第8話 好きか嫌いか半々か。好感度が見える薬
月の最低気温を更新した今日は学校の暖房がなかなか効かず、教室中で悲鳴が聞こえてくる。
廊下に出るともっと寒いし、昼休みはこのまま教室にいよう。
と思っていたら、あの人の声が聞こえてきた。
「こーうーはーいー!」
「げっ、この声は夏絵手先輩……よし寝たふりしよう」
机に伏せて、目を閉じる。
横に人が立つ気配がするけれど、寝たふりを続ける。
「ねえ後輩? 寝てるのですか? こーうはーい」
うるさいなぁ、この人……。
どうせまた変な薬でももってきたんだろ、学校なのに。
「後輩。ねえ、不知火後輩。不知火さん。……もう、どうして無視するのですか、響くん」
「呼び方で距離詰めんな!」
あ。つい立ち上がってしまった。
「やっぱり起きてた。先輩に向かってタメ口は駄目ですよ」
「先輩がしつこいからです」
「だって、響くんに話したいことがあるから」
「呼び方戻せよ」
「タメ口は駄目」
はいはい、わかりましたよ。
タメ口になるのは、夏絵手先輩としてよりも楓として関わってきた時間のほうが長いからで、わざとじゃないですよ。
「それで? 話したいことって?」
「今聞いちゃいます? 2人きりにならないと話せませんよ。とっても大事なことなのに」
なんか紛らわしい言い方だけど、どうせ薬のことですよね?
……と思うのは、この教室では俺だけらしく。
「不知火くんモテるよねぇ」
「2年生からも告白されちゃうんだ」
「さすがイケメン……」
誰も告白だなんて言ってないよ。
先輩は優が好きだし。
……早く諦めてほしいけど。
「そうですよ。雫は響くんに告白するために来たのではありません。そもそも響くんのこと、そこまで好きではありません」
「ですよね。俺も早く後輩呼びに戻してもらわないと、先輩のこと嫌いになります」
「嫌いになる? ふぅーん」
なんですか?
ニヤニヤしないでください。
「そんな後輩に飲み物を持ってきました。温かい緑茶です。さあ飲んで飲んで。リラックスしますよ」
先輩が俺に差し出したのは小さめの水筒。
「どうせ変な薬が混入してるんでしょ」
「あら。後輩のクラスメイトの前で、そんなものを飲ませるとでも? 素直にもらっていたほうが、後輩の株もあがりますよ」
くっ……言い返せない。
……って、あれ?
後輩呼びに戻った。
意外とすぐやめてくれたな。
「ところで、優はいないんですか?」
「中川さんと話してます」
あ、ほっぺ膨らませた。
嫉妬ですか?
「ふふ。嫉妬しないわけないでしょ? あんな可愛い女の子を好きにならない男の子なんていませんよ」
「ここにいますけども」
「え?」
「ん?」
「えっ、えっ? じゃあ誰が好きなのです!?」
「いませんから」
先輩が思うほど、恋愛している中学生はそう多くないですよ。
一部では盛り上がっているらしいけど。
「そ、そうなのですね」
「優は心配いらないと思いますよ。先輩しか目に入っていないはずなので」
惚れ薬の効果を考えると、とは言わないでおく。
「ですよね! それでは後輩、飲んでください」
「嫌です」
「なんでですか?」
「異物混入が疑われます。先輩が飲んで問題ないことを証明してください」
「むっ……。わかりましたよ!」
先輩は投げやりに言うと、水筒のお茶をゴクンと飲んだ。
……え、飲んだ!?
「ほら、雫には何も起きていませんよ」
「……おかしい」
「後輩、お茶を飲んでくださいな」
……しょうがない、諦めて飲もう。
先輩が自分で飲んだんだ。
薬が入っていたとしても悪影響はない……と思いたい。
「いただきます」
「どうぞ」
お茶を一口だけ飲む。
……ちゃんと緑茶の味がする。
うーん、今回は俺の思い込みだったのかな……。
「――え?」
せ、先輩の頭の上に謎の数字が……。
62って書いてあるけど、なんだこれ。
「先輩、頭に何かありますよ」
「後輩にも見えましたか。雫からも、後輩の頭に見えますよ。54という数字」
いったい何の数字ですか?
「『好感度が見える薬』の効果です。相手が自分のことを好きか嫌いか、可視化されるのですよ。うまく騙されてくれましたねぇ」
「なっ……、ふざけやがって!」
俺に薬を飲ませるためだけにそこまでするのか、このマッドサイエンティスト!
「後輩は雫を普通くらいに思っているのですね。なるほどなるほど」
「54は高い方だろ。普段の先輩、好感度だだ下がりですからね? 30でもおかしくない」
「30もあるのですね」
「やっぱ20で」
はやく効果切れないかな。
「優くんにもあげちゃお」
「あ、こら待て!」
まずい、先輩が優に毒を盛ろうとしてる!
優から先輩への好感度が分かったら、どうなることか……。
「夏絵手先輩!」
大慌てで追いかける。
その後、先輩が足を滑らせて転んだのを本気で心配して、何故か先輩に謝られてしまったのだった。
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