霊感

みにぱぷる

霊感

 私はとても霊感強い人間なのだろう。ここ数年でどれだけの数の怪異に巻き込まれたか。しかし、どの怪異もまるで無かったことのように私の記憶から、そして、体から削除されている、のだと思う。怪異があったというぼんやりした印象だけがどこかの神経に残っていて、何かしらの奇怪な出来事を体験したのだということは感覚でわかる。夢などではなく現実に体験した、と感覚的に確かに認知はしているのだ。

 

 今朝も私はその怪奇現象の一つに巻き込まれた。一人でに私の家のカーペットの色が黄色からオレンジ色に変わっていたのだ。

 怪奇現象に(多分、またもや)直面して、自分の精神状態を知りたかった私は、懇意にしている病院を訪れた。村上医院というその病院の院長は私の旧友、村上孝俊で、丁寧に話を聞いてくれる。また、診察、処置も適切で、体のあちこちに不安のある私にとっては、とても重要な病院なのだ。

「自分の精神状態が心配? なんじゃそりゃ」

 流石の村上も鼻で笑った。メタボ気味の腹は以前にも増して肥えたように見える。また、やつれてきた私とは対照的にまだ若々しさのある彼の様子からも、村上医院の繁盛が伺える。

「いや、なんていうか、ここ数年、常識的に考えれば納得できないような出来事が続いて。それで、不安で」

 私は至って真剣な表情で相談する。

「怪奇現象みたいなことが、お前の周りで起こっていると」

「まあそういうことで」

「ふーん。ま、実はどうにかすることはできる」

 村上は頭を掻きながら言った。

「お前は所謂、霊感の強いやつだ」

 やはり、彼もこの怪奇現象の類のものを引き起こしているのは私の霊感だと思っているようだ。

「実は、最近の脳医学ではね、霊感を取り払う方法も研究済みなんだ。霊感というのは、脳のちょっとした異常が、本来見えないはずのものへの感覚器官を強くして、発生する感覚だ。異常に記憶力が良い、とか、異常に頭が冴える、とか、それらと同じ括りにできるだろうね。だから、そのちょっとした異常を、元の状態に戻してあげれば、自然と霊感は消えてなくなるんだ。気持ち良いほどさっぱりと」

 彼は両手サイズの脳の模型を見せて説明してくれたが、私にはどうにもよくわからなかった。だが、この霊感を取り払ってくれるなら是非取り払ってほしい。

「手術を行うのか?」

「まあ、脳の手術を行うことにはなるな」

 私は脳の手術というものに良いイメージを持っていなかったので、やや表情を強張らせた。

「大丈夫、成功率は百パーだ。うちでも、その霊感手術を行ったことがあるのだが、失敗はしていない。痛くもない。全身麻酔を打つからな。何の心配もない.眠っていたらあっという間に終わっているさ。あと、金も対してかからない。とても簡単な手術だから、せいぜい三万ぐらいだ」

「そうは言うがね」

 私はまだ乗り気にはなれなかった。

「実は、俺も受けたんだよ、霊感手術を。実は俺もお前と同じ筋の人間でね。霊感の強さに困っていたんだよ。全く手術は痛くなかったし、問題もなかった。ほら、この太った腹を見ろ」

 彼はそう言って、自分の腹を叩く。そこまで言うなら、と私は彼を信用してその手術を受けることにした。

 

 どれぐらい経ったのかわからない。私が目を覚ますと、私は真っ暗な部屋で眠っていた。意識がぼんやりとする。とりあえず、自分の現状を把握しようと私は体を起こした。

 ここは病院の一室、のようだ。しかし、なぜこんなに暗いのだろう。私は電気をつけるために立ち上がった。その時、足元で水が跳ねた。

 足元には水たまりがあった。一瞬、私はその出来事を何気なく受け流したが、よくよく考えればおかしい。病院に水たまりがあるとは、不衛生にも程がある。いや、それだけではない。私が寝かされていたベッドの毛布はたくさん穴が開き、部屋の隅には蜘蛛の巣が張り巡らされており、天井からは水が滴って、床にはところどころ泥や土が見られる。ここは廃病院のようだ。

 ああ、そういえば、私が村上の誘いで、手術を受けたのだ。霊感を除去する手術を。しかし、なぜこんな場所で眠っていたのだろう。こんな廃病院で私は何をしているのだ。いや、考えられる答えは一つしかない。結局、私の霊感は残ったままだということだ。それで、その霊感が、今度は廃病院にいる、という怪奇現象を引き起こしているのだ。

 兎に角、私は廃病院の出口を探して、廃病院から出た。こんな不気味なところさっさと立ち去って、村上に手術失敗を伝えに行こう。

「あんな、何をしているんだ」

 声をかけられ、振り返ると、私の半分ぐらいの背丈の老女が立っていた。

「何をって。私にもわからないですよ」

 私は自暴自棄に答える。

「肝試しというやつかい?」

「しりませんよ、気がついたらここにいたんです」

 こんなこと言っても信じてはもらえまい。

「まあ、廃病院では不思議なことが起こりかねないからなぁ」

 老女はそう言って、感慨深く病院を見つめる。

「いつ、この病院は潰れたんですか」

 何となく私はそう尋ねてみた。

「十年ぐらい前だったかなぁ。院長の先生が突然気が狂ってしまって亡くなってな、ビルから飛び降りたとか何とかで。で、結局、潰れちまったんだ。私もお世話になってたんだがね、村上先生っつう、若くていい先生がおってな」

「え?」

 聞き間違えかと思って私は聞き直した。だが、その時点で何だか嫌な予感を感じ取っていたのかもしれない。

「村上孝俊先生よ。とても親切な先生で、手術のミスは一回もなかったんじゃないかなぁ。村上医院っつうて、とても評判が良かったのよ」

 彼女のその説明を聞いて私はやっと全てを理解した。

 私が懇意にしていた村上医院、そして旧友、村上孝俊自体が、私の霊感が引き起こしていた怪奇現象、怪異だったということなのだ。村上は十年前に死んでいて、村上医院はそのまま廃業になっているのだ。凄腕の村上は確かに手術を成功させた。その結果、私の目にやっと正しい景色が広がったのだ。何か全てがスッキリしたような気がする。

「あの先生は、お話も面白くてな。お医者さんなのに、霊のお話をよくしてはったな」

 突然、私の心の内で変化が起こった、まるでその老女の言葉を皮切りにしたように。

 これはあくまで私の妄想に過ぎない。村上は、霊感が強く、苦しんだ。そのため、霊感手術を受けたのだ。霊感手術は成功した。だが、脳の構造に手を加えたことによって彼は、精神の均衡を取れなくなり、おかしくなったのではないか。それで、ビルから飛び降りた。

 もし、この憶測が事実なら、私にも同じことが起きるはずだ。いや、この憶測は多分正しい。今、私の体内では理性と、何かが対決をしているように思えた。

 しかしなぜ、村上は、このような副作用があることを、自分を以て理解していたはずなのに私にこんな診療を施したのだろうか。

 死後の世界から彼が手招きしているような心地がする。私は突如大声で喚き、困惑する老女を置いて、駆け出した。手頃で高い、ビルの頂上に向かって。

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霊感 みにぱぷる @mistery-ramune

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