第4話・接敵、捜索
※1
探索者と呼ばれる者達は高い身体能力を有している。
霊魔との戦闘、長期の遠征に耐えうる体力、どれを取っても常人を遥かに凌駕している。
それは生まれ持った才能か、もしくは絶え間ない鍛錬の末に得たものか。
否、彼等の大半の探索者が後天的な処置を持って、その力を得ている。
探索者となる際にゾルダード探索者ギルドより施される強化施術によって、彼等はその心臓にエーテル晶石が埋め込まれる。
その為、探索者は、底上げされた基礎能力の代償として、その身体のどこかにエーテル晶石が現れるという。
それは額であったり、胸元であったり、手の甲であったり、場所は様々だ。
こうして、探索者となった者はパーティーを組み、要塞都市ニヒトの人類存続の為に霧の領域へと踏み込む。
エーテルリソースを求め、時に危険を冒しながらも、探索者となった己の存在意義を絶やさぬ為に。
※2
その周辺の森林は燃やし尽くされ、今そこには黒焦げとなった燃えカスのみが残っていた。
1日2日でどうにかなる規模ではない。
少なくともそれ以上の時間を要してこの地は燃え続け、全てを灰へと変えていったのだ。
それをやった元凶は、すぐ視認できる範囲で見つける事が出来た。
「霊魔!」
アラタが叫ぶ。
その視線の先に立つのは6体の異形、霊魔・獣人型と呼ばれる人間に限りなく近い姿をした化け物。
2メートルに及ぶ体長と肥大化した右腕。
閉じられた瞼は、それでこちらを視認しているというのだから、その構造はどうなってるのか未だ分かったものではない。
ただただ不気味、気味が悪い。
だが、そんな存在と相手取るのが探索者なのだ。
「アカツキさん!アイゼンで突っ込みましょうか?」
「やめとけ!万が一があったら大変だしな…!」
興奮気味に提案するグレイのそれを却下しながらアラタは腰に差した鞘を掴み、そして
「グレイ!先に行く!戦えるならお前も来いよな!」
「え、あ、アカツキさん!?」
急に名前呼びですか!?とズレた叫び声を上げるグレイを流しながら、アラタはアイゼンが停車する間も待たずに車窓から飛び出した。
『…………………!』
「相変わらず何か言ってんな、お前らはっ!」
最も近い霊魔の1匹が、動き出した。
その動きは素早く、飛び込んでくるアラタを間合いに捉えると、その右腕を振り払った。
肥大化した腕から伸びる、まるで獣のそれと酷似した長く鋭い鉤爪。
当たればアラタが纏っている軽装のアーマー程度、呆気なく切り裂くに違いない。
「このっ!」
霊魔の横払いは風を切った。
アラタの勢い任せの突撃は、霊魔の想定よりも速かったのだ。
腰の鞘から剣が引き抜かれる。
飾り気のないシンプルな長剣、だが切れ味は本物だ。
引き抜かれた剣は刀身を煌めかせながら、霊魔の胴体にその刃を通した。
刃を通した所から綺麗な断面を見せる。
まずは一匹目だ。
「アカツキさん!」
グレイの叫び声が響く。
着地したアラタのすぐ後ろ、霊魔の巨体が倒れる際の振動が足元を揺らす。
突出したアラタへと3匹の霊魔が一斉に迫っていた。
アラタは剣を構え、迎え討たんと立ち上がる――――その瞬間。
更に後方からの発砲音が鳴り響いたと同時に、3匹の内の1匹の霊魔の頭部の上半分が吹き飛んだ。
確認するまでもない、精度の高い射撃だ。
「……グレイか!」
「負けてられませんよね!私も!」
グレイの右手には、携帯用の小型銃が握られる。
技術研が誇る探索者用の装備、弓矢に変わる飛び道具。
これもまた、エーテルリソースを用いて開発された装備の1つである。
「アカツキさん!今動いている2匹の後方、残りの霊魔なんですけど、何か変です!気を付けて下さい!」
「了解!」
2匹の内1匹の霊魔の攻撃を防ぎながらアラタは、奥で動きのない霊魔2匹を見る。
迫っていたもう1匹はグレイの射撃から身を守る為にその動きを止めていた。
『………………!』
ブツブツと呟くように、しかし言語だと成り立たない雑音を吐き出しながら、動きを止めていた2匹の霊魔が肥大化した右腕をアラタ達へと向けた。
「…何だっ」
鉤爪を受けながし、アラタは相対していた霊魔をそのまま斬り捨てる。
それと同時に、視認していた2匹の霊魔の右腕が違う形状をしている事に気付く。
それは鉤爪ではなく、右腕の中央に巨大な孔が空いていた。
まるで手として機能しない、その歪な構造に眉を顰めつつも、すぐに目を見開く。
霊魔の右腕の孔に赤い光が集まっていた。
「グレイ!しゃがめ!」
「えっ!?でも」
「しゃがめ!」
訳が分かっていない様子のグレイも、アラタの必死さに押されて反射的に身体を地面に伏せる。
アラタも急ぎ伏せた直後だった。
2人の真上を赤い光の奔流が走った。
同時に叩きつけられる熱風。
背中に感じる高熱に顔を歪めながら、赤い光が収まったと同時に、思わずに後ろを見た。
「……なるほど、こりゃ森林だって燃やし尽くせるわな…!」
「仲間の霊魔ごと狙ってきました…いや、それでもこれは……!?」
唖然とするアラタ、訳も分からず本能的にやった動きが命を繋げる。
グレイは、上半身が火達磨となって動きを止めた鉤爪の霊魔が目の前まで迫ってきていた事に戦慄していた。
霊魔が再び右腕の孔を向けている姿がアラタの視界に入った。
落ち着かせる感情も置き去りにして、咄嗟に身体が前へと飛び出していた。
理由は明確、2発目を撃たれる前にやらねばならない。
『…………!』
2匹は右手の孔をアラタへと向けた。
迫る危機に対処する、それは当然の動きだ。
だが、霊魔に知能はない。
全ては本能に忠実、何を優先すべきかを判断する頭は足りていない。
グレイの銃が、1匹の孔の霊魔の側面に銃弾を叩き込んだ。
「前衛がいなければ……それとインターバルは長いみたいですねっ!」
「ああ、これで終わり…!」
右手の孔を向けるばかり、先程のように赤い光が集る様子もなかった。
ならば、何も恐れる事はない。
アラタは瞬く間に近付くと、霊魔に向け長剣を振り下ろした。
※2
長剣を横に振り、血を払いながら剣を鞘へと戻した。
地面に倒れる先程斬り伏せた空魔の死体、そこから流れる赤い血は、その場に血溜まりを作っている。
「……赤い血か。気に入らないな、やっぱり」
「アカツキさーん!」
忌々しげに呟くアラタの傍へとグレイが駆け寄ってくる。
「スタープライドさん、大丈夫だったか?」
「あ、はい!…初めてでしたけど、何とか…」
どこか落ち込んでいるように見える、声色にも元気がない。
先程までの気丈に振る舞い勇んでいた姿は今はなかった。
だが、こうなってもおかしいとは思わない。
初めての実戦だった筈だ、霊魔という自身よりも大きい化け物が、小柄な彼女を殺さんと迫るのだ。
緊張の糸が切れ、今はただ、霊魔への恐怖を思い出すように身体を震わせている。
「……スタープライドさん?」
「……あ、はい?」
アラタはグレイの頭へと手を置いた。
「頑張ったな。それと助かったよ、いい腕だね」
それはお世辞でも何でもない、本心からの言葉だ。
的確に霊魔を撃破した彼女の腕もまた、才能という奴なのだろうか。
「…………」
グレイは褒められるとは思っていなかったと言わんばかりの、驚いた表情をしていた。
子供をあやすように頭を撫でるアラタにほんの少しだけされるがままになりつつも、1つ笑みを零すとアラタの手か逃れるように身体を少しだけ動かした。
「……もしやアカツキさんって、たらしって奴ですか?」
「いや、何でそうなる」
ジト目をしたグレイがアラタの顔を覗き込む。
心外だと腕を組みながら溜め息をつくアラタの姿を見て、グレイは堪えきれないようにくつくつと笑い声を漏らしていた。
「すみませんアカツキさん、それとありがとうございます」
グレイは頭を下げた。
アラタは苦笑いを浮かべながら腕組を解いた。
「少しはマシになったか?」
「はい、お陰様で。先輩のフォローは効果てきめんでしたよ?」
「ああ、なら良かった。後輩が軽口をたたけるようにするのも先輩の務めだ」
グレイのノリに合わせながら答えるアラタ。
2人して顔を見合わせて、小さく笑った。
「………さてと、とりあえず霊魔は片付けたとして」
周囲を見渡したアラタだったが、とある場所を見つけると、表情を変えた。
すぐ近くまで寄ると、そこには倒木だった残骸の他にも一箇所、人の手によって弄られたであろう場所を見つけた。
「焚き火の跡のようですね」
しゃがみ込み、焚き火跡を漁るアラタ。
そんな彼の後ろから見ていたグレイが顎に指を当てながら考えるように呟く。
「使ってから、やはり日は経っているか。まあ、此処を離れたのが通信が途絶えた時からだとしても最低3日だもんな…」
「他にパーティーの痕跡ってないんでしょうか?」
「そうだな…見つけるのは難しそうかな、これは」
「……そうですね、この辺りですと、なおさら」
アラタがそう判断するのも当然だ。
3日という時間が既に経過している事で、足跡などの痕跡も恐らくなくなっている。
そしてこの場が霊魔によって荒らされていた事と炎によってこの辺り一面が燃やされていたのだから、仮に残っていたであろう痕跡も全て消し炭になっているであろうという事だ。
とはいえ、行き先を探す為の痕跡がなかったとしても、自分達探索者が向かう場所など決まっている。
「……スタープライドさん、エーテルリソースの反応は?」
「………ああ、近いですね。そんなに離れていないかもしれません」
「方角は?」
「北ですね。私達が進んでいた進路上を更に進めば、恐らく」
アラタは立ち上がると北を見る。
幸いだと言うべきか、ここにあるのは焚き火跡だけ。
霊魔がいたのは此処に人間の残り香でも残っていたからだろう。
探索者の死体らしきものも見当たらなかったので、少なくとも野営中に問題はなかった筈だ。
日が明け、朝となってから再びエーテルリソースの反応の先へ向かったに違いない。
「移動、再開だな」
「はい、距離も近付いてきましたし一気に飛ばします!」
両手で握り拳を作り気合を入れた後、アイゼンの下へとグレイは駆けて戻っていく。
それに続くようにアラタもアイゼンへと戻ろうと歩くが、ふともう一度北へと視線を向けた。
「……きっと無事だよな。信じてるぞ、ゼノビア」
※おまけ・呼び方が違う?
「そういえばアカツキさん?」
アイゼンの起動準備を行っていたグレイだったが、実は気になっていた事があったので相席に座っているアラタへと話し掛ける事とした。
「何だ?」
「どうしてグレイからまたスタープライドさんって呼び方に戻ってるんですか?
「え?」
「いや、え?じゃないんですけども」
まるで見に覚えのないような雰囲気で間抜けヅラを見せるアラタにグレイも不思議そうにしながらアラタを見た。
「グレイって呼び捨てにされてましたけども」
「あ、いやー…多分咄嗟の事だったからつい…?」
「なるほど、無自覚でしたか。私としては、距離が縮まったのかなとか少し浮ついた気持ちになっていたのですがね…」
胸元を押さえながら、私悲しんでますよー?と言わんばかりの素振りを見せるグレイである。
アラタは何故か冷や汗を掻いてした。
「思わせぶりですね」
「えぇ」
「無断で婦女子の頭も撫でるし」
「何か凄いトゲっぽいんだけど」
「そうですね、トゲトゲのグレイですよ今は」
「いや、ごめんて」
ツンツンした素振りを続けるグレイに、あたふたとするアラタである。
※救援を急いでいる時に何いちゃついてんだとなるこのやり取りが実際にあったかどうかは、はっきりとしないモノとする。
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