第29話 外の少女


「今、夏よね? なのにこの異常気象は何?」


 昨日までは普通の夏休みだった。

 暑さで私たちを拷問するかのような真っ赤な太陽。憎らしささえあった。

 その太陽が今は恋しい。

 

「トンネルを抜けると雪国だったって? 雪国どころの騒ぎじゃないわよ」


 吹雪が吹き荒れ、地面には雪が降り積もっている。

 一歩踏み出すのでさえ、しんどい。

 さっき亡くなった少年の防寒具を借りていなければ、凍え死んでいた。

 

「足跡が無くなってる」


 今まであった幹也の足跡が唐突に消えていた。

 これじゃあ、幹也を見つけられない。

 

「戻って誰か助けを呼ぶべきなんでしょうね……」


 でも、戻って手遅れになったら?

 9年前もそうだった。

 幹也が告白してくれた時、私は答えを後回しにした。

 その翌日幹也は村からいなくなってしまっていた。

 

「もう、あんな想いはごめんよ……!」


 そしてたどり着いた場所は地獄だった。


「え?」


 あまりにも現実感のない光景。

 広大な雪原の上に横たわっている死体。今私が来ている死んだ少年の服と同じ迷彩服だった。

 それも幾千、幾万もの膨大な数。

 足元にある死体を見た。その死体は溶けて上半身がなくなっていた。


「い、いや――」

「黙って伏せなさい」


 悲鳴を上げる直前。突然後ろから誰かに口元を抑えられて、倒された。

 何!? なんなの!?

 怖い怖い怖い!


「死にたくないなら黙ってじっとする」


 その直後、ドスンドスンと地響きがした。

 背筋が凍った。

 深い雪に包み込まれているからじゃない。

 近くにあの狼の化け物が闊歩していたからだ。

 生きた心地がしなかった。

 でもしばらくすると地震みたいな足音は遠ざかっていく。

 

「行った」


 私の命の恩人は女の子だった。

 雪のような銀髪に褐色の肌。エメラルドのような瞳にほれぼれとしてしまう。

 だが何より目を引いたのが、女の子の服装と武装だ。

 ミスティちゃんと同じくらいの女の子が、白い迷彩服を着ている。その背には姉さんが好きそうな銃が背負われており、手には美しい刀が握られていた。


「ありがとうございます。私、人を探してるんですけど」


 銀髪少女は、こちらのことなど無視して無線機で誰かと話し始めた。


「第一から第四師団全滅。敵は依然として健在。支援を――だめ。通じない」

「あの!」


 銀髪の少女の視線が私につきささる。


「あぁ、あなた雛鳥ね」

「え?」

「生きたいならついてきて。死にたいならどこにでも行って。さぁ選んで」


 わけがわからなかった。

 まるで異世界にでも来たみたいだった。

 夏が冬になり。人はたくさん死んでて。化け物が練り歩いている。

 ただ大切なことだけは見失っていなかった。


「わたし、人を探してるんです! 私と同じくらいの年の男の子で、名前は――」

「さっきの死体見なかった? どうせあなたと同じ雛鳥でしょうから死んでる。探しても無駄。答えないなら私は行く」


 あまりにもひどすぎる対応に唖然としてしまった。

 でも確実にあの銀髪少女はこの異常な状況のことを知っている。

 私は銀髪少女についていくしかない。


「この目で見るまで納得できません。お願いします。私わけがわからないんです。何がどうなってるか教えてくださいませんか?」

「今必要なのは生き残ること。生き残るためにあの高台に行く」


 銀髪少女がすぐ近くに見える高台を指さす。

 どうやら私の疑問に答えてくれる気はなさそう。

 

「でも!」

「自分が生き残らなければ、目的は達成できない。あなたの探し人が万が一生きていたとしても探し出せない」

「!」


 その通りだった。

 何も言い返せない。今は非常事態。私はかなりこの少女に迷惑をかけているのだろう。けど、私にも譲れないものがある。


「生き残れたらでいいです! 私と一緒にとある男の子を探してほしいんです!」

 

 雪の上にもかかわらず、土下座をした。

 恐る恐る見上げると、銀髪少女はため息をついていた。


「生き残れたら、ね」

「ありがとうございます!」


 この異常事態の中で、一筋の希望の光が見えた。


 ※※※※


 高台にやってきた。

 

「見てなさい。これを見てもあなたの探し人は生きていると思う?」


 あまりの光景に吹雪の中だというのに私は凍り付いた。


「世界の、終わり……?」


 さっきまで私たちがいた雪原。

 そこには万を超える死体がある。その場所に狼の化け物が戻ってきていた。

 化け物の体がぼこぼこと沸騰するかのように揺れ、ゼリーのような触手が伸びた。その場の死体に触手が絡みつく。

 触手の餌食となった死体は、狼の化け物と変貌する。


「あそこにいたのは連隊。大隊5000人。そのすべてが魔物になった」

「魔物……」


 少女は淡々と告げる。


「みんな、死んじゃう……! どうしよう、どうしよう!」


 もはや幹也だけを救い出せばいいという次元の話ではなくなってしまった。


「その前に自分たちの心配をした方がいい。気付かれた」


 雪原にいる魔物たちの視線が一斉に私と銀髪少女へと向けられた。


「逃げなきゃ! あなたも一緒に!」

「逃げたければ逃げればいい。どうせ意味がない」

「諦めないで!」


 私の必死の説得に銀髪少女は意外そうに驚いた。

 だがもうすでに高台は数千の魔物に囲まれていた。


「あ、ああ……」


 もうだめ……。

 眼前。高台まで来た道はすでに魔物で埋め尽くされていた。一体や二体どころの話じゃない。もちろん隠れる場所なんてない。

 死にたくない。久しぶりだった。お姉ちゃんとミスティとゆうき。それに幹也も加わって。まるで一番楽しかった子供のころに戻ったみたいだった。

 

「やっと、やり直せると思ったのに! あの時の告白の返事を言えると思ったのに! こんなところで死ぬなんて嫌っ! 助けてよ……。誰か。幹也……」


 銀髪少女が私の口元に人差し指を当ててきた。


「騒がないで。もう来るわ」

「何が……?」

「第三秘匿対魔王決戦兵器」


 わけがわからない。

 けど銀髪の少女には生き残る確信があるようだった。

 そして私たちの前に現れた存在に目を疑った。

 なぜなら、その兵器のことを私はよく知っていたから。

 そこに立っていたのは平凡な高2男子で、自分より他人を優先する馬鹿だった。


「幹也……?」

  

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