりは2本同時に短剣を投げた。

 身体をひねって一本を避け、もう一本は抱えていたコラリアが触手で止めた。刃を握った薄ピンク色の触手が、先端から凍り付いた。触手が途中で砕けて床に落ちた。


「……!?」


 深い衝撃だった。表情に現れるほど動揺した。


 テラノヴァは自分の指が切り落とされたとしても、これほどうろたえなかっただろう。大切な仲間が傷つけられた。怖い。安全な場所に逃げたい。


 杖での反撃も忘れ、この恐ろしい敵から逃げようと、スクロールを引っ張り出して叫んだ。


脱出プロラプス


 巻物が灰になり、即座に効果があらわれる。


 テラノヴァの身体は工房の外に転移していた。裏口に数センチの高さから着地する。コラリアを抱えたまま走った。

 きっとあの人たちは対応できていない。まだ見つかっていない。このまま逃げられる。


 しかし10メートルほどで、テラノヴァの脚は止まった。逃げられるが、ニコラス一家はそのまま残っている。

 彼らが別の部屋を探し、ニコラス一家に被害がでると、もっと悲しくなる。


「こっちです!」


 精いっぱいの声をだした。

 暗殺者が窓から顔を出して、路地裏にいるテラノヴァを見た、


とっ、とっ──


 彼らが二階から直接降りた。ほとんど足音を立てずに着地したとき、テラノヴァはその瞬間を狙って、混乱のポーションを周囲にまき散らした。

 テラノヴァもまきこまれているが、揮発する気体は目くらましにもなる。

 暗殺者の反応が、一瞬、遅れた。


 テラノヴァが身をかがめて走り出したとき、マントをナイフがかすめていった。

 息を止めたが視界に青い光がきらめいた。混乱効果のある植物の成分が、精神に作用している。一本道の裏路地が三叉路にみえた。


   #


 暗殺者たちは不透明な液体から、訓練で覚えた匂いを嗅いだ。


「むっ、あまり身体に入れるな」

「はい」


 暗殺者──モーヴは口を覆って歩く。

 彼の装備には毒物に対して耐性が付与されているが、高濃度の混乱効果が貫通してくる。思考がおかしくなり、眉をしかめた。

 彼が見習いのころ、はじめて毒を受けたときに感じた刺激──新鮮で、脅威で、体の内側から変調をしてゆく混乱を思い出していた。


(対策なしでは手に余るわ)


 やられてしまった弟子2人は、からめとられて死んだのだろう。 


「このまま追うぞ」

「はい」


 いまや足音を気にせず、暗殺者たちはテラノヴァを追った。思ったよりも歯ごたえのある小娘、生意気ゆえに絶対に殺してやりたくなった。


 路地の出口でターゲットは止まった。こちらに向き直っている。

 両手に杖を構え、狂気のごとく振り回した。不可視の効果が着弾し、壁や道路に蜘蛛糸が張り巡らされた。

 モーヴは射線をうまく避けたが、未熟な弟子は片足を粘着質な綱にとられた。


「モーヴ! おれの脚が!」

「名前を呼ぶな」


 あと数メートルの距離でナイフが届く。大通りに出る前に仕留めたい。

 瞬足をつかい、さらに距離を縮める。あと数十センチ。

 

 心臓をねらって突き出されたモーヴのナイフは、常人では捕らえられぬほど早い。

 瞬足からの殺罠刺噛。

 鎧を着ていない魔導士なら、あっさりと貫通できる闇の一撃が、走った。


「ぐぎっ!」


 激しい痛み。モーヴの視界が赤くなった。ひどい頭痛と寂寥感があった。内臓がからになった感覚。身体の中に冷気が流れ込んでくる。初めての感覚だ。

 腕に力が入らない。 

 上昇する力を失った短剣が、カランと音を立てて転がった。


「なぜだ……」


 なにかに攻撃された。そこまでは理解できたが、急速に閉じる思考はそれ以上考えられなかった。


   #


「コラリア、ありがと」


 テラノヴァは壁に向かって礼を言った。

 蜘蛛糸がはりついた壁のひとつに潜んでいたコラリアが、触手を振ってこたえた。

 上から撃ちおろされた水滴裂弾アクアドラビルが、モーヴの肩から股間にかけて貫いた。

 両孔から血液を吹き出して、モーヴは道路に倒れこんだ


「くそっ」


 もう一人がようやく脚の拘束を解いた、暗殺者ケイジは焦っていた。

 絶対の頼りにしていた師匠が殺されてしまった。


 こういう場合、即座に敵討ちに挑むのか、それともいったん引き返して増援を請うのがいいのか、未熟な彼は対処法を知らない。


「俺だけでやれってのか! やってやる!」


 ケイジは特別製のナイフを広げた。空蛇と呼ばれるナイフは、持ち手の上下に湾曲した長い刃がついている。蛇のように波打った刃に麻痺毒が塗りつけられていた。


 ケイジはそれを両手に1本ずつ取り出し、瞬足殺を行うために低い姿勢にからだを落とし、はやる片足はすでに前に出ていた。


「なにっ!? ……なん、で──」


 彼はすべてを同時に行った。刃の長さも把握せずに。

 広げた刃の下部分が、左の太ももに突き立った。驚愕に見開かれた眼が、テラノヴァにも見えた。


 刃に塗られた暗渠の狩人(排水溝に住む有毒蠍。主食は昆虫)の毒が体内にたっぷりと流し込まれた。

 耐毒付与も体内に送り込まれては効果が発揮できない。


「ぐ、ぐぐぐ……っ……かはっ」


 魂が抜けるような声を出してケイジは倒れた。


「……」


 このひとは暗殺者から自殺披露者に鞍替えしたのかもしれない。

 テラノヴァはそう思ったが、突然倒れたありさまをみて、ナイフに毒が塗られていたに違いないと想像した。

 ひらめきがやってきた。彼はまだ生きている。ならば利用できる。

 解毒のポーションを取り出す。

 この暗殺者が目覚めたときに工作が必要だった。


  #


 ケイジは激しい頭痛で目が覚めた。脳が痛みでじくじくと揺さぶられている。視界に光がさしている。夜明けが近い。

 立ち上がって周囲を見回す。見慣れない路地裏の光景に戸惑った。


「おれは……そうだ!」


 記憶はあいまいだったが、襲撃に向かった場面は思い出せた。ここはターゲットの家の裏路地。

 薄暗い道路の上には標的の小娘が地面に倒れていた。


「モーヴ、どこだ? モーヴ」


 小声で師匠をさがすが、見当たらない。


「モーヴ──どこにいったんだ。返事をしてくれ」

 

 ケイジは不安げに周囲を探したが、返事はない。通りに出ても見当たらない。目覚めはじめた奉公人たちが、雨戸をあける音が聞こえる。


 すがたを見られる危険があった。

 路地に戻りターゲットの死体をみた。死んでいるが、この場面を見られでもしたら、明らかに殺人犯だと思われる。


「ちっ」


 殺害の証拠だけを持って退散すべきだ。

 ケイジは短剣を抜いて首筋にあてた。ごりごりと音を立てて切断。経験の浅い彼はその作業だけで吐きそうになったが、なんとかやり遂げた。生首を黒い布で包む。


 これで主人の命令は果たせた。


「へっ」


 小娘ごときに殺されそうになったと酔ったグレゴールは言っていたが、とんだ臆病者だ。こんなに簡単な仕事なのに。

 ケイジは虚勢を張った。

 血縁だけで地位についたグレゴールの矮小さを笑って、斬首の恐怖を誤魔化した。


 表情を落ち着けて、殺人現場を離れる。まだ師匠の気配はない。

 通りに出てもいなかった。


 モーヴはおそらく、殺し終わった後に何らかの問題が起きて、それを解消するためにすがたを消したのだろう。

 殺人現場を警邏にみられたのかもしれない。


「なるほどな」


 ケイジも覚えがある。初めて人を殺したときは、手際が悪くて住人に見られた。モーヴはその始末をしてくれた。今回もそれが起こったのだ。

 ケイジは人目を忍んでアジトに戻った。


 そっと中に入ると、見張りもたてずにグレゴールたちがいぎたなく床で寝ている。

 全員から濃厚な酒の匂いが漂っていた。

 

 いらつきを覚えた。

 命がけで働いているあいだに、酒盛りをしていた連中に、意趣返しがしたくなった。


 ケイジは酒瓶が置かれたテーブルの上を片付けると、つつみをほどいて、そこにテラノヴァの生首を置いた。

 閉じた瞼を開き、グレゴールに視線を合わせた。

 これで楽しい寝覚めになる。

 溜飲が下がったケイジは、モーヴを探しに再び出かけた。

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