第38話:新天地

2年目の春


「安全な場所、人間の近づけない場所にしてくれ」


 俺は分かっていて、シェイマシーナとベイヴィルに無理を言った。

 人間が近づけないような場所に、安全な場所などほとんどない。


 だだ、前提が俺が死んでしまった場合なのだ。

 エンシェントトレントに守ってもらえなくなった場合なのだ。


 もう聖女ジャンヌと金猿獣人族を守る者はいない状態。

 無理を承知で人間が近づけなくて、安全な場所を探してもらうしかない。


「安全なら人間の国に近くてもいいでしょう?」


 ベイヴィルが答えてくれた。

 この件はベイヴィルが責任を持ってくれるようだ。


「人間の国に近いのに人間が来られない、安全な場所があるのか?」


「ありますよ、大魔境と同じです、人間が恐れて入らない場所があります。

 他にも、高い山々に囲まれた小さな盆地があります」


「人間が恐れて入って来ない場所で、金猿獣人族が生きて行けるのか?」


「美しい女に化けて人間を喰い殺す魔物が住む森なのです」


「もしかして、人間だけしか食べないのか?」


「はい、なぜか人間だけしか食べません」


「長く人間が来ないと、飢えて金猿獣人族を食べたりしないか?」


「樹木系の魔物なので、普段は光と水、土で生きています。

 それがなぜか、人が森に入って来ると食べてしまうのです」


「理由が分からないというのは不安だな。

 本当に本当に、人間以外の獣人族は食べないのだな?」


「獣人族も警戒してあまり近づきませんが、人間に追われて逃げ込む獣人はいます。

 そんな獣人が食べられた事はありません」


「だったら、そこには先住の獣人族がいるのか?」


「100人もいませんが、先住の獣人がいます。

 種族はバラバラで、助け合ったり争ったりしています」


「先住の獣人たちは木の魔物に食われていないと言ったよな?

 それなのに争うと言う事は、食べ物が不足しているのか?」


「森の中心部には、木の魔物はいません。

 人を喰う木の魔物がいるのは森の外周部だけです。

 1度は食べられずに中に入った獣人も、外側に近づかないようにしています。

 それと、もしかしたら、人間が入ってくるかもしれませんから、警戒しています。

 獣人族同士の争いは、木の実や果物のなる木を手に入れるためです。

 安全に狩れる動物は少ないですから」


「そんな所に金猿獣人族を移住させたら必ず争いになる、止めておこう。

 高い山に囲まれた盆地はどんな場所だ?」


「広さは人間が1年間食べる麦畑で5000個くらいです」


「麦畑で5000個、草原なのか?

 山々に囲まれた盆地と言うから、火口かと思ったぞ」


「火口ですよ」


「噴火したらどうするんだ?!」


「だいじょうぶです、もう噴火しません。

 噴火していたのは、火竜が住み着いていたからです。

 火竜が噴火するようにマグマを呼んでいたのです。

 その火竜も、今ではもっと良い火山に移動しています」


「何かあって、火竜が帰ってこないか?」


「安心してください、だいじょうぶです、新しい火山で幸せにしています」


「それなら良い、火竜のことは良い、だが土地はどうなのだ?

 火口だと、岩ばかりで畑にできないのではないか?」


「それは、村長のギフトで何とかなるのではありませんか?」


「俺のギフトで何とかできればいいが……

 火口で岩だらけの場所だぞ、いくらなんでも畑にできないだろう?

 やってはみるぞ、やってはみるが、できるか?」


「村長なら必ずできると思います」


 岩を畑にできる土にできたとして、畑にして何を作る?

 俺が死ぬような事がなければ、使う事のない逃げ場所だ。

 果樹だけ植えておいて、放置しておくか?


「1度俺を連れて行ってくれるか?」


「よろこんで」


 俺はベイヴィルの転移魔術で盆地に行ってみた。

 最初は高い山々を人間の国の外れから見た。

 とんでもなく高い山だった。


「どれくらいの高さがあるんだ?」


 信じられないほど高く切り立った岩山だった。

 特別な装備をつかっても、専門の人でなければ登れない岩山だった。


「人間言葉で表すのはむずかしくて、正しく言えません」


「大体でいい、どれくらいだ」


「5000メートルくらいでしょうか?」


「それくらいの高さがある山の中の盆地か……低くても4000メートルだな。 

 そんな高所で作れる作物は……」


「盆地はこの辺りと同じ高さです。

 盆地の中も、外と同じように切り立った崖になっています」


「……5000メートル岩山を登って、5000メートル岩山を下りる。

 人間が絶対に入って来られないと言った理由が分かった」


「では盆地の中に行きましょう」


 ベイヴィルは盆地の中に転移してくれた。

 ベイヴィルが言っていた通り、盆地の周囲は切り立った崖だった。

 それも、神々が磨いたようなツルツルの岩山で、とても上り下りできそうにない。


 安全と言う意味ではとても良い場所だが、問題は地面だ。

 地面は噴火した岩がゴロゴロと転がっている。

 岩と岩の間に少しコケが生えているだけだ。


「大地よ、俺を助けてくれる草木が必要とする豊かな地となれ!」


 試しに豊かな農地を思い浮かべてギフトを使ってみた。

 宇迦之御魂神の神通力を信じて使ってみた。

 金猿獣人族が幸せに暮らしている姿を思い浮かべて使ってみた。


「そらね、やっぱりできましたよね。

 私は最初から村長ならできると思っていました」


 本当にできてしまった。

 思い浮かべていた通りの、とても豊かな農地が広がっている。

 ただこのままでは金猿獣人族が住むのに困る。


「大地よ、耕作をするのに必要な、清い水を満たした湖を造れ!」


 水がないと生きて行けない。

 だが、農業ギフトで飲み水用の湖を造ってくれるか心配だった。

 だから農業用の湖を思い浮かべてみた。


「ああ、なるほど、飲み水ですか、でも必要ですか?

 ここでもワインや清酒を造るのですよね?」


 ああ、そういうことか、ここでも酒造りをする気で手伝ってくれたんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る