第5話・遺跡、エーテルリソース、絶望

※1




そもそも、エーテルリソースと呼ばれるそれは何なのだろうか。


城塞都市ニヒトを覆う、霧の領域の侵食を阻む不可侵の障壁、エーテル障壁。

探索者が用いるエーテル探知用コンパス、視界を隠す程に濃い霧から視界を通す特殊ゴーグル等の装備の幾つかも、このエーテルリソースが用いられている。

技術研で開発されたという試作装甲車とて、間違いなくエーテルリソースによってもたらされた技術だ。


エーテルリソースとは通称だ。

エーテルに連なるエネルギー、遺物、設計図など、エーテルに関わる全てを指してエーテルリソースと呼ばれている。


それの発掘、採取が行われるのは現代まで僅かに残った遺跡群だ。


推定年月1,000年以上、今の文明にその面影は1つもなく、エーテルリソースの発見が人類に認知されるきっかけとなった。

エーテル文明と呼ばれる過去の超文明の存在を知り、それを己の知識、力にしようとした人の貪欲さが、今日までの人類を救う事となる訳である。




※2




木々と緑が広がる平原の中でも、遺跡が存在する地域は周囲から隔絶されたかのように異質だ。

遺跡へと徐々に近付くにつれ、その周囲からは自然は減っていく。

土の地面もなく、気がつけば見慣れない石の様に堅い大地が足元に広がっていた。


草木一本生えやしない、不毛の場所だ。


そんな場所を少し歩き続ければ、遺跡は見えてくる。


「……ここか」


「地面が変わる境目から思ったより歩きましたね……何もなかったですし、今後はアイゼンでここまで来てもいいかもしれません」


霊魔との接敵を危惧し、途中からアイゼンを降りたアラタとグレイが歩き続けた先、目の前には1つの巨大な建造物があった。

石材や木材で作られた城塞都市の建物とも違う、人の手で作られたとは思えない程に、その形は全てが均一で、あまりにも無機質だ。


「技術研の建物と雰囲気が似ていますね……いいや、私達が参考にした側ですけど」


「エーテル文明の建設デザインを参考にしてたんだったか」


「はい、とても機能的ですよ、古代の建造物というのは」


建造物の傍まで寄ると、グレイはその壁に手を伸ばした。

ひんやりとした、石材にあるような冷たい感触だ。


「石よりも軽く、けどそれと同等か上回る程の耐久性をもった材質…何より外観がいいですよねぇ、無駄がない、飾り気のない、洗礼されてるというか……あぁ素晴らしいです、感動さえ覚えますぅ…」


本来の目的を忘れてしまいそうになるほど、実地で現物を触れる事が出来る感動は、研究者でもあるグレイにとってはまさに代えがたい程の歓びだった。


これもまた、探索者となる魅力の1つ。

常人にはきっと理解できない、いや、同じ穴の狢である技術研の連中だったなら、きっと頭がおかしくなるレベルの共感をしてくれる筈だ。


「スタープライドさん、それは終わった後だ。その後なら幾らでも残ればいいだろ」


「…はい、そうですね」


入口と思われる正面の鉄製の大扉は開かれていた。

グレイに声を掛けながら先に進んでいたアラタは大扉の前に佇んでいる。


「アカツキさん?何かありました?」


「……………」


返事はなかった。

反応のない様子を不思議に思いながらグレイはアラタの傍まで駆け寄る。

アラタの表情は険しかった。その視線は開かれた大扉の方へと向けられていたのだが


「…………っ」


グレイはアラタが見ていたそれを視界に入れたと同時に、言葉が詰まる。


「………………やっぱり、此処で間違いないな」


アラタは歩き、それの傍まで近付くと、膝を着いて視線を合わせた。


「……ガルフのおっさん」


連絡が途切れていたパーティーのリーダー、ガルフ・チェノン。

生気のない瞳を地面へと向けたまま、血に塗れ事切れていた。


「…あんたのその姿を…真っ先に見る事になるとはな」


苦笑いを浮かべていたアラタだったが、声色は寂しげで、ガルフの顔をずっと見つめたまま、その動きを止めていた。


「……アカツキさん」


「…悪い、感傷に浸ってる場合じゃないな。行こう」


グレイの呼びかけで我に返るように、アラタはその場から立ち上がり大扉の先を見据えた。

鞘に納めていた剣を抜き、何時でも動けるように、意識を切り替える。


「残りのパーティーは中だ。恐らく霊魔も遺跡内にいるだろうな」


「はい。しかし、リーダーであるガルフ・チェノンさんが最初にやられていたとしたら……」


「言うな。洒落にならないよ」


アラタの知る限りでは、このパーティーには何かあった時のナンバー2がいない。

ガルフの代わりにパーティーを纏めようとする者がいなかった。

4人という、どちらかと言えば小規模パーティーであった為、基本的にガルフ1人で十分であったという事もある。

つまり、万が一の指揮系統が危ういという事だ。


だが、それ以上に危うい要素があるとしたら、それはゼノビアという存在。

叔父であるガルフを慕い、だからこそ彼のパーティーに入り、今日まで活躍してきた。


ゼノビアには探索者となる強さはある、だが心まではどうか?

誰かとの繋がりを強く望む彼女が、その繋がりの1つを目の前で失ったとしたら、彼女は耐えれるだろうか?




※3




どこまでも暗い空間の中。

長い通路をただひたすらに走った先にあった幾つもある小さな部屋の1つ。

ゼノビア・クロエットは荒く息を吐き出しながら、膝を着く。


胸が苦しい、涙が止まらない、震える身体をどうしても抑えられない。


恐怖が、悲しみが、一気に押し寄せてくる感覚に今にも心が潰されそうになるが、それを誤魔化すように銃剣を力一杯に抱き締める。


「はぁっ…はぁっ……んん…はぁ、はぁ、はぁ……っ」


力が抜けたように、壁際に身体を寄り掛からせた。

未だ溢れる涙で一杯にしながらも目を瞑り、何度かの深呼吸の後に、ようやく落ち着きつつある自分自身に不甲斐なさを感じた。


どうしてこうなったのか、どうして何も出来なかったのか。

己の無力を、ただただ呪い続ける他なかった。


「何で……何でこんな事になったの…今までと…変わらない、上手く、やれる筈だったのに…」


それは今まで卒なくこなせていた故の慢心か、緩慢となった備え故か。


いいや、それは違う。


ガルフ・チェノンという男は堅実な探索者だ。

自分と仲間の能力を把握し、どこまでが出来る範囲であるかを見極めて行動する事に長けていた。


ゼノビアというある意味で癖の強い彼女をこれまで御せていたのも、叔父と姪という関係以上に、彼が彼女の行動を上手いこと制していたからに他ならない。


今回の悲劇は、いうなればそう、誰に非があった訳ではない。

運がなかった、ただそれだけの事である。


ゼノビアが籠もる部屋の外、彼女が走ってきた通路から足音が響いた。


「っ」


ゼノビアの耳がその音を拾った。

その足音が何者のものであるかを理解した瞬間、彼女は息をする事を忘れる程の悪寒が身体を突き抜ける。

未だ震える身体を必死に抑え付けながら、物音の1つにも細心の注意を払う。


ゆっくりと、されど重く、地面を軽く揺らしながら一歩一歩近づいてくる足音の主はまるで何かを探しているかの様に、不定期に止まっては、また進むを繰り返している。


何かを探しているかの様に、ではないだろう。

きっと探している、最後の獲物を


(私は、死ぬ?)


ここで見つかって、そのまま嬲られて、殺される?


(………アラタなら、きっとドライに受け止められる筈なんだ。探索者は、何時死んでもおかしくないからって、何時も言ってたから)


冷たいようで、だけど優しい彼の顔を思い浮かべる。

アラタは、自身が死んだと聞かされた時、どう思うだろうか?


常に彼が言うように、割り切ってしまうのだろうか。

探索者なら、仕方がなかったのだと。


(……嫌だ、そんなの、嫌だ。アラタ、私は…!)


その時、一際大きい足音がゼノビアが籠もる部屋の前で止まった。


「…っ」


無意識に呼吸を止めた。

へばり付くように、その身体を壁へと貼り付けたまま、ゼノビアは外のアレが離れる事を一心に祈った。


そうして、流れていった時間は数分か、数秒か。

そんな感覚さえも麻痺していった中で、ようやく動き出す。


足音は再び進んでいった。

そのまま遠のいていき、気がつけば全く聴こえなくなっていた。


一時の危機は去った。

まあ、これで助かったと言える訳ではないが


「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ………あぁっ…!」


気がつけば大量の冷や汗で服はビショビショだった。

力なく蹲った身体を抱えたゼノビアも、やっと一息ついたかと思えば、今度は引っ込んでいた筈の涙が溢れ始めていた。


極度の緊張状態と、先にやられていった仲間達。

何よりも、慕っていた叔父との死別を前にして限界であった。


「……うぅ、隊長……ガルフおじさん…………会いたいよぅ、アラタぁ…」


親に縋る子供のように、されどそこに安らぎはない。

何時来るかもしれない死に怯えながら、彼女は小さく嗚咽を漏らした。


彼女の心は、完全に折れてしまっている。








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