第九話 医師の少女
凪より三つ四つ上に見えるが、彼女も鮫の化身だとすれば外見どおりの年齢ではないかもしれない。縮れた髪は飴色で、着物は飴色と焦茶色の虎縞模様、帯は赤だ。
「ああ、そうだったね……」
鮫の王が鼻の頭を掻いた。少女は凪のかたわらに膝を突き、
「あたしは
胸を叩いて笑う。
「は、初めまして……。わたしは凪といいます」
「知ってるわ。さっき名前を呼んだ……っていうか、口にしたでしょ」
少女――真帆は腰に手を当てた。続いてくるりと鮫の王のほうを向く。
「さぁ、陛下は出ていってくださいな。これから凪さんの傷の具合を診るんだから」
そのことばに、凪は驚愕した。真帆が「猫鮫人」なら鮫の王の臣下だろう。臣下が王に「出ていってください」と言うなんて――。全く反抗しなくても義彦に暴力をふるわれつづけてきた凪には、信じられないどころの話ではない。
だが鮫の王は怒るどころか、
「す、すまない!」
再び赤くなってあたふたと部屋を出ていった。
「もう、ふすまを閉めるの忘れてるんだから」
真帆があきれてふすまを閉めてくる。
「あ、あの……大丈夫なんですか?」
凪が尋ねると、
「大丈夫って、何が?」
真帆は目をぱちくりさせた。
「だって……あの方は鮫の王様なんでしょう? 王様に……あんな……」
真帆が気を悪くするかもしれないので、「失礼」や「無礼」などということばは口にできない。
「ああ、そういうこと」
真帆は軽やかに笑った。
「大丈夫よ。陛下はそんな心の狭いお方じゃないわ。凪さんだってしゃべってみてわかったでしょ」
「ええと……はい」
そう言われると、否定はできない。
「じゃあ余計な心配はやめて、あたしに傷を見せて」
真帆は
「あの……助けていただいてから、何日くらい経ったんでしょうか?」
「ああ、三日よ」
「えっ!?」
真帆はさらりと言ったが、凪は再び驚愕することになった。たった三日で、あの傷がここまでふさがるはずはない。
「あらあら、人間の薬とあたしたち
真帆は小鼻をふくらませた。
「ご、ごめんなさい……」
「謝ることはないのよ。この調子ならもう一日二日で完治すると思うわ。それから……」
ふいに、真帆はやや目を逸らして口ごもった。
「ほかの傷も……治療しておいたから。ある程度新しい傷跡しか消せなかったけど……」
そのことばでようやく、凪は気づいた。
「ありがとうございます……」
居たたまれない気持ちもあったが、感謝のことばは本心からのものだ。
「いいのよ。じゃ、薬を塗るわね」
真帆は再びまっすぐに凪を見て笑い、巻貝の殻に入っていた薬を手際良く塗って包帯を巻いた。
「あたしはもう行くけど、すぐにほかの鮫人が食事を持ってくるから。おなかぺこぺこでしょ?」
「い、いえ……」
答えたとたんに腹がぐーっと鳴ったので、凪は真っ赤になって真帆はくすくすと笑った。
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