汗かきな私達

寿甘

夏のある日

 強い日差しで身体が焼かれるような感覚に襲われる。今日も最高気温は人間の標準体温を超えるようだ。


 私は汗っかきだ。いつも午前中には服がまるで水をかぶったかのようにずぶ濡れになる。そうなると、怖いのが脱水や熱中症だ。とにかく水分を取らないといけない。塩分も必須だ。


 そんな私が愛飲しているのは、ただの水かお茶だ。大量に汗をかく分大量に飲むのだから、味がついているものはきつい。特に糖分が入っているものはダメだ。


 職場の同僚はアイスコーヒーが大好きでいつも机の上に置いているが、私は味と匂いが強いコーヒーを進んで飲む気がしない。よくあんなにガブガブ飲めるものだと感心する。ブラックならまだわかるが、彼がいつも飲んでいるのはミルクと砂糖がたっぷり入った甘いカフェオレ。それを私が飲む水と同じぐらいの量飲んでいる。絶対糖尿病になるだろうなと思っているが、何十年もそれで平気だと言うのだから大丈夫な体質なのかもしれない。


「君ってこのアイスコーヒーみたいだね」


「それはどういう意味ですか?」


 突然アイスコーヒーみたいだと言われ、私はすぐには意味を理解できず意図を尋ねた。すると彼は笑顔になりアイスコーヒーのグラスを持ち上げて見せた。


「ほら、このアイスコーヒーはいっつも汗をかいてびしょ濡れだろ。君ももう汗でびしょ濡れだ。似た者同士だね」


「なるほど、じゃああなたは私のことが大好きなんですね」


 確かに大汗をかいているのは私もグラスも同じだ。恐らく汗っかきの私をからかって言ったのだろう。ならばと私もアイスコーヒーが大好きな彼をからかってみると、その笑顔が更に深くなる。


「はっはっは、違いない。君がいるおかげで仕事も楽しくできるからね、大好きだよ」


「おじさん二人でなに気持ちの悪いことを言ってるの」


 同じく同僚の女性が呆れた声を上げた。確かに気持ち悪い会話だ。もちろん恋愛的な意味で言っているのではないことはみんな分かっている。この職場は人間関係が良好で、いつも笑いが絶えないのだ。


 こんな環境で働けるのは非常に幸運なことだと、私は知っている。とても残念なことだが。


 かつて別の職場にいた頃、私はそこの先輩にいじめられていた。何かあったわけではない。単純に性格のそりが合わなかった。そしてその先輩はパワハラ気質な人間だった。


 ただ、それだけだ。


 それだけで、私は地獄のような時を過ごした。五年ぐらいだろうか? その後人事異動でお互い遠く離れた場所に移り、顔を合わせることもなくなるまで、私は常に死を考える日々を過ごしていた。


 彼もコーヒーを飲んでいた。ミルクも砂糖も入っていないブラックコーヒーだ。だが、アイスコーヒーではない。結露で机が濡れるのを嫌っていて、夏でもホットコーヒーを冷ましながら飲んでいたのを覚えている。


「私もアイスコーヒーを飲もうかな」


「おや、いつも水を飲んでいるのに珍しい。コーヒーが嫌いなのかと思ってた」


 私は微笑みながら事務室の冷蔵庫に入っているアイスコーヒーを取り出し、ミルクと砂糖を入れたアイスカフェオレを作った。氷の入ったグラスは、すぐに汗をかき始めた。


「夏はコーヒーも汗をかかないと」


 誰にともなくそう言ってカフェオレを口に含む私に、同僚達は笑顔を向けている。口の中に甘さが広がり、後味にほんのり苦味が残る。


 私が心から満足した笑みを浮かべると、アイスコーヒー好きの彼も嬉しそうに自分のグラスを傾けるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

汗かきな私達 寿甘 @aderans

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ