第15話 優しさ
少しして、二人分の紅茶を持って店長が戻ってきた。店長は小さく笑い、
「ごめん。ティーバッグなんだけど」
「いいです。ありがとうございます」
カップに触れると、冷えていた指先がじんわりと温かくなってくる。僕はカップを持ち上げ、香りを楽しむ。自然に笑顔になった。
「店長も先生も優しくしてくれて、僕は今まで本当に助けられてきました」
「そうか。僕たちは君のことが好きだから、そうしてきただけなんだけど」
そう言ってすぐに店長が、「あ」と言い、右手を横に振った。
「違うよ。僕は君のこと、そういう意味で好きなんじゃなくて……」
否定してくる店長の様子がおかしくて、つい笑ってしまった。そんなことはわかっています、と伝えようかと思ったが、やめた。店長は紅茶を一口飲むと、
「こんな否定の仕方、余計に勘繰りたくなるかもしれないけど、違うよ。僕には、別に好きな人がいるから。それに、好きになるのは女性だし」
店長の好きな人とはどんな人なんだろうと思ったが、そこには触れず、「わかってますよ、店長」と、言うにとどめた。
店長は、また紅茶を口にしてから、
「じゃあ、さっきの続き。走ってきた
「どうでしょうね。先生、必死だったから、普段にない力が出た……とかでしょうか?」
僕が、考えを口にすると、店長は頷き、
「そうかもしれないな。とにかく、必死な感じだったよ。それで、君の部屋の前まで来たら、呼び鈴を何度も押して。その時も、本当にそれまで一度も見たことがないような、恐怖なのか焦りなのか、何だかそういうものが浮かんだ顔をしてて。時々僕を見て、『返事がありませんよ』って言ってみたり。普通の状態じゃなかった。その後、君がドアを開けてからは、君の見た通りだけど、あんな宝生くん、見たことなかったよ。それで、もちろん君が生きていてくれたことは嬉しかったし、おいしい雑炊を作らなきゃって思ったんだけど、冷静な自分もいて。『ああ。そうか。宝生くんは、こんなにも
店長が話を終えると、僕は紅茶を一口飲んだ。また一口。熱かったけれど、ほとんど一気に飲んでしまった。
あの時の二人の優しさ。特に、先生の優しさを思い出す。僕は、いつもあの人に守られて生きて来たんだと思う。どんな僕も、決して見捨てずに。
そんなことを思っていたら、鼓動が速くなり、目には涙が浮かんできた。それを、店長に見られまいとして俯いた。が、そうしたことで却って、テーブルに涙が落ちてしまった。
「紅茶、もう一杯淹れてこようか?」
店長が、そっと声を掛けてくれる。僕は、ただ首を横に振った。僕は椅子から立ち上がると、店長に向かって頭を下げ、
「それでは、当日よろしくお願いします」
何とかそれだけ言うと、通用口の方へ歩き出した。店長は、何も声を掛けて来なかった。
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