第30話:プー太郎兄さん
それじゃあ、また15時に伺いますとだけ残して、ギルドを後にした。ちょうど昼前くらいだし、街に下りたら良い時間だろう。車に乗り込むと、菜那ちゃんが口を開く。
「色んなもの売ってましたね」
「うん。魔石類に、ダンジョン内対応の煙幕玉まであったね」
「炎の魔石、思わず買うべきかと迷ってしまいました」
「うん。あれが昨夜の生死を分けたと言っても過言じゃないからね」
備えとしては、2~3個買っておきたいレベルだ。ただそれは……
「今後もダンジョンに潜るなら、必須でしょうね」
その前提になる。
「やっぱ菜那ちゃんも同じこと考えてたか」
「はい。それはまあ」
「本当の意味で、ダンジョンの危険さを知ったのは昨日だもんな、俺たち」
進化スライムをローリスクで倒して、ハイリターンを狙う。そんなミルクセーキのように甘い目論見で動いていたから。
「進化スライムが罠でしたね。初めてギャンブルで大勝した人がのめり込んでしまうのと似てるかも知れません」
俺は思わず吹き出してしまう。思い浮かべた比喩が兄妹で同じだった。
「……1400万円は、ウチの庭から俺たちへのギフトと割り切って、深追いはしない。これが賢い選択なのかな」
「かも知れませんね。けど」
「けど?」
「もしかすると3層は進化スライムが沢山いるっていう可能性もあるんですよね」
「ははは」
「ど、どうして笑うんですか?」
「いやね、会社の先輩の安諸さんと1度パチンコに行ったことがあるんだけど、思考回路が今の菜那ちゃんみたいだったんだよ」
「ええ……」
「あと100回転くらい回したら確変大当たりがきて、それが大連荘して、使った分より出るかもって」
「むう」
膨れてしまった。妙に子供っぽい仕草。珍しいな。
「ごめんごめん、でもハマってしまうよね。実際、俺もそんな不確かで、薄いのか濃いのかも分からない可能性に身を委ねたくなるからね」
人間の悲しきサガってヤツだろう。
「……兄さん的には、ここらで店じまいと考えてるんですか?」
「うーん。とりま正式にウチの会社が潰れて失職となったら、波浪ワークに行って失業保険をもらって……」
保険のある間に、どこか食いつなげそうな職を斡旋してもらって、面接に合格して、あくせく働いて、またダンジョンから出てくる新発見や新素材に怯えながら暮らして、それでようやく年収400万円もいかないワケで……
クソッ。まさに中毒、麻薬の類だな、これは。極上の蜜の味を教えられた後、働きアリになって、小さな砂糖粒を運べというのは何と残酷なことだろう。
「最終決定は保留、かな。色んな可能性を残しておきたい」
人、これを優柔不断と呼ぶ。菜那ちゃんも俺の性格を熟知してる分、小さく息を吐いて、「仕方ない兄だ」とでも言いたげな顔で横目に見てくる。
「まあ何にせよ、今日は私の資格取得と、農園での交雑ですね。それが終わってから改めて身の振り方を考えましょう」
菜那ちゃんが、そう締めくくる。俺は曖昧に頷いて、車を発進させた。
「菜那ちゃん、なに食べたい?」
「そうですね……」
助手席からチラチラと市街の方を見ている彼女は、
「あ、牛タンが美味しそうですね」
と言った。が、すぐに微妙な面持ちに変わる。
「すいません。おじたんを思い出してしまいました。違うのにしましょう」
ああ、嫌な事件だったね。結局あれ、変な匂いがするし、死にダンジョンの広間に置いてきたんだよね。この気温なら腐らないだろうし。ていうか、もはや元々腐ってるんじゃないか説まであるし。
「お寿司はどうだろう?」
「え、そんな」
「いや、回るヤツだよ?」
「それでも」
菜那ちゃんは遠慮するけど、実際のところ回転寿司なら他の外食と比べてべらぼうに高いとかはないんだけどな。まあそこら辺の事情に詳しくないのは仕方ないか。
彼女は1人では絶対、外食しないし。スーパーに寄る時も、太田からウチの山奥までの間にある店を利用してる。太田の市街地自体、ほとんど来たことがないんじゃないかと。俺も連れ回せるほどの仲じゃないしな。いや、この数日でまた昔のように……
「あ! ハンバーグ!」
菜那ちゃんが反射的に嬉しそうな声を上げて、しかし俺と目が合うと恥ずかしげに頬を染めた。
「相変わらず好きなんだね」
子供の頃と嗜好が変わってない。微笑ましい。
「どうせならチェーンより、もっと美味い店があるから、そっち行こうか」
「そ、そうなんですか?」
「うん。ここらで働いてる人の間では評判の良い店だね。今日は土曜日だし、空いてると思う」
太田は自動車産業で栄えてて、その関連の労働者が多い。けどあの業界は土日休みが多いから、土曜日はこの周辺の店は全体的に空いてる。日曜は合わせて定休にしてる店も少なくない。
「そこで良い?」
「はい、兄さんが良いなら」
ということで決まり。一路、行きつけの洋食屋へ。傍のコインパーキングに車を止めて、外に出る。店先を見ると、誰も並んでない。13時前だし、土曜出勤の労働者たちも昼休みの時間を計算して、もう食い終わって職場に戻ってるんだろう。
「……」
なんとも複雑な感情が胸に去来した。濡れ手に粟の金で、時間も気にせず好きな物が食える優越感。定職も見つかってない人間が、こんなことしてる場合か、という焦りと劣等感。
相反する感情を胸の奥に押し込めて、店の暖簾をくぐった。
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