第39話:隠れ家
2年目の春
「ここなら地下10メートルくらいに蒸留所と貯蔵庫が造れるな」
高山の盆地に避難用の村、隠れ家を造りに来てくれたヴァルタルが言う。
「蒸留所と貯蔵庫ではなく、金猿獣人族の地下住居が優先だぞ……
いや、待ってくれ、地下は醸造所と蒸留所、貯蔵庫だけでいい。
金猿獣人族の住居は崖を掘って造ってくれ」
「ふむ、そうだな、村長がギフトで成長させる樹木だ。
最初は普通の樹木の種でも、エンシェントトレントに進化するかもしれん」
「まて、まて、待て、エンシェントトレントは何千年も生きて進化するのだろう?
ハイトレント、エルダートレントを経て進化するのだろう?
俺がギフトを使った程度で進化する訳がないだろう?!」
「村長なら簡単にやってしまいそうな気がする」
「バカな事を言うな」
俺とヴァルタルはそんな事言いながら盆地を見て回った。
「この崖、恐ろしく硬い、儂らでもギフトを使わないと掘れん。
それでもかなり時間がかかる。
大魔境で地下室を造ったようにはいかんぞ」
「そうか、だったら最初に思っていたように、地下に造る方が良いか?」
「う~む、いつ使うか分からん避難用であろう。
時間がかかっても崖を掘った方が安全かもしれん」
「エンシェントドワーフがそこまで硬いという壁、自然にできたのか?」
「いや、安全に卵を産み子を育てるために、火竜がブレスで固めたのであろう」
「そこまでして作った巣を、火竜が簡単に手放すとは思えない。
やはりここを避難用の逃げ場所にするのは止めよう」
「いや、妖精族がだいじょうぶだと言っているなら安全だ。
子育ての場所にこだわる火竜だからこそ、今の安全な巣は捨てない。
それに、金猿獣人族がここを使わない可能性の方が高いのだ。
先ずはここに造っておいて、別の場所にも造ればよい。
避難場所、隠れ家は1つよりも2つあった方が良いだろう?」
「まさかとは思うが、酒の原料を作る場所が欲しいだけなのじゃないか?
俺がエンシェントトレントを実らせるのは1年に1度と決めたから、もっとワインの材料が欲しから、言っているのではないか?」
「わっはははは、バレたか、その通りだ。
だが、それで良いではないか、誰も困らぬぞ」
「まあ、確かに、誰も困らないな」
「崖はエンシェントドワーフを総動員してでも掘って見せる。
地下の醸造所と蒸留所もできるだけ早く造る。
村長の酒がもらえるなら、よろこんで手伝うだろう」
エンシェントドワーフの国に住む2000人が全員手伝ってくれるのか。
だったらどれだけ崖が硬くても、思っていたくらいの早さで完成するだろう。
だがここでは、普通の木に成る果実を醸造する。
原料を発酵させる酒カメも陶器を使う。
エンシェントトレントの実や酒と同じくらい美味しくなるとは思えない。
「ヴァルタル、エンシェントドワーフたちがここの酒で満足してくれるか?」
「ふむ、村長が造る酒だ、どこでだれに造らせても最高の酒になる。
儂はそう信じているぞ」
「ヴァルタルがそこまで言ってくれるなら、俺も自分の力を信じよう。
だが、何ごとにも絶対はない。
もしここで造った酒が口に合わないと言うなら、大魔境で造った酒を渡す。
そう思っていれば間違いないだろう?」
「村長は優しいな、相手をだましてやろうとは絶対に考えない。
そんな村長だから、儂らも妖精族もついて行くのだ」
「てれるから、あまりほめないでくれ」
「何を言っておる、これまで村長がやってきた事を思い出してみろ。
だれにもマネできない事を山のようにやっておる。
何度も言うが、村長なら、この崖にも簡単に家を造れるじゃろう。
普通の木を、エンシェントトレント進化させてしまうであろう」
「いくらなんでも無理だって、何度も言っているだろう。
そこまで言うのなら、実際にやって見せる。
それでできなかったら、俺が普通の人間だと分かるだろう?
俺が凄いのではなく、宇迦之御魂神様から頂いたギフトが凄いのだ」
「神から授かったギフトも人の一部だぞ。
あまりけんそんすると、ギフトを授けてくださった宇迦之御魂神様に失礼だぞ」
「おっと、それはいけないな、宇迦之御魂神様に失礼な事はできない。
これまでギフトのお陰でできた事は素直にほころう。
だからこそ、やれる事とやれない事ははっきりさせておこう。
期待してもらっているのに、できなかったら困るからな」
「ふむ、だったらこの崖に家を造れるか試してみたらいい。
村長の話だと、農業に関係する事ならできそうだ。
農民が住むための家、醸造所、蒸留所、保管庫なら造れるのではないか?」
俺は崖をくりぬいて造りたい家などを真剣に考え願った。
崩れたりしないように、厚い壁を残すように考えた。
アリやモグラの巣のように、細長い家と醸造所、蒸留所と保管庫を思った。
「大地よ、崖よ、俺を助けてくれ人々が安全に暮らせる家に成れ!
大地よ、俺を助けてくれる人々が酒を造れる場所になれ!」
真剣に思ったが、本当に鍾乳洞のような家ができるとは思っていなかった。
延々と続く長い道の左右には、ずらりと部屋が並んでいる。
大魔境の地下街ほど中央の道も部屋も広くはないが、十分住める広さだ。
所々に広い空間があって、醸造所、蒸留所、保管庫にできそうだった。
家と崖の比率で言えば、崖が崩れないように、火竜がブレスで固めた岩にほんの少しだけ空間があって、家や醸造所になっている状態だ。
1層ではなく、10階層もの立体的な造りになっている。
細長いので、所々にバリケードを置けば、たてこもれるようになっている。
折れ曲がり、熱風を逃がせるようにしているのは、火竜のブレス用だ。
「ほらな、やっぱり村長ならできただろう?」
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