第18話 ならず者たちを襲撃した
人を襲うと金をもらえる。しかもおもしろい。
むかしは平民、いまは貴族のヨーハク・オヌフリーは自身に付与された特権の偉大さを、二日酔いの頭で実感していた。
彼の目の前には、金貨であふれたチェストがある。何度あけても、ぎっしりと金貨が詰まっている。
たった一日で金持ちの仲間入りだ。
(これだけあれば遊んで暮らせようて。いやはや、困ったものだ)
形式的にもらった男爵位に、ここまで効果があるとは思っていなかった。
店に金品を要求するだけで、大量の貨幣と貴金属が集まる。生意気な奴を無礼うちにしても、咎められない。
まさに人間として1段階うえに行った気分だった。
ふたたびチェストを眺める。
鈍い黄金の光は、彼の心を満たしてくれる。
金貨にして50000枚をくだらないカネと品物を、飽きずにゆっくりながめている。
オヌフリーはイドリーブ市に騒乱を起こす目的で派遣されていた。その役目のかたわら、収奪を楽しんでいるだけで、これだけカネが儲かった。
このままここにとどまって、悠々自適な生活を送るのも悪くないと思った。
(さりとてこのままでは済むまいよ。義兄が来る前に仕事をしなければな)
かれの義兄グレゴールは嫌な奴で、領主と結婚した姉に便乗して地位を得たくせに、まるでそれが自分の宿命だったとおごり、うぬぼれている。しかも女に負けて逃げ帰ってきた。
兄のプライドなど彼にとっては、道端に転がっている石ころほどの価値もない。
ただ、義兄のおかげで貴族に列せられたのは感謝していた。
廃墟の一室で寝転んでいたオヌフリーのもとに、闘いの音が聞こえていた。
気合の声、足踏みの音。
手持ち無沙汰になった見張りたちが、日が昇ったので模擬戦をしているのだろう。
オヌフリーは鈍い頭で、ベッドに寝転がろうとしたが、ふと、違和感に気づいた。
祭りの2日目から武闘大会が始まる。
昨日から試合は禁止していたはずだった。
「何か起こっているのか?」
念のために剣をもって外に向かった。調子に乗りすぎるなら、部下たちを躾けてやらなければならない。
扉を開けたとき、廊下にはふらふらと歩く男がいた。何かが後ろから抱き着いている。
男は飛び出しそうなほど目を開き──実際半分ほど眼球が飛び出している──オヌフリーにむけて濁った声をあげた。
「だ……ずげ……」
「ぬわ!」
即座に抜刀し、距離をとる。
黒い手が仲間の首を締め上げ、どす黒くなった顔色が舌を突き出された。酸素を求めてあえいでいる。
「後ろを向けい! 斬ってやる!」
そういったとき、ゴキリと部下の首の骨が折れた。支えを失った首が、反対方向を向いた。
死体が崩れ落ちたとき敵が見えた。
「魔形──」
都市を防衛する魔法人形が、敵対モードで廃墟に入り込んでいた。
柔軟な黒い身体に、アンデッド並みの破壊耐性。訓練された兵士には劣るが、死を恐れない。
「けえ!」
オヌフリーの剣がまっすぐに突き出された。黒い身体が貫かれ、腹部から黒い組織液が垂れた。
ゆっくりと倒れたかに見えたが、そのまま入り口に向けてふわりと引いていった。
石の混ざった綿をついたような、不定形な感触が手に残った。
「者ども起きよ! 敵だ!」
そう叫んだが、すでに廃墟のなかでは戦いが起こっていた。
オヌフリーが近くの部屋に入ると、寝ころんだままこと切れた男が、奇妙な方向に曲がった首で、天井を見ていた。
窓があいている。
もうひとりは魔人形の組織をにぎったまま、身体が反対に折りたたまれて、背骨が腹から飛び出していた。
「油断しおって」
オヌフリーは毒づいた。
肝心なときに役に立たない部下どもだ。
しかし、このままではよくない。おそらく店主たちの陳情を聞いた衛兵たちが、こちらの身分をよく確かめもせずに、襲撃してきたのだ。
「猿のごとくいきりたちおって」
オヌフリーは貴族なのだ。衛兵たちがまずすべきは、頭を下げて話しあいだ。
だがこうなっては簡単にはいかない。
間違って貴族を襲ってしまった不祥事を隠すために、全員が殺されて、隠ぺいされる可能性もある。
そうなった場合、オヌフリーの命も危うい。
「ならば転進しましょうぞ」
オヌフリーは部屋に戻ると、金貨をできるだけ鞄につめた。店から奪った重量軽減の鞄はこういうときに便利だ。
チェストの半分を入れても、少しも重くない。
無能な部下たちが時間を稼いでいる間に、たっぷり仕事の報酬をつめられる。
扉がゆっくりと開いた。
振り向いたが、人形が入ってくる気配はない。
「だれだ」
「こ、こんにちは」
「おぉ、店でみた小娘ではないか。屠殺場に訪れて、何用ですかな?」
貧弱な姿をみて、大仰な挨拶をした。しかしすぐ真顔になった。
場違いな小娘がどうしてここにいる。
オヌフリーは、店で見た小娘が杖を振りかぶる動作をした瞬間、
流れるように剣を突き出し、腹を刺した。
「ん?」
手ごたえが伝わってくるはずだった。替わりに、右手に重い衝撃が来た。剣が落ち、あわてて距離を取る。
「なんと」
しびれてうごかない手元を見ると、右手首から先がなくなっていた。断面から血が噴き出している。
「何の
自分が怪我をするはずがない。すなわちこれは幻影の一種である。
「こざかしさは一級品であるな」
痛みの幻影を受けた右手をかばいながら、左手で腰のナイフを取った。刃が赤熱する。
怒りに燃えている今に、ふさわしい攻撃手段だった。
投げつけようとしたとき、オヌフリーの寝巻にいくつかの赤い花が咲いた。
どうして胸に鮮やかな花が咲くのだ。
彼はいつか見た領主の館にかけられた軍旗の赤さを思い出した。
「おお──」
怒りの炎が身体にまで現れたのだ。しかし、耐えがたい苦痛が花の内側から出始めた。
幻影の傷口もしびれる。
「なんとなんと」
オヌフリーは感心した。なんて高度な幻影使いだろう。鉄の肉体を傷つけること叶わぬとしても、幻だけで抵抗する技術に感心しきりだ。
「なかなかの使い手であるな」
急速に暗くなる視界とめまいで立てなくなった。
血が噴き出し、低血圧が襲い来る。
「見事な幻影を──」
そういって、仰向けに倒れた。
「倒せた……?」
テラノヴァはまだ混乱していた。
屈強な騎士は簡単に倒れてしまった。
幻影がどうと言っていたが、確かにそれは彼の血液で、手首から先も間違いなく喪失していた。
コラリアの作った魔法は発射直後に無防備な肉体にぶつかった。相乗効果で威力が高まり、さらに油断しきった身体を貫通した。
怪我を負わせた相手は最期まで怪我を認めなかった。そんな人間ははじめてだった。
テラノヴァはオヌフリーが倒れてからしばらく、遠巻きにして近寄らなかった。あまりに言動が的外れで、逆に警戒心をいだかせた。
床に広がる血が足元にまできたとき、ようやく死を確信した。
「不思議なひと……」
テラノヴァは落ち着くために、指輪を無意識になでた。勝てたのならそれでいい。しかしあまりにも妙な相手だった。
指輪から人形たちが、まだ人間を襲っていると伝わってきた。一人残らず倒す必要がある。テラノヴァは別の部屋に向かった。
魔法人形は発動体の指輪と、支配下に置くキーワードで、制御できた。
テラノヴァは衛兵の詰め所から遠い城壁にいる20体ほどを支配下に置き、魔力を注いで増強した。普段の数倍の握力を使わせるためだ。
最初に建物のまわりにひそませ、見張りは蜘蛛糸で絡め取った。
不意打ちの効果を最大限に高めるため、捕縛と同時侵入させた。
ならずものたちの1/3は眠ったまま死んだ。残りは抵抗したが、装備が整っていない状態ではまともな対処ができない。
他の部屋を始末した人形が合流すると、さらに天秤は傾いた。
肉食獣に群がられる大型動物のように、髪をつかまれ、押し倒され、のしかかられて骨を折られた。
彼らが完全武装で警戒していたなら、簡単にはいかなかっただろう。
しかし朝駆けのおかげで、まだ眠っているところを襲えた。
テラノヴァは静かになった室内を確認していった。どの部屋も開ける前から血の匂いがして、中には雑巾のようにねじれた死体がいくつもあった。
「うわぁ、こんなのばっかり」
人形たちが襲う場面を見たが、相手にしたくないと思う。ある男は人形にからめとられ、身体をねじられ、
「やめてくれやめてやめてくれやめ──」
泣き叫びながら首を回されて死んだ。
テラノヴァが直接対峙したのはひとりだけ。工房が襲われたとき、指示を出していた男だった。
テラノヴァは扉を開く前に、あらかじめ1体の魔法人形を足元に潜ませた。拾った剣を持たせ、低い位置からの襲わせる予定だった。
杖とコラリアの魔法と人形で、同時に複合攻撃すれば騎士が相手でも何とかなると思っていたが、予想以上にあっさりと倒せてしまった。あの男は下からの攻撃に反応すらしなかった。
事が済んだので、テラノヴァは男の部屋に戻った。
「どうぞ」
オヌフリーの指に、発動体の指輪をはめた。これで罪をかぶってくれる。
近くにあった鞄を開き、チェストを見て、詰める作業を引き継いだ。
お金と荷物を回収して立ち去った。
廃墟のすぐ近くの木のそばで、ひとりの男が倒れていた。
話に聞いたノガレだ。彼も首を折られて、力なく横たわっている。
持って帰ればニコラスが喜ぶが、生首を切り取るわけにもいかない。
「お顔の皮膚をはがせばいいかも?」
農作物の展示場にかざってあったカボチャに、ノガレからはがした顔の皮膚を付ければ、人間の頭部を再現できるかもしれない。
クスクスと笑った。凄惨な光景と、莫大な罪悪感で、物語の主人公があたまを浸食しはじめていた。
テラノヴァは廃墟を去った。
命令を終えた魔導人形たちは待機状態になり、死体のなかで立ち尽くしていた。
ニコラス一家が朝食を取っているとき、いなくなっていたテラノヴァが帰ってきた。黒いローブに血の匂いがしている。
「またどこかに遠出したのかと思ったぞ」
「奪われたお金を取り戻してきました」
テラノヴァはそういってテーブルの隅に鞄を置いた。開くと内部には金貨が詰まっていた。
「あんた……忍び込んできたのか。そういうことは事前に言えって言っただろ」
「ごめんなさい。話し合いに行ったら、その、全員亡くなっていました」
「……死んでたって、なんでだ?」
「わかりません。城壁を守っていたお人形がたくさんいました。襲ってこなかったので、お金を鞄に詰めて持ってきました」
「他には誰もいなかったのか?」
「はい」
ニコラスは思案顔でテラノヴァをみた。そんなバカな話があるか? と今にも言いだしそうだった。
「……まあいい、カネは戻ってきたんだ。相変わらず無茶をするな……あんたはたいしたやつだよ」
「ありがとうね。お金がなくて、明日からどうしようかと考えていたの。借金をしなくてよかった」とノエル。
「たくさんのお店が被害にあったって聞きました。そのお金も入っていると思います」
「皆あんたに感謝するだろうな。恩にきる」
ニコラスは立ち上がってテラノヴァの手を取った。ノエルも同様に。子供たちもテラノヴァが問題を解決したのだと理解して喜んだ。
「気にしないでください。ごはん、食べましょう」
テラノヴァは赤面した。
椅子に腰かけて、用意されていた朝ごはんを食べ始めた。
テラノヴァの隣に座ったデニスが、小声で話しかけてきた。
「全員倒したのですか?」
「……」
「どうか教えてください。だれにも言わないって約束します」
「……」
デニスは崇拝する視線で見ている。
テラノヴァはお金を取り返してきただけと言っているが、ローブの返り血は明らかに戦った後だ。
グレゴールの家から帰ってきたときも、危険な廃墟都市にいったあとも、血の匂いを漂わせていた。きっと今回も戦ってきた。デニスはそう信じていた。
「お願いです。教えてください」
根負けしたテラノヴァは、こっそりと耳打ちした。
(全員殺しました)
「わぁぁぁ……」
デニスは感極まっていた。
デニスの英雄は知的な存在でありながら、死と暴力が付きまとっている。アンバランスで非日常的な香りがたまらなかった。
「……」
「デニス、どうしたの。ぼけっとしてる」
「え……」
「ずっとテラノヴァを見つめてたが、嫁にほしくなったのか? ええ? やめておけよ」
デニスは両親に揶揄されてようやく気付いた。
結婚という未知の発想を教えられて赤面し、食事に戻ったが、少年はずっとそれを考えていた。
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