第5話 質問に質問で返すな

「虫さんですか?」


 彼女が訪ねて来た。

 視線が大きく開いた胸元に吸い寄せられる。

キラキラと輝く、シルバーアクセを首から下げているので、視線が胸元に下がってしまっても仕方がない。……と自分に言い聞かせて視線を上げ顔を見る。

 化粧に疎い俺にだってバッチリとメイクをしているのが分かる。

何と言うか「気合入ってんな」と言った印象を受ける。



 数秒遅れて俺は、「……という事は、アナタが【U_MAn】ですか?」と質問で返してしまった。相手が幽波紋スタンド使いの普通のサラリーマンだったら、額に人差し指をグリグリと刷り込むように、グリグリと押し付けて「質問を質問で返すなーっ!! 疑問文には疑問文で答えろと学校で教えているのか? 私が「名前」はと聞いているんだッ!」と詰め寄られてしまっていた事だろう。


「はいそうです。お会いできてとってもうれしいです」


少しピクっと口角が動いた気がするが、ニコニコとした笑みを湛え彼女は、返答してくれた。


「こちらこそ。【U_MAn】さんが、こんなお若い女性だとは思いませんでした」


「そんなに年齢は変わらないと思いますけど? 一体私の年齢は何歳だと思っていたのかしらね……」


またわずかだが表情筋がピクリと痙攣したような気がする。


「おいくつですか? 俺は15で、今年の四月から高校生です」


俺は【U_MAn】さんの大人っぽい雰囲気の人が、年はそう変わらないと言っていたので、純粋に年齢が気になったのだ。


「あら奇遇ね私も来年から高校生なのよ……やっぱり私の顔って老けて見えるのかしら……」


 彼女はハァ……と短いため息をつくと、「メイクのせいかしら……それよりも体つきや顔立ちの問題かしら」、と一人でボツボツ呟いている。

 見た目はゲーマーには見えないが、人前で堂々と独り言を呟くぐらいだから、かなりオタク気質があるのだろう。



「虫さんも酷いわね。人が気にしてること言うなんて……」



と言って彼女が反撃に打って出た。


 確かに初対面の人に対して、酷いことを言ってしまった。

思ったことがつい口をついて出てしまう……俺の悪いクセが出てしまったようだ。

 流石に今回は俺が悪いので、素直に謝罪の言葉を口にする。



「ごめんなさい」


「私、仲のいい友達には、負けず嫌いの頑固者って言われてるの……」



表情はニコニコしてるが、これは間違いなく怒ってる。


 俺はあまりの迫力に生唾を飲み込んだ。

 ゴクリと綺麗に音が鳴り、冷や汗がツゥーッと首筋を伝う感覚で、思わず身震いしてしまう。


 美人がキレるとこんなに迫力があるだ。なんて呑気なことを考えていると……。


「私、自分で言うけど結構綺麗な方だと思うの……」


 確かに。顔でメシが食えそうなレベルではある。単体とかキカタンとかついてもいいレベルだ。


「確かにお綺麗ですね……俺自分の持ってる服の中ではマシなの選んできたつもり何ですけど……どうですか?」


一瞬思案するような表情を浮かべる。


「悪くはないわ悪くわね……概ね中学生男子ってこういう服装よねって感じかしら……なんて言うか身近な女性の買ってきた服を何となく組み合わせてるだけって感じね……靴もスニーカーで、スニーカーが悪いってわけじゃないの……でも色味と服装があってないの何と言うか、小奇麗なんだけどただそれだけ……もう少し女性と会うのだから服装に気を使ってもいいと思うわ……特に高校生にもなったらね……」


 服装の話になると今までとは違い少しだけ、早口になる。やはりいつに世も女性は、お洒落と美容には関心を持っていると言う事だろう。


「……」


「ごめんなさい。私、少し口が悪いの……こんな見てくれだから男子にしつこく声をかけられる事が多くて……」


 確かに返す言葉もない……俺は服はアイロンをかけた清潔なモノを着ればいいと考えていた。靴や髪型だって接客業として汚い状態では、ダメだと言う常識から整えているだけで、俺自身としては面倒としか考えていない。



「他には何かありますか?」


「それにあまり、初対面の人に言いたくはないのだけれど……体型からアナタが面倒くさがりな事と、不摂生な生活状態なのがまるわかりよ……」


 確かに俺の体型は痩せているとは言えない。それは受験勉強による運動不足もあってのことだ。まぁそれだけではない事は十二分に承知しているが。


 彼女は、「ハァ……」とため息を付きこういった。柏手を打って「良いことを思いつきました」と言うとこんな提案をしてきた。



「……私はもっと【PoH】(【The《ザ》 Pinnacle《ピナクル》 of《オブ》 Heroes《ヒーローズ》】の略称で、日本では【ポヘ】とも呼ばれる)が、上手くなりたいんです!! 私が、アナタをリア充にしてあげるから、だから私にゲームを教えてください!」


 彼女は手を差し出して、まるで恋愛ドキュメンタリーでの告白シーンようだ。


「嫌だね。アンタは容姿だってスタイルだっていい。俺みたいに弱キャラじゃないからそんな事が言えるんだよ! 陰キャでゲームオタクの中学生男子に救いの手を差し伸べる私ステキって、内心小馬鹿にして悦に浸ってるんじゃないのか? 全くその気持ちが無いと本気で言えるのか?」


俺は内心思っていた言葉を、自分よりも10は年下の女の子に全て吐き出していた。


全く持って情けない……自分よりも人生経験のない学生相手になんと情けない……


俺は、自分を攻めていた。情けない自分を惨めな自分を輝かしいスポットライトが照りつけるような、人と一緒にいることができないと本能が感じたのかもしれない。


「……負け犬……いえ。戦う気のない意気地のない男ね……」


【U_MAn】はボソボソと、ただ明確な事実を指摘するような口調で呟いた。



「……なんだよ。それ……」 


「アナタの負け犬根性に根性に呆れたって言ったのよ。リア充みたいな人生を歩んだことすらないのにリア充は嫌い? はっ。ホンとバカみたいね。そう言うことは一度でも体験してから言いなさい! 体験したうえで嫌いと言うのは筋が通っているけれど、アナタは憶測だけで話をしている。決めつけている。それは行動しない人間の考え方よ。アンタもゲーマーだったら人生と言うゲームを諦めないで完走しなさいよ!! 傾向と対策は全てに通じるのよ! 私ね負けを認めず何かのせいにして、正当化する奴はクズだと思ってるの……尊敬してるプレイヤーがそんな人だったって失望させないで……」



……確かにありとあらゆるゲームには、ジャンケンのような相性が存在するカードゲームやアップデートが行われるゲームであれば、シーズン事に最強は変わる。

確かにゲームに対して努力が出来るのなら、現実に対しても努力する事が出来るかもしれない。



でも……



「……人生ってのは生まれである程度決まってしまってる。両親の裕福さや家庭環境、身体状態……容姿や運動能力なんかだ……残念ながら人生はスキルポイントの振り直しも、リセマラもできないこの能力のまま戦って行くしかないんだ。これがキャラの性能差だよ!」


「キャラの性能差ね……いいわ。少し付き合って貰うから」


「そこまで言われて俺が素直に付いていくと思うのか?」


「私はね、負けることが大嫌いなの。そしてそれと同じくらい負け《しっぱいし》たくせに改善せず。どうにか理由を付けて正当化しようとする奴が一番嫌いなの」



それは努力が出来て、努力は必ず報われると本気で思っている奴の、残酷な夢想家の理屈だ。

それは今まで躓いても立ち上がって成功した奴の論理だ。

俺も正義は必ず勝つと信じて疑わなかった。けどな……そのルールで世界が回っていた事なんてただの一度もないんだよ。

世界は力があるやつが正しくなるようにできている。だから主人公は必ず勝つし、ヒーローは言葉ではなく暴力を使う。これは最終的には言葉なんて何の意味も持たないことを、本能的に理解しているからだ。


でも、もう一度ぐらい。そのジャムみたいに甘いお子様の理想を信じてみるのもいいかもしれない。そう思うほどに彼女はその理想を信じている。



「大丈夫だが、いったいどこへ行くんだ?」


「決まっているでしょ?」



彼女は満面の笑みを浮かべ、俺の腕をつかみ「良いところよ❤」と言った。



「え? ッちょどこ行くんだよ」


「いいから、いいから付いてきなさい」



俺は店内の客とスタッフの注目の視線を浴びなが、困惑の表情を浮かべながら半ば強引に、【U_MAn】にどこかへ連行されていった。



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