第36話:大収穫祭

2年目の春


「大地よ、俺を助けてくれる全ての巨樹が必要とする豊かな地となれ!

 俺を助けてくれる巨樹たちよ、それぞれの名にふさわしい実をつけろ!

 大地よ、俺を助けてくれる全ての巨樹が必要とする豊かな地となれ!」


 俺の命令を聞いてくれた巨樹たちが一斉に実をつける。

 本当は収穫する者の事を考えて順番に実らせる予定だった。


「村長、エンシェントトレントが春になったから実らせてくれと言っています。

 地中から栄養をとり、太陽の光を目一杯使いたいそうです。


 マーダビーの女王を側に置いたシェイマシーナが伝えてくれた。

 雪に閉じ込められてクサクサしていたのは、金猿獣人族だけではなかった。

 巨樹たちも春を待ちかねていたのだ。


 巨樹たちに頼まれたらやるしかない。

 収穫に追われる事になろうと、全ての巨樹を実らせるしかない。

 これまで実りを頼んだ事にある1000を超える巨樹が、一斉に実をつけた。


「大地よ、俺を助けてくれる全ての巨樹が必要とする豊かな地となれ!

 俺を助けてくれる巨樹たちよ、発酵させて美味しい酒にしろ!

 大地よ、俺を助けてくれる全ての巨樹が必要とする豊かな地となれ!

 俺を助けてくれる巨樹たちよ、空気を抜いて長く保存できるようにしろ!

 大地よ、俺を助けてくれる全ての巨樹が必要とする豊かな地となれ!」


 金猿獣人族が集め巨樹の造った酒樽に詰め込んだ果実が酒になる。

 酒にしない分、生のまま食べる果実は長期保存できるようにする。


 マーダビーの女王を通じてエンシェントトレントに聞いたら、酒樽の中を真空パック状態にできるというから試した。


 長期保存をエンシェントトレント、巨樹にだけ頼る気はない。

 甘みが強くなり食感も変わり、少し保存できるドライフルーツも作る予定だ。


 蒸留酒に漬けて保存する予定もある。

 だが今は、そんな加工に人手を使う事などできない。

 1本でも莫大な実が生る巨樹1000本を収穫しないといけない。


「村長、礼にワインを渡さないといけないですが、手伝いを呼んでいいですか?」


 シェイマシーナが世界中に散らばる妖精を応援に呼びたいと言った。

 このままでは巨樹が実らせてくれた果実を、枝に生ったまま腐らせてしまう。


「分かった、呼べるだけ手伝いを集めてくれ」


「妖精族を手伝いに呼ぶ必要などない。

 吾が直々に手伝ってやる、その代わり礼の酒はたっぷりもらうぞ」


 どこからともなく声がしたかと思ったら、魔境神が現れた。

 満面の笑みを浮かべて……よだれがたれているぞ、よだれが!


「吾が集めた果物から造ったワインの半分……とは言わぬ。

 3分の1……とも言わぬ……1割じゃ、1割くれれば神通力で全部集めてやる」


 俺の顔色を見ながら要求する酒の量を変える魔境神が、かわいそうになった。

 魔境神が集めてくれた果物の1割なら安い物だ


「分かりました、できたワインの1割を差し上げます。

 ただし、ワインを差し上げるには、ワインを入れるカメが必要です。

 木樽では木の成分がしみだしてワインが不味くなります。

 陶器のカメを用意してくださる事。

 エンシェントトレントの酒樽からカメに移し替えてくださる事。

 それを魔境神がしてくださるなら1割差し上げます」


「簡単な事だ、カメくらい我が土からいくらでも造り出す。

 ワインを移し替えるもの果実を集めるのも大して差はない、似たようなものだ。

 風よ、魔境の風よ、支配者である我の命に従え。

 エンシェントトレントの実りを酒樽に集めよ!」


 魔境神の命令に従った風が巨樹たちから果実を集め酒樽に運ぶ。

 だが、俺達が造る最高級のワインと同じではない。

 魔境神の酒は、俺が最初に造ったワイン程度の醸造酒にしかならない。


 そうなのだ、余計な部分を外して雑味を除く事ができていないのだ。

 わずかな量だが、ヘタを取り除く方が美味しい酒になる果実がある。

 皮をむいた方が美味しくなる酒もある。

 芯や種を取り除かないと渋味が強くなり過ぎる酒がある。


 しかしそれは、飲む人によって、酒の個性だと好む事がある。

 だが俺は、雑味や渋味はできるだけなくして欲しい。

 甘い果物が何より好きな金猿獣人族もそうだ。


「魔境神、そのままだと雑味が残りますが、好いのですか?

 金猿獣人族や妖精たちがやっているように、余計な所を取り除いた方が、俺が奉納している酒に近くなりますよ?」


「なに、そんな手間が必要なら最初に言ってくれ!

 神通力まで使って手伝っているのだ、最高の酒が欲しいに決まっている。

 手間も時間も関係ない、どうすれば良い、どうすれば最高の酒になる?!」


「ベイヴィル、教えてやってくれ」


「お任せください、村長」


 多くの妖精たちが何度も転職するなか、最初からずっと酒造り一筋の妖精たち。

 その中でも特に酒造りにプライドを持っているのがベイヴィルだ。

 彼女なら、魔境神が相手でも恐れずに厳しく酒造りを教えてくれる。


 別に教えなくても良かったのだが、後で味が違うと文句を言われるのが嫌だった。

 来訪神様を恐れて攻撃したりはしないだろうが、ネチネチと言われそうだった。

 そんな嫌な思いをするくらいなら、今言い合いする方が良い。


「さあ、魔境神が果実をきれいにしている間に集めるぞ」


「「「「「はい」」」」」


 魔境神が収穫を中断している間に、村人総出の収穫を再開する。

 日没までがんばって、その後は収穫祭をしよう。

 魔境神が手伝ってくれるなら、果実を腐らせる事なく全部収穫できる。


 昨年までのワインは全部熟成に回して、これから飲むのは新酒だけにする。

 みずみずしい、新鮮な果物感が残るワインは大好きだ。


「何をしているのですか、それでも多くの弱神を束ねる魔境神ですか?!

 1つでも種を取り忘れると渋味が残るのですよ!

 神ならもっと正確に魔術を使いなさい!」

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