第42話:言い争い

2年目の春


 大宴会の次の日はゆっくりと休んだ。

 その次の日、2日後に山の盆地にある避難村に行った。


 2日前に山のような穀物酒を造ったから、もうそんなに働く気はない。

 無理をしない範囲でゆったりと酒を造る予定だ。


「大地よ、俺を助けてくれる全ての樹木が必要とする豊かな地となれ!」


 俺は人間の国から取り寄せたブドウの木の種を避難村の大地に蒔いた。


「俺を助けてくれる樹木よ、最高に美味しいブドウを実らせろ」


 エンシェントトレントは、最初から巨木と呼べるほど大きく育っていた。

 そこから更に普通では考えられないくらい巨大になり、数限りない実りがあった。


 今回は1粒の種から成長させる事になる。

 種から収穫できるくらいの木に成長させないといけない。

 それに、そもそもエンシェントトレントのような特別な木でもない。


 前世で親戚が作っていたマスカットベリーAを願った。

 普通のブドウの木に成長して実が生るように願うつもりだった。

 なのに、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、ありえない事を願ってしまった。


「やっぱりこうなっただろう」


 ヴァルタルが、そらみろという表情で話しかけてきた。

 いや、いくらなんでも、これはおかしいだろう。

 ごく普通の、人間の国の木が、とんでもない大木になっている。


 巨樹、エンシェントトレントほどではないが、もの凄く大きい。

 高さは30メートル、枝の広がりが60メートルくらいの三角形樹に成っている。

 その全ての枝に、ブドウの房が鈴生りになっている。


「あ~急がない、全然急がないからゆっくり収穫してくれ」


 集まってくれている人に声をかけた。


「「「「「はい」」」」」」


 今日も村人が総出で収穫作業をしてくれる。

 だが、俺の指示通りゆっくり収穫してくれる。

 1000年分の食糧を避難村に保管できた心の余裕が大きい。


 ただ、中には目の色を変えて収穫している者もいる。

 魔境神、あれだけたくさんの酒を手に入れたのにまだ欲しいのか?

 エンシェントドワーフ、お前らもかなりの量を手に入れただろう?


「そんな顔をしてやらないでくれ。

 儂らと違って、村長の所に住めない連中なのだ。

 もう2度と村長の酒が手に入らないかもしれないと思うと、必死にもなる」


「ヴァルタルはそう言うが、そこまでの酒か?

 酒造りに専念しているエンシェントドワーフがいるのだろう?

 彼らなら、もの凄く美味しい酒を造るのではないか?」


「これまでは、連中が造る酒が世界で1番美味いと思っていた。

 だが今では、2度と飲もうとは思わん。

 村長の造る酒を1度飲んだら、もう他の酒は飲めん」


「……エンシェントトレンドの実が手に入らないからか?」


「ああ、そうだ、絶対に手に入れられない果実が原料だからだ。

 村長以外にエンシェントトレントの果実を手に入れられる者はいない」


「エンシェントトレントの果実を渡せば、同じくらいの酒が造れるか?」


「それも無理だ、やってみたが、村長の酒の足元にも及ばん。

 以前村長も言っていただろう、村長が醸造するか儂らが醸造するか。

 少量だが試してたみた、もう2度と自分たちで醸造しようとは思わん」


「だとすると、収穫と蒸留以外は手伝ってもらえないか?」


「ああ、無理だ、あいつらにも自分たちで造りたいプライドはある。

 あるが、実際に飲む身になれば、意地を張ってはいられない。

 エンシェントドワーフは、意地を張ってまずい酒を飲めるていどの、軽い浮ついた酒好きではない、酒のためならなんだってやる酒好きだ」


「だが、酒造りの技は伝え残した方が良いぞ。

 俺は永遠に生きられるエンシェント種ではない。

 長生きの努力はするし、妖精族の秘術も信じている。

 だが、努力が必ず報われるとは限らないからな」


「村長、やっぱり格上げをやらないか?

 村長の酒の事は、全エンシェントドワーフが知った。

 村長の酒を飲み続ける為なら、全エンシェントドワーフが協力する。

 神々の試練は命懸けだが、エンシェントドワーフの戦士が協力すれば何とかなる」


「村長にそんな危険な事はさせられません!

 神々の試練にいどまなくても、妖精族の長寿薬を使えば良いだけです」


 俺とヴァルタルの話を横で聞いていた、シェイマシーナが怒った声で言う。


「だがシェイマシーナ、必要な長寿薬の原料が手に入らないのだろう?

 手に入らないなら諦めるしかないだろう?」


「原料が手に入らないのは、相手が強力なエンシェントドラゴンだからです。

 エンシェントドワーフの戦士が手を貸してくれたら狩れます」


「いや、さすがにエンシェントドラゴンが相手では厳しい。

 狩れるかもしれないが、儂らにも多くの死傷者がでる」


「エンシェントドワーフの酒好きはその程度でしたか。

 私たち妖精族は、村長に長生きしてもらうためなら何でもします。

 妖精族の半数が死ぬ事になっても、エンシェントドラゴンを狩るつもりです。

 ですが、そうなった時は、協力しなかったエンシェントドワーフには村から出て行ってもらいます、いいですね?!」


「だめ、だめ、だめ、勝手に村人の追放を決めるのダメ!

 これまで協力してくれてきた村人は誰1人追放しない。

 そんな事になるくらいなら、無理に長生きしようとは思わない。

 エンシェントドラゴンを狩りに行くのは禁止、村長の決定だぞ」


「申し訳ございません、見苦しい争いをお見せしてしまいました。

 もう2度とこのような見苦しい争いはお見せしません。

 ですから、長生きしないなんて言わないでください、お願いします」


 シェイマシーナが直ぐに謝ってくれた。


「いや、儂こそすまん、おじけづいた訳ではないのだ。

 村長に長生きしてもらいたい気持ちにウソはない」


 ヴァルタルも直ぐに謝ってくれる。


「謝らなくてもいい、俺を大切に思ってくれているのはうれしい。

 だがそのために村の者が争うのは嫌だ、村の者が死ぬのも絶対に嫌だ。

 俺に寿命を延ばすのは、村人が死傷しない方法に限定する、いいね!」

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