第四話 贄

 その夜、銛田屋敷の座敷には、正彦と義彦、村で二番目の有力者である鉤山かぎやま家のまさると、その跡取り息子であるすぐる、三番目の有力者である針本家の豊太郎とよたろうと、その跡取り息子である栄二郎が集まっていた。


「こんな夜更けに呼び立ててすまない。だが、それもやむをえんほど事態が逼迫ひつぱくしていることは、皆もいやというほどわかっていよう」


 正彦が口を開き、ほかの五人は重々しくうなずいた。


 今年は春も夏も異常に気温が低く、そのせいか近年にない不漁が続いていた。しかも漁獲量は日ごとに減っている。多くの村人が貧苦に喘いでおり、このままでは村の存続すら危うい。


「残された手立てはただひとつ……大鮫様ににえを捧げることだと思う」


 五人のうなずき方よりもなお重々しく、正彦は言った。豊太郎と栄二郎は再びうなずいたが、勝と俊は顔を動かさなかった。


「正彦さんには悪いが、大鮫様に贄を捧げれば豊漁になるなんぞ、迷信としか思えん」


 勝が腕組みをして言う。そういう反応を予想していたのだろう、正彦は表情を変えなかった。


「私とて、迷信かもしれんとは思っている。だが、三十年前の不漁の折に大鮫様に贄を捧げたら、嘘のように豊漁になったこと、勝さんも忘れたわけではなかろう。事態が改善する可能性が少しでもあることならば、試してみる価値はあると思わんかね?」


「そりゃ、まぁ……」


 勝がしぶしぶながら同意すると、


「幸い、いまこの村には、まさに贄にふさわしい子どももいることだしな。どこの馬の骨とも知れん異人の血の混じった、穀潰ごくつぶしの子どもが……」


 正彦はわずかに口角を上げて言った。むろん、凪のことだ。


 豊太郎も栄二郎も俊も――勝さえもが心得顔でうなずくなか、義彦だけはうなずきながらも不満げだった。


 もともと、義彦はこの話に諸手を挙げて賛成することはできなかったのだ。いらだちや退屈をまぎらすのにうってつけの玩具をなくしてしまうのだから。だが目下の者には暴虐のかぎりを尽くすくせに、目上の者に面と向かって反対することはできないのが、義彦という人間である。


「で、贄を捧げるのはいつになさるんですか?」


 豊太郎が浮足立った様子で尋ねた。


「明日にでも……と言いたいところだが、贄となるものは三日間は肉魚を絶ち、ひととことばを交わしてはならんとされている。ゆえに四日後になるな」


「では今宵のうちに、どこかに凪を閉じこめるおつもりですか?」


「ああ。善は急げというし、万一逃げられたりしてはかなわんからな」


 誰もが義彦の不満を無視して話を進めていく。ますます面白くない。


 大鮫に贄を捧げれば豊漁になるという信仰を、義彦は勝以上に馬鹿にしている。当然、贄となるものは三日間は肉魚を絶ち、ひととことばを交わしてはならないという掟も。


 だからこの不満も凪にぶつけることにした。何より、凪はあと三日の命なのだ。いたぶれるだけいたぶっておかなければ損というものである。

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