第41話:待機児童にいに
昼飯は冷凍のうどんで済ませた。4歳児は大人と同じものを食べられるということだけど、やはり何となく消化の良い物をチョイスしてしまった。魚のつみれと、ワカメ、温玉をトッピングして出してやると、すこぶる喜んだ。彼女が半玉、俺が1玉半。平らげて大の字になり、腹をさする。菜那ちゃんも真似っこで隣に転がって、同じようにお腹をさすっている。
「おとーさんみたい」
そう言えば、生前の父さんがよくやる仕草だった。まあ実際は呑み過ぎた時が多かったけど。というか、菜那ちゃん(4歳)の中では両親の死はどう処理されてるんだろう。
聞こうか迷ったが……結局やめておいた。下手につついて、4歳と17歳の記憶・自意識の混濁だなんて事態を引き起こして、精神まで不安定になられたら、とてもじゃないが俺の手に余る。むしろ話題を変えるべきだろう。
「菜那ちゃん、お昼からまたジャスポに行こうか?」
ジャスポ。午前中も行ったスーパーマーケット以上、百貨店未満の店だ。店名の由来は、ジャストスポットの略らしい。『アナタの暮らしのジャストスポット』というのがキャッチコピーだ。
「ジャスポ!? またいくの!?」
「うん。欲しい物が出来たから」
幼児に必要な物とか、4歳児の出来ること出来ないこと、辺りでスマホで検索かけまくったところ、幾つか欲しい物が出てきたのだ。シャンプーハットなんかは今晩にも要るのでネット注文では間に合わない。落としても割れないプラスチックプレートや幼児用スプーン・フォークなんかも欲しい。子供用ハブラシも要るな。
「ジャスポ! ジャスポ!」
テーブルの上に両手をついて、そこを支点にその場でピョンピョン飛び跳ねる菜那ちゃん。俺も慌てて身を起こして、置きっぱなしだった麺鉢を片付ける。汁が残ってるからな。倒されたらかなわん。
「ったく。ふふ」
本当に世話が焼ける。
諸々の買い物を終えて家に帰りつくと、午後5時を回っていた。夕食はレトルトカレーあたりで勘弁してもらおう。後部座席で眠ってしまった天使を背負って、もう片方の手で荷物を持ち、膝蹴りで車のドアを閉める。本当に、世の親御さんたちの苦労が偲ばれるな。
「ふいー」
座布団を繋げた簡易布団の上に菜那ちゃんを寝かせて毛布を掛ける。ようやく人心地ついた。
「あー」
本当はこの後、すぐにでも大穴ダンジョンに潜って4階層を目指さなきゃいけないんだが。気力体力ともにエンプティ―ランプ。それに菜那ちゃんがまたいつ起き出すか分かったものではないしな。起きて俺が居ないと泣き叫んで探し回るだろう。
「やっぱどっかに預けておいて、俺だけ潜るってのがベストだよな」
幼稚園は……ダメだ。戸籍謄本くらいは要求されるだろう。したら17歳の4歳児という不思議事態の説明を求められる。というか(詳しくないけど)ああいうのは審査があるんだよな。そんなん待ってられないし。2日おきに時間異常が起こると予言されていた。アレが本当だとすると、明日明後日が中日で、3日後にまた異常が起こるということだろうから。
「今日の明日で預かってくれる所なんて……」
そこまで言語化して。ピンと閃くものがあった。
「オワコンダンジョン」
佐藤さんも堀川さんも、暇を持て余してる。あの人たちに、俺が潜っている間、菜那ちゃんをお願いできないだろうか。幸い、あのダンジョンからでも農園に繋がることは実証済み。入った後、オワコンダンジョンを攻略してるのか、大穴ダンジョンを攻略してるのかなんて分かりゃしないんだから。
親戚の子をしばらく預かることになったと嘘ついて。ああ、けど名前はどうしよう。菜那ちゃんは自分の事を菜那ちゃんと呼ぶからな。本名はナナミとかナナカとかナナコとか、そういう設定で伝えておくか。
「苦しい」
それは百も承知なんだけどさ。時間がねえんだわ。それに、そこはかとなく怪しくても、流石にあの子を菜那ちゃん(17歳)が縮んだ姿だとは思わないだろう。
迷惑かける前提なのは心苦しいけど、四の五の言ってられないしな。なんだったら幾らか包んでもいい。
とにかく、明日の方針が決まった。本当は今からでもオワコンに行って事情を話して、潜るのが良いのかも知れないけど。ギルドの人員も夜勤に交代するだろうし、知らない人には流石に大切な妹を預けられない。
逸る気持ちはある。当然ある。けど急いては事を仕損じるとも言うし、今日は不測の事態に対応して態勢を整えられただけヨシとすべきだ。
それに。クロノス本体を倒すしかないと思われた絶望的状況から比べれば、かなり条件は緩和されたんだ。4層まで攻略すれば、取り敢えず菜那ちゃんの反作用は収まる。そこから時間遡行を使わせなければ……
「というか、そもそもいつだ?」
時間遡行。使ったから反作用が起こっている。それが道理だ。記憶を注意深く漁る。かすかに引っかかるものがあった。
……おじキャタ戦の最中、不思議な感覚に襲われた記憶。時間が経つごとに朧気になってる(まるで覚醒する前に見ていた夢のよう)ので、自信はないけど、アレかも知れない。一度、おじキャタの痰を避けきれないと覚悟した、ような気がする。だけど次の瞬間には菜那ちゃんの声に従って跳んでいた。
今こうして意識してないと、またすぐに認識の外へ弾き出されてしまいそうな感覚がある。書き換え前の記憶は曖昧になる、とか? 菜那ちゃんもこの件について何も言ってなかったから、行使した彼女ですら、そうなのかも知れないな。
俺はスマホのメモ帳を取り出し、今の仮説を書き記した。
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