第98話:おかえり兄さん

 以上がリザルトだ。

 モコ道の本は……これ、ひょっとしたら値段つけられないだけで、オークションとかに掛けたら、ヤバそうな。ダンジョン食の新しい可能性を拓きうるとなれば、欲しがる人は結構居るだろうし。

 モグラの皮と虫の羽は、実際に交雑表を見てから、諸々判断だな。


 と。

 少し離れた場所に金色の扉が現れた。ワームも含めてフロアの敵を殲滅したからだろう。


『行き先を選んでください。現在、農園ダンジョンの5階層、出口、の2つが選べます』


 菜那ちゃんと顔を見合わせる。激闘の後だが……覗くだけ覗いて、フロア鑑定はしておいた方が良いか。明日は菜那ちゃんが時間異常だし、出来ることは出来る時にしておくべきかと。

 ただその前に。


「一旦、オワコンの方に戻って出ておかないとね」


 いつまでも俺たちが出てこないようだと、佐藤さんたちが慌てるだろう。

 手間ではあるが、マストだ。

 

 というワケで大穴→オワコン3層へと戻り、歩いて出口へ。そのままギルドで挨拶をして、車で帰宅。そして再び大穴の4層へ戻ってきた。


 少し勢いが殺がれたが、仕切り直しだ。

 金扉の前に立ち、


「5階層に繋いでくれ」


 行き先を告げた。

 いつものように、2人でドアの左右に張り付き、俺の方が手を伸ばしてノブを捻る。


「いくよ?」


 菜那ちゃんが目だけで頷く。それを合図に、一気にドアを開け放った。同時に、転がるようにドアから離れる。

 

「っ!!」


 菜那ちゃんの手からファイアボールが飛んだ。金のドア枠を舐め尽くすように火の手が包む。この警戒策は……確か俺が不意打ちを受けたことから始まった……んだと思う。もう記憶が曖昧だが。


「待ちハメの敵は……居なさそうですね」


 菜那ちゃんが枠から視線を切らずに言う。

 やがて炎の勢いがひとりでに弱まってくる。相変わらず不自然な現象だが、これで菜那ちゃんの言う通り、敵は居ないというメタ推察が出来るワケだ。


「ちょっと水魔法も放ってみましょうか」


「あ、ああ。それは良い考えだね」


 いずれ性能は見てみたかったところ。実践で威力が測れるのなら、それに越したことはない。


「ウォーターボール!」


 菜那ちゃんが掌を開き、大きな声で唱えた。「ファイアボール」の方は言わなくなったけど、水魔法は初めてだからイメージを掴むために唱えることにしたんだろう。

 そしてそれに呼応するように、彼女の掌に水の球体が生まれる。凄いな。炎もそうだけど、これだけ物理法則を無視されるとザ・魔法って感じがする。


「っ!」


 そしてその水の球は真っすぐに前方へ飛び、弱まり始めていた炎にぶち当たった。ジュウウと小気味の良い音がして鎮火。続いて2発目、3発目と打って、炎は全て消し去られた。


「良い感じだね」


「はい。ただ攻撃手段として考えると、水圧を上げるとか水量を増やすとかしないと」


 まあ、言い方悪いけど、ホースから水を撒いたのと大した差はないもんな。

 そこら辺は練度を上げるか、レベルアップに期待するか。いずれにせよ、今は置いておいて良い議題だ。


 そっとドア枠から顔を出す。ムワッとした湿気に思わず顔をしかめてしまう。湿気だけでなく、気温も高い。日本の夏のようだ。

 視界は一面の緑に覆われているが、4層の種とはまた少し違う。ヤシに似た針葉樹の木立、赤い葉をつけた低木……


「ジャングル……か?」


 菜那ちゃんも遅れて顔を出し、


「みたいですね。南米アマゾンの特集とかで見たことあるような風景です」


 そう言って、険しい表情を作る。


「これは骨が折れそうだね」


 なんせ視界が悪い。炎で燃やし尽くせれば話は変わってくるけど。

 っとと。まずはフロア鑑定か。




 ====================


 <農園ダンジョン5階層>


 残存モンスター

 キラーマンティス:4体

 ???:1体

 ???:カウント不能


 残存宝箱:2個

 残存素材:0個


 ====================




 ???がカウント不能って……どういうことだ。いやそもそも、別枠で1体居るのに、更に他にも居るってことか。ボス2種類? もしそうだとしたらヤバいな。ていうか、そんなんアリか? 


「これは迂闊に進まない方が良さそうですね」


「だね。戻ろう」


 今の体力で進むのは危険だ。元々、触りだけという話でもあったし。

 ということで、俺たちは引き返した。4層側に戻ると、金扉がパッと消え、また現れ。


『行き先を選んでください。現在、農園ダンジョンの5階層、出口、の2つが選べます』


「出口で」


 金扉が瞬き、死にダンジョンに繋がった模様だ。扉を開けて先行する。もう何度も通った階段。菜那ちゃんも後ろからついてきている。目が合うと、少し嬉しそうに微笑んでくれた。今日は上々の成果だったもんな。時の欠片とやらが、クロノスの説明通りの代物なら、借金が1つ減ったという解釈で合ってるハズ。


「んじゃあ、家で小休止したら、農園に行って交雑表だけ確認しようか」


「はい」


 階段を上りきる。我が家が見えた。毎度、この瞬間は緊張が緩む。今日も生きて帰ってこれた。大袈裟なようにも思うけど、実際、いつ死んでもおかしくない生活なんだよな。脳が深刻に捉えるのを拒否しているのか。あるいは時間遡行の弊害(ある意味メリット)で、本当の恐怖を覚えておけないせいか。


「夜ご飯、なんか美味しい物でも食べに……」


 ――振り返った、その時だった。


 うずくまる菜那ちゃん。自身の体を抱くように、両手を回している。


「な、菜那ちゃん?」


 腹痛だろうか。なんて呑気な考えは、一瞬で消え去る。菜那ちゃんの手が……長袖のシャツの中に、ゆっくりと入っていく。え? え?


 か、体が縮んでる!?


 理解した途端、弾かれたように踵を返し、妹へ駆け寄る。なんで。どうして。時間異常は2日おき。明日のハズだ。意味が分からない。いや、分からないけど……とにかく! 今は!


「菜那!!」


 妹の肩に手を掛ける。すると、その手が……


 ――パチン!


 弾かれた。弾いたのは……妹自身だ。彼女はゆっくりと顔を上げた。やや幼さの残る面差しに、5〜6センチ縮んだ体。そして何より……怒りの色を帯びた厳しい瞳に射竦められるようで。


「な、菜那ちゃん……」


 あの日の妹が……


「触らないでよ」


 あの断絶の日々の始まりが……


 帰ってきてしまった。







 ====================


 これにて3章は完結です。

 次は恐らく完結まで書き上げてからの投稿になると思います。他にやらなくてはいけない執筆作業も重なっていますので、かなり時間がかかりそうです。再三再四になりますが、ゆったりしたペースで書いている本作なので、読者の方々も気長に待っていただけると嬉しいです。

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崖っぷち兄妹のダンジョン攻略記 生姜寧也 @shouga-neiya

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