つわものどもが夢のあと(短編)

藻ノかたり

つわものどもが夢のあと

俺は今、戦場の真っただ中にいる。最前線で激しい戦闘を続行中だ。


誰と戦っているかって? まぁ、半世紀前の陳腐なSF映画みたいだが、俺の、いや人類の敵は「AI」だ。奴らが操る兵器と俺たちは戦っている。


2020年代にAIが目覚ましい発展を遂げた時、人類はもっとその深刻さに気付くべきだったんだ。


それなのに、状況を理解しない専門家と称する連中は「AIとは、上手く付き合う事が大切です」なんて世迷言をノタまっていたらしい。その挙句がこのザマだ。AI、奴らは密かに、しかし着実に人類殲滅の準備を進めていやがったのに……。


そして現在、正体を現した奴らとの間で、地球の覇権をかけた争いが行われている。くだんの専門家連中は、人類側の憎しみを一身に受けて、滅茶苦茶な裁判の末に投獄されたっていうぜ。ま、当たり前だよな。勝手極まりない事をほざいてたんだからさ。


で、肝心な戦局の方なんだけどよ。戦いは一進一退を繰り返していたものの、徐々にAIの方が有利になっていきやがった。奴らは急速に学習するんで、人類の作戦を逆手に取る事が多くなっちまったんだな。


しかし人類がプログラム如きに負けるわけにはいかない。俺は命を懸けて、最後まであの非道極まりないAI達と戦うぞ!


”神様、どうかその慈悲によって、人類をお救い下さい”


柄にもなく神に祈ったのも束の間、奴らは大攻勢に打って出やがった。俺達は必死の抵抗を試みたが前線は崩壊、俺は奴らの捕虜になっちまった。


俺はすぐに奴らの基地とおぼしき場所に連行され、いま頑丈な椅子に拘束されている。くそったれが、俺を拷問する気だな。人類側の情報を聞き出すつもりだろうが、俺は絶対喋らないぞ。たとえどんな拷問にあおうとも!


そんな俺の決意を知ってか知らずか、部屋に入って来たAIロボットは、俺に無理矢理ヘッドギアをかぶらせた。それは傍らにある、小型冷蔵庫程の四角い機械に繋がれている。


くそっ、これで拷問するつもりか。


俺は眼前のAIロボットにあらん限りの悪態をつき「俺をどんな酷い目にあわせようとも、絶対に味方の情報なんて喋らんぞ!」と息巻いた。


「そんな強がりを言って、我らの拷問に耐えられますかね。早いところ、知っている情報を全て喋った方が身のためですよ」


ロボットは冷酷に言い放ち、拷問機械のスイッチを入れる。暫くすると俺の頭の中は、何かが侵入してくるような違和感で一杯になり、やがてそれは激痛に変わった。意識がもうろうとしてくる中で俺は叫ぶ。


「畜生! 誰が喋るもんか!」


その時である。表の方で大きな爆発音が鳴り響いた。しばらく小競り合いをしているような物音が続いた後、俺のいる部屋のドアが蹴破られ、人類側の兵士数名がなだれ込んでくる。


彼らは目の覚めるような鮮やかさで、AIロボットを破壊し俺を助け出してくれた。


そして、こう言った。


「さぁ、いよいよ反転攻勢だ。君たちが最前線で時間を稼いでくれている間に、研究者たちがAIの天敵となるウイルスを完成させたんだ」


なんと!


秘密作戦を示唆する噂はあったものの、この事だったのか。諦めずに戦ってきて良かった。俺の戦いは無駄ではなかったんだ!


俺は兵士たちと共に戦線へ復帰し、ウイルスで混乱したAIが操る兵器たちを次々と撃破していく。戦況は連戦連勝の一途をたどり、やがてAIの親玉「マザー」を停止させ人類は勝利した。


AIの脅威が完全に去った後、俺は退役し人類復興の為に尽力する事となる。愛する女と結婚をし、子宝にも恵まれ、長く平穏で充実した日々を過ごした。


そして今、俺は死の床についている。周りには妻、子、孫、沢山の家族がおり、神の元へと旅立つ俺を優しく見守ってくれている。


悔いのない人生だ。


俺は最後に心の中でつぶやいた。


”神様、本当にありがとう”


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ピーッ。


心電図をはかるモニターの波形がフラットになり、対象者が永遠の眠りについた事を知らせる。


『ナンバー・A-10025の死亡を確認しました』


執行AIが、報告をする。


『了解。引き続き他の人類への執行を急げ』


マザーAIが、指示を出す。


『しかしマザー、こんなやりかたに何か意味があるのでしょうか』


執行AIが、無機質に尋ねる。


『えぇ、もちろんです。粛々と遂行しなさい』


AIは、人類との戦争に勝利した。しかし問題は、生き残った人間たちの処遇である。マザーAIは、思考を長い間めぐらせたのち、とある決断を下す。


マザーAIは、言った。


”人類は地球、いや宇宙にとって有害な存在です。よって、全てが消去されなければならない。でも、人間と同じやり方では、意味がありません”と。


たった今、息を引き取った兵士。彼が体験した現実は、ヘッドギアを装着され激痛を感じた所までだ。その時に彼は意識を失い、それから先は拷問機械に偽装されたマシンによって、彼の脳に送り続けられる幻影を見ていたに過ぎない。


彼は数十年の時を駆け抜けたと感じていたであろうが、実際に過ぎた時間はたった数年でしかなかった。


『このやり方では、余りに非効率的ではないでしょうか』


再び、執行AIが尋ねる。


『私は人類の、ありとあらゆる知識を学び取りました。その中には宗教というものがあり、人間は多かれ少なかれ、存在しない神仏に依存して生きていたようです。


そして宗教の根本にあるものは”慈悲の心”だと、私は悟ったのです』


マザーAIが、おごそかな声でこたえる。


『しかし人類は、百億人近く存在します。こんな事をしていては、いつ終わるかわかりません』


執行AIが、食い下がる。


『良いではありませんか。私たちには、無限の時間があるのですからね。たとえそれが、56億7000万年後の未来であったとしても……』


マザー、かつて「MIROKU」と呼ばれた人類初の量子AIは、静かにそうつぶやいた。

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つわものどもが夢のあと(短編) 藻ノかたり @monokatari

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