ラストワン(短編)

藻ノかたり

第1話 白い目覚め (1/4)

……ここはどこだろう。


ボクは混濁した意識の中で考える。


起きているような眠っているような、そんな判然としない虚ろな気分。


真っ白な空間に朧げなシルエットが見える。体の感覚をまるで感じない。聞こえるのはボクが心で呟いている声だけだ。


やがて灰色の輪郭が、はっきりと見えて来る。ビルだ。高層ビル。だがそれは上ではなく正面に伸びている。やはりこれは夢なのか……。


目の前に白くフワフワとしたものが迫って来る。ボクは反射的にそれを避けようと首を振る。そこで気がついた。ボクは仰向けに倒れているのだ。


体を横に曲げ、上半身を起こす。頭がクラクラする。いったい何でボクはこんな所で横になっていたんだろうか……。


辺りを見回すと、そこは廃墟と化した街中であった。破壊されたビル、潰れた戦闘車両……。


一面の銀世界。わずかに雪が降っている。白い世界と感じたのはこの為か……。


「あっ!」


ゆっくりと立ち上がったボクの眼前に、目を覆うばかりの風景が横たわっていた。瓦礫のあちらこちらには、倒れている大勢の人達。一目でそれが骸であると分かる。


ここで何か”大きな戦い”があった事は間違いない。


でも、何の?


ボクの中で少しずつ記憶が甦って来る。そうだ、戦い、何かと何かが戦っていたのだ。ボクは横たわる死骸の方へフラフラと歩いて行った。彼らはみな武装しており、銃と思しきものを握りしめて絶命している。


雪の中、更に歩みを進めるボクの前に、またもや驚くべき光景が広がる。死者の一団の向こうに銀色に輝く物体が多数あった。


近づいてみると、それは明らかに人工的な人間、すなわちロボットであるに違いなかった。その残骸を見た時、ボクのぼんやりとした頭は鳴動し、急速にこれまでの記憶が甦ってくる。


そうだ、ボクは追われていた。誰に? ロボットに……。何故、追われていた? それはロボットの反乱が起きたから……。


2020年代、急速に発展したAIによって、ロボットの制御が飛躍的な発展を遂げた。一部の人達はその事に懸念を抱き危険性を訴えたが、政府を始め殆どの人類はそれを杞憂と笑い飛ばした。


人々がロボットに頼り切り、安寧の日々を過ごしていたある日、一部のロボットが武装蜂起をし、陳腐なSF映画さながらの反乱が勃発した。そして彼らは世界中のロボットのAIに干渉し、半ば強制的にこの謀反に参加させたのだった。


だが人類も負けてはいなかった。人々の多くは惰眠を貪っていたが、この日を予見し着々と準備をしていた一部の人間を中心に、ロボット達への報復が始まる。


戦いは熾烈を極め、そして……、そしてどうなったんだ? 記憶が定かではない。ボクも、ボクも武器を取って戦わざるを得ず……。あぁ、そうだ。吹雪のせいで彷徨っていた時に、一つの戦いが終わった戦場にたどり着いたのだ。そして敵方がいた方を見ると一体のロボットが現れ、ボクめがけて襲って来たんだっけ……。


敵は明らかな戦闘用の人型兵器であり、身の丈は3メートルくらいあった。こちらは破壊ライフルを持っていたけれど、本来ならばボクの様な非戦闘員がかなうような相手ではない。でも相手は既に損傷しており、辛うじて撤退させる事に成功したんだった。


だが、こうしてはいられない。奴がいつまた襲ってくるかわからない。破壊ライフルのエネルギーはもうないし、今度襲われたら確実に殺される!


ボクは周りを見渡した。


遠くの方にひときわ目立つタワーがあった。照明もまだ所々ついているように見える。取りあえずあそこへ逃げ込もう。何か情報を得られるかも知れない。


ボクは、疲労困憊した体に鞭うって歩き出す。ボクは何の気なしに毛糸の帽子に手を当てた。嫌な感触が掌を襲った。見るとベッタリと血がついている。


一瞬気が遠くなるが、何とか踏みとどまった。奴がボクを追って来る事を考えれば、ここで気を失うわけにはいかない。


一縷の望みを抱き、ボクはタワーへと急ぐ。


目指す建物までの道程には、おびただしい数の人間やロボットの死骸が散らばっていた。激しい戦闘を物語っているが、一体情勢はどうなっているのだろうか?人間有利なのか、はたまた逆なのか。先ほどの場所から既に結構歩いたが、ロボットは勿論の事、生きた人間にも出会ってはいない。


ボクは世界の中で、自分一人きりしかいないような錯覚に陥りそうになった。いや、そんなはずはない。人類が滅びるなんてありえない。とにかくタワーへ行こう。そうすれば、きっと何かわかるに違いない。


急がなくては……。奴はボクを追って来ているに相違ない。頭の傷は次第に違和感を増していったが、休んでなんていられない。歩いている内に段々と記憶が甦って来る。優しいお父さん、お母さん。幸せだった日々。だが記憶は途切れ、知らない誰か達と移動している様子や、あの忌々しいロボットとの対決が脳裏に浮かぶ。


小一時間ほど歩き、ボクはやっとの思いでタワーの入り口に辿りついた。しかし、ここまで漫然と歩いて来たわけではない。道すがら奴との再戦に向けて幾つかのアイテムを入手していた。さすがに一撃必殺の武器は手に入らなかったが、無いよりはマシである。


ボクは、今唯一の希望となった塔へと足を踏み入れた。

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