お雪

@gotojun

第1話

 昔、ある森の近くに七人の小さい男と娘が住んでいました。

 七人の男は背丈が子供くらいしかありませんでした。それを口実にいじめられるので、人里離れた森の近くに住むようになりました。小さな畑を耕し、森に入って木を切って生活の糧にしていました。娘は赤ん坊の時、森の中に捨てられていたのを拾って育てたのです。その時、初雪が降ったので娘の名前を「雪」と名づけました。七人の男は、それぞれ一平、二平、三平、四平、五平、六平、七平とよばれていました。

 七人と雪は、貧しくとも幸せに暮らしていました。そして雪には、とても仲のいい、なまえを「熊」いう男がいました。熊は雪の家から少し離れた、同じ様に森の近くに住んでいました。二人は年も近かったので、幼い時から仲良く遊んでいました。熊は年を重ねるに従い、人よりも、とても大きく強くなってゆきました。


ある時、三平と熊が森で木を切っているとクマがあらわれました。

「クマがおらに向かってきただよ。おらは、怖くて、足がすくんで動けなかっただよ。おらはもうだめだと思った。と、熊がクマの前に立ちはだかっただよ。クマは二本脚でたち上がって熊に襲い掛かっただよ。すると、熊がクマの前足をとってクマをぶん回して木に叩きつけただよ。クマは、ひっくり返って、一瞬そのままになっていただよ。そして、起き上がると、きょとんとしたみたいだったが、熊をちらと見ると一目散に、後ろ脚を引きずるようにして、逃げって言っただよ。

 くまは、くまの大きさと、くまの見た目のままの強さに本当に驚いただろうな。くまはくまをしのいだ強さだ」

「三平、くま、くまって言って、どちらが人の熊で、どちらが獣のクマかわからないぞ!」

「あは、あははは」


大人になった雪と熊は、今でも二人は仲が良く、熊の両親がすでになくなっていたので、一人で寂しい熊は、よく雪の家に遊びにきていました。みんなは近い将来二人が結婚するだろうと思っていました。


 ある時、国の殿様から、お触れが出されました。「若様のお姫さまを探している。きれいな娘がいるものは、もれなく申し出るように」というものだったのです。若い娘を持つ親はもちろん、当の娘たちも浮足立ちました。「お姫様になれるかも!」

 そんな中に、とても娘とは言い難い女がいました。しかし、自分は国で一番美しいと思っていました。年ならいくらでもごまかせる。なぜなら、女は呪術を使うことができたからです。いろいろな薬草などを使って、いつまでも若く美しく見せる事ができました。女はお姫様になる絶好の機会だと考え、より若く美しく見える、とっておきの薬を調合し、のんだのです。銅鏡をとりだし、「この国で一番美しいのは、わたしだね」と、鏡に聞きました。

「この国で、一番美しいのは雪」

「雪? おまえは、いつも一番美しいのは、わたしだと言っていたではないか!」

「いままでは、雪は子供だったから、美人には入れなかったけど、雪は、もう立派な大人だから、一番美しい人は雪」

「なに!」

 女は銅鏡を床に思いっきり叩きつけて割ってしまいました。


 とんとんと、雪の家をたたく者がいました。

「はーい、どなた?」

 雪は玄関の扉を開けました。七人の男は、それぞれ仕事に出ていました。そこには見慣れぬ老婆が立っていました。

「わたしは、この近くに住むものだが、キノコを買ってもらえないかね」

「キノコ?」

「とても、おいしいキノコだよ。ほれ見てごらん!」

 それは、いかにも毒毒しいキノコでした。

「それは毒キノコじゃないの?」

「いやいや、毒なものか! とても、おいしくて、生のままでもたべられるのじゃ。ほら、このとおり」

 老婆は、キノコをむしゃむしゃ食べ始めました。

「あなたも、試しに食べてみなされ。とても、おいしいよ!」

 それを見て安心した雪は手渡されたキノコを食べてみました。本当に、それはとてもおいしかったのです。

「本当! おいしい! 買うわ! おいくら」

「ひと籠、5モンで、どうだろう?」

「え、安すぎるわ!」

「初めてだから、特に安く分けますわ」

「本当! ありがとう。いま、お金を持ってくるわ」

 雪はお金を取に部屋に戻り、お金を持って戻ろうとしたとき、めまいがして雪は倒れてしまいました。老婆は雪の倒れるのを確認すると、そそくさといなくなりました。老婆は事前に解毒剤を飲んでいたのです。


 三平が家に帰ると、雪が倒れているのを発見し、すぐに声を掛け、体をゆすったが反応がありません。

「大変だ! 雪が死んじゃった!」と、大声で叫びました。

 近くに戻ってきていた一平と、たまたま一緒だった熊が、その声を聞きつけて家に飛び込んできました。一平は胸に耳を当てから、鼻の近くに耳を持って行きました。

「大丈夫だ。心臓も、呼吸もしている。ただ、すごく弱い。どうしたんだろう? 熊、ともかく床まで運んでくれ。」

 熊は雪を抱き上げ、床まで運び寝かしました。

「大丈夫かな?」熊は心配そうに聞きました。

「ともかく、しばらく様子を見てみよう。しかし、どうしたんだろう。」

「一平! これを見てくれ」三平が玄関の扉ところで叫びました。

 扉の外の脇に、いかにも毒々しいキノコが落ちていました。

「まさか、これを食べたわけではないだろう。これは猛毒のキノコだぞ!」

「しかし、この近くには、このキノコは生えていない。誰かが持って来たんだよ。」

「もし、食べたとしたら、うーむ。」

「おれ、毒けしを知っている。卍草だ。」熊がいいました。

「しかし、あれは崖の高いところにしか生えていなくて、手に入れのは難しい。」

「おれ、何とかしてみる。」


 夜遅くなって熊が戻って来きました。

「これ!」といって熊が草を差し出しました。

「おお! 卍草だ! おおい、これを煎じて雪に飲ましてくれ。」

 みんなは、あわただしく卍草を煎じはじめました。

「雪の具合は?」

「なかなか、むずかしい。まあ、ともかく中に。」

 明かりの下で見た熊の姿は、服が汚れ、あちこち破れ、手も傷だらけでした。

「誰か傷薬を出してくれ。傷ついたところは、洗って薬をつけな。」

「こんな傷、たいしたことない。」

 一平は、微笑んで

「傷を直しておかないと、また卍草を取ってこれないかも知れないだろ。もしかしたら、足りないかも知れないから。」

 熊は傷を洗い、薬をつけました。


 誰かが、戸を叩き

「誰か、おらぬか?」と言いました。

 毎日交代でお雪の看病をしており、今日は四平が看病をし、みんなはそれぞれの仕事に出ていました。

「誰だい?」と返事をしながら戸を開けました。そこには、とても立派な狩りの服を来た若者が立っていました。

「森の中で道に迷って、とものものとはぐれてしまった。のどが乾いたので、ともかく水をくれぬか?」

 四平は、その若者が、身なりから、かなり身分の高い者だと思ったので、お辞儀をし、

「はい、すぐおもちします」といいました。

 若者は、ずけずけと上がりこみ、囲炉裏のそばに座りました。四平が湯呑に水を持ってくると、ごくごく、うまそうにのみました。若者は一服して、狭い部屋を見回しました。隅のほうに衝立てがあり、その向こうに誰かが寝ているように思えました。

「うーん」と、寝言のような声が聞こえました。

「誰か寝ておるのか?」

「はい、娘が病で伏せております。ご無礼では、ございまさすが、ご勘弁下さい。」

 すると、若者は、やおら立ち上がり、すっと衝立までいきました。床を見ると若く美しい娘が伏せていました。若者は何を思ったのか、突然娘の横に座り、口づけをしました。

「なにをなされます! おやめください!」

 近くに立っていた四平は大声を出しました。

「いや、すまぬ。あまりに美しいので、つい。許してくれ」

「うーん」と言って、雪は目をゆっくり開きました。はじめのうち、意識がはっきりしなかったのが、だんだんはっきりしてきた雪の目の前に自分を見つめている見知らぬ男がいて驚き、目を見開きました。

「どなた?」

「たまたま、立ち寄った方だ」

「若様! 若様!」と、誰かが家の外で呼んでる声がしました。と、若者は、さっと立ち上がり、家の外に出ていきました。

「おおーい。ここだ!」

四平は、それで、あの若者が若殿であることを知りました。何か、粗相がなかったかと不安になりました。若殿はそのまま去りましたが、その家来が入って来ました。

「若殿が世話になったようだな。これは少ないが」家来は金を渡そうとしました。

「めっそうもございません。ただ、水を差し上げただけでございます」

「いや、受け取ってもらわなければ、せっ者が後で叱れる」

「ところで、お前のところには、娘がおるそうだな」

「はあ」

「もう知って居ろうが、いま若殿の姫を探して居る。それで、この度、美しいおなごを集めて踊りをさせて、その中から姫を選ぼうというのだ。その場には殿はもちろん、重役方も列席される。で、若殿は、お前の娘をとても気に入ったようで、ぜひとも、その踊りの会にださせろとのおおせだ。」

「はあ。しかし、雪は踊りはできませぬ。」

「なに、踊りなんてできなくても構わない。踊りを見るわけではないからな。あくまでも容姿を見るのだ。周りのものをみて、見よう見まねで踊ればよい。」

「はあ。見ての通り貧しいので、ぼろい服しかありません。」

「ふむ、それはこちらで考えよう。若殿のお気に入りであるので、我々もできえる限りのことはしなければならぬからな」

「しかし、いまだ病に伏っておりますので。」

「そのようには、聞いておる。若殿は、だいぶいいようだとは言っておった。しかし、すぐに医者に見せろといっておったので、これから、すぐに医者を連れてまいる。」

それから、医者が来た時には、熊をはじめ全員がそろっていました。医者は、もう治ってる、大丈夫だと、太鼓判を押しました。医者は、そそくさと帰って行きました。みんなは、涙を流さんばかりに喜びました。

「若殿が口づけしたら、雪は元気になった。若殿の力かな?」

「馬鹿なことを言うな。卍草が聞いたんだ。丁度気がつく時に、偶然、若殿が口づけしただけだ。」

「しかし、雪が元気になったとなると、踊りにいかなければならないが。」

「あたし、行きたくないわ」

「お城の医者が大丈夫だと太鼓判を押してるから、行かないとは言えないだろう。」


 踊りの会の前日、お城から豪華な服やかんざしなど届けられました。ちゃんと風呂に入り、体や髪を綺麗にしておけと言われました。明日は、朝早くから髪結いなどが着て支度をさせる。そして、かごで城へ向かう、と言われました。

 当日、髪結いが髪をゆい、服やかんざしで着飾ると、みんなは溜息をつきました。そして、雪はかごにのりお城へ向かいました。


「どうした、熊。元気がないな。雪はきれいだったろう。」二平が言いました。

「きれいだった。だから…」

「だから、なんだ?」

「だから、若殿の姫に選ばれてしまうかも。」

「うむ、確かに。若殿も気に入っていたようだしな。」

「雪は、僕の嫁さんになると約束しただ。」

「えー、いつ?」

「五つぐらいの時。指切りしただ。」

 七人の『お父さん』は笑った。

「ははは。よく覚えてたな。しかし、雪は忘れてるさ。雪が姫になれば、毎日、あんな綺麗な服きて、俺らが食べたことのない、おいしいものを食べて、みんなにかしずかれるのだぞ。雪にとって、これ以上の幸せないだろう。」

「俺達も、お城に住むのかな?」

「お城に住むかどうか、わからないけど、ここよりはもっと、いいとこで、いい暮らしができるだろう」

 お父さんたちは、にこにこし、熊だけ落ち込んでいました。


 まだ、日が高い時に、突然、雪が帰って来ました。お父さんたちと熊は、なんとなく何もする気が起きず、家にたむろしていました。みんなは、日が沈む前には雪は帰らないと、もしかしたら今日は城に泊まるのではないかと思っていたので、びっくりしました。

「やけに早かったな。もう、終わったのか?」

「まだ、やってたけど、厭になったから帰ってきちゃった。だって、若殿たら、若いおなごが踊ってるのを涎を足らんさんばかりにみてるのよ。気持ち悪いたらありゃしない。殿様や重臣もみんな同じ顔。だいたい、見た目の美しさで人を選ぶなんて。あたしは人形じゃないわ。美しいことで選ばれたことや、みんなから、ちやほやされることを喜んでいる人もいたけど。ちやほやする人や、それを喜ぶ人は、その人たちで勝手にやればいいの。でも、あたしは関係ない。あたしは泥だらけになって野菜を育てたり、それを料理したり、掃除・洗濯をするほうが好きなの。」

「そんなことをして大丈夫なのか? あの綺麗な服なんかは、どうしたんだ?」

「お城で下働きしている人がいたから、お城から支度の為に頂いたお金を全部上げて、その人の服をゆずってもらったわ。あんな、お金欲しくないから。そして、あの綺麗な服をお城の人に返すと時に『わたくしは、もうすぐ結婚するので、若様のところにはあがれませんので。申し訳ありません』って言って帰ってきたの」

「しかし、そんな嘘がばれたら、おとがめを受けるのじゃないか?」

「大丈夫よ。本当のことにしてしまえばいいのよ。すぐに結婚すればいいのよ」

「誰と?!」

「熊さんとに決まってるじゃない。」

「えー、おれと!」

「あら、5歳の時に指切りして結婚の約束をしたのを忘れたのをわけじゃないでしょうね!」

 雪は熊をキッとみつめた。熊は大きく首を横に何回も振った。

「そうか、そうなら、なるべく早く結婚式を挙げよう。和尚さんにたのんで、式を挙げてもらって、村の衆にたくさん来てもらおう」

「え? 村の衆に来てもらうのか? 内輪でやればいいのじゃないか?」

「いいや。確かに村の衆には、いやな思い出もあるけれども、それは雪の幸せのために水に流して、できるだけ多くの人に二人の結婚を広めるんだ。そうすれば、お城の人も雪に手出しは出来ないだろう。」

「そうだな。和尚さんが上げた式を踏みにじるようなことはできないだろう。」

「多くの村人が認めてることを、破るようなことをしたら、そのようなご政道に反することをしたら、まともに祭りごとはできなくなるだろうな。」

「よし、はでに、大きくやろう!」

「わしは、いやじゃ。わしが雪と結婚する」

「なにを言ってる、七平! とうさんと娘が結婚できるわけないだろう!」

「しかし、雪は、わしたちの……」

「七平!!」一平は七平を鬼のように睨みつけた。

「……」

「わいも、いやじゃ。雪が、この家からいなくなるなんて。雪は七人の中で最初にロヘトウタンと、まわらない口で呼んでくれたんだぞ。その雪がいなくなるなんて、淋しくて……」

「七平とうさんも、六平とうさんもありがとう。でも、あたし、考えたの。熊さんのおうちは、もう古くてボロボロでしょ。だから、もう建て替えたほうがいいと思うの。で、建て替えるなら、この家の隣に建てたらと、思うの」

「おお! それはいい。では、大きい家を建てよう」と五平がいいました。

「どうして、二人の家よ。小さくていいわよ」

「いや、子供ができるだろう。子供を七人作って、一平から七平までの名前を継いでもらうのだ」

「しかし、男の子が生まれるとは限らないだろう」

「あそうか。うーむ、ならば男の子が七人できるまで産んでもらおう」

「あたしは、何人産めばいいの?」

「あははは」

「家の大きさは、後で考えるとして、すぐ結婚の準備にかかろう。まず、和尚さんにのつごうを聞いて、式とそのあとの宴会をお寺でできる日を決めなければ」

「でも、大きくやるとしたら、そのお金は、どうするんだ?」

「大丈夫さ。来る人が、祝いとして金のあるやつは金を持ってくるだろうし、金のない奴は自分たちでつっくた物やどぶろくを持ってくるさ。村の衆は祭りよりも結婚式の方が無礼講だと言いて喜んでくるさ。」


 結婚式は大いに盛り上がり、その後、雪と熊、そして七人のとうさんは幸せにくらしましたとさ。めでたし、めでたし。


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