第3話 決戦 (3/4)

奴だ、奴に違いない!


「やっぱり裏切ったんだな。ボクの居場所を教えたんだろう!?」


ボクは、案内機に詰め寄った。


《誤解です。私にそのような能力はありません。もしそうならば、アラームを鳴らして注意喚起するはずがありません。あちらはお客様を追う事が出来る、何らかの探知装置を有しているのでしょう》


なるほど、それもそうだ。やはりボクは冷静さを欠いている。


どうする、逃げるか? 戦うか? 難しい選択をボクは迫られた。このまま逃げても、奴は地の果てまで追って来るだろう。疲労するばかりのボクと疲れを知らないロボットでは、時間がたつほどあちらが有利だ。


ボクは、戦う決心をした。


いや、むしろ奴がここに侵入したのはボクにとって幸運だったのかも知れない。何故ならば、奴が追って来る事を想定し、建物内を注視して最上階まで来たのだから。


ボクは頭の中で、勝利に向けたイメージを構築し始める。


「奴は今、何階だ?」


今となっては、唯一の情報源である球体に尋ねる。


《5階です》


意外と進行速度は遅い。やはり歩行機能に支障があるようだ。ボクはほんの僅かに見えた勝利の光りを胸に大急ぎで階下へと向かう。


ボクは目を付けていたフロアに直行した。奴の体躯では大きすぎてエレベーターは使えまい。階段にせよエスカレーターにせよ、バカ正直に昇って来るしか道はない。


ボクは息をひそめて奴を待つ。これで人類とロボットの争いに決着がつくんだ。勝つのは人類だ!ボクは自分を勇気づける。


かすかにドスンドスンという、足音らしきものが聞こえ始めてくる。この状況で、音の主は奴以外に考えられない。焦るな、焦るな……!


奴の足音が、段々と近づいてくる。ボクは何度も勝利へのイメージを反芻する。


来た!


すぐ下の階に、奴はおぞましい姿を現した。


体長3メートル、上半身は球体でそこに細身の手足がついている。体のやや上の方に、カメラらしき部品が光っていた。


思った通り歩き方はぎこちなく、明らかに歩行機能に障害があるようだ。これならボクの方が早く動ける。そして背部には先の戦いでボクが破壊したジェネレーターカバーの一部が見え、中の機械が露出していた。


ボクは十分距離を取った上で、奴の前に躍り出る。相手が飛び道具を失っている事は、先刻承知済みだ。


「畜生!ロボット野郎め。殺せるもんなら殺してみろ!」


ボクは大声で叫ぶ。案の定、ボクの存在を察知した奴はこちらへ突進してくるが、正常に作動しない脚部では、ボクの方が早い。


ボクはフロアの中心部を駆け抜け、予定の場所へと辿り着く。パッと見はボクが追い詰められた格好だ。奴は勝利を確信したかのように、ジリジリと近づいてくる。


奴がボクの十メートルばかり先に到達した時、ボクは直前に床へと仕掛けた小型の炸裂弾、これは道すがら手に入れた品だが、そのリモコンスイッチをオンにする。


大爆発はしないものの、老朽化し痛みきったフロアの一部を破壊するには十分な威力であった。


瓦礫と共に落下するロボット。そこには水道の配管が破裂したのか、水浸しになったフロアがあった。ロボットは床に叩きつけられ、倒れたまま水をかき分けもがいている。ボクはフロアに空いた大きな穴から、下の階の破れた壁に露出していた電源ケーブルを狙って破壊ピストルの引き金を引く。


命中した部分は瞬時に蒸発し、むき出しになった電線から、高圧電流がプールの如き様相を見せているフロアを駆け巡った。


ほと走る稲妻に打たれ、醜くのたうち回った挙句、奴の動きは殆ど停止した。


やった! こうも図に当たるとは思わなかったが、素晴らしい幸運に恵まれたようだ。ボクは急いで階下へと走る。予め見つけておいたこの階の配電盤のスイッチを切り、恐る恐る奴の傍らへと近づいていく。


油断してはいけない。奴はまだ完全に機能を失ったわけではない。スローモーションのような緩慢な動きをする奴の背後に回り、ジェネレーターカバーの破れ目から、これまた道すがら回収した小型の手榴弾のピンを抜き放り入れる。


通常なら奴に決定的なダメージは与えられないだろうが、ジェネレーターを直撃すれば話は別だ。


ボクは全速力でその場から離れ、身の安全をはかる。数秒たって、期待通りの爆発音が響き渡った後、恐る恐るロボットへと近づき機能停止を確認する。


「勝った、勝ったよ!お父さん、お母さん。仇は取ったよ!」


どこかのロボットに殺された凄惨な父母の死に顔を思い出し、ボクはその場で咆哮した。


勝利の余韻も冷めやらぬまま、ボクは再び最上階へと向かう。先ほどの案内機に遺伝子保存施設の詳しい場所を聞き出して、一刻も早く人類再生の第一歩を踏み出さねばならない。


建物の天辺に再び辿りついたボクは窓の外を見る。先ほどと変わらぬ瓦礫の街しか見えないが、今のボクには希望があった。


「さぁ、ボクは勝った。遺伝子保存施設の場所をナビゲートしてくれ」


ボクの問いかけに案内機は答えない。


「なんだ、どうしたんだ。答えろよ」


《まだ決着はついていません。ほら、後をご覧なさい》


嫌な予感と共に振り返ったボクは、そこにボロボロに成り果ててはいるものの、不気味な光をカメラに宿した奴の姿を見た。


「畜生、やっつけたはずなのに!」


手持ちの破壊ピストルでは、到底奴を倒す事は出来ない。結局、ボクの負けなのか。人類の負けなのか!

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