第35話:大運動会と雪見酒

2年目早春


「村長、エンシェントトレントからの伝言です、春になったそうです」


 マーダビーの女王を従えたメイド妖精のシェイマシーナが教えてくれた。

 シェイマシーナは1度家事妖精から料理妖精に転職した。

 だが今は、俺の世話に誇りを持つメイド妖精に再転職している。


「そうか、もう外に出てもだいじょうぶなんだな?」


 俺が聞き返すと、シェイマシーナとマーダビーの女王が話す。

 間に巨大蚕を必要としなくなったが、まだ妖精と巨樹は直接話せない。


「はい、もう大雪が降る事も寒風が吹く事もないそうです。

 少し寒い日はあるようですが、凍えて死ぬほどではないそうです」


「そうか、分かった、今日から金猿獣人族が外を出る事を許可する。

 ただし、必ずキンモウコウと一緒に居る事。

 凍えるほど寒くなくても、まだたくさん雪が積もっているから」


「「「「「はい」」」」」


 金猿獣人族たちが元気に気持ちよく返事をしてくれる。

 

「寒いのが苦手な巨大蚕やマーダビーは、もっと温かくなるまで地下に居なさい。

 巨大蚕には新鮮な草花を持って来てやる。

 マーダビーは草花の蜜を集めればいい」


 俺がそう言うと、巨大蚕とマーダビーがもの凄く喜んだ。

 そのまま直ぐに地上に出て草木をあつめることにした。


「大地よ、俺を助けてくれる全ての草木が必要とする豊かな地となれ!

 俺を助けてくれる草木たちよ、芽吹き花を咲かせろ」


 エンシェントトレントが強大な力を持つとは聞いている。

 だが、まだ雪の残る季節に無理は言えない。


 それよりも、雪を割って芽吹く草木に雑草を変化させる方が良い。

 秋にたくさん取っておいた雑草の種をまいて命じた。

 最初に命じた雑草は、バイカオウレンになって小さな花を咲かせた。


「よし、集めるぞ!」


「「「「「おう!」」」」」


 長大な距離があると言っても、ずっと地下街に居て苦しかったのだろう。

 金猿獣人族が晴れ晴れとした表情でバイカオウレンを摘む。

 キンモウコウは強い前脚を器用に使ってバイカオウレンを掘り返す。


「大地よ、俺を助けてくれる全ての草木が必要とする豊かな地となれ!

 俺を助けてくれる草木たちよ、芽吹き花を咲かせろ」


 俺は果てが見えなくなるほどバイカオウレン芽吹く反対側に種をまき命じた。

 まいた雑草の種がユキワリソウになり芽吹いてくれる。

 小さな花もつけてくれるから、わずかだけど蜜も集められる。


 金猿獣人族とキンモウコウが、バイカオウレンとユキワリソウを摘み集める横で、家畜たちが夢中になって食べている。


 乳酸発酵させたワラやイモガラは大好きだが、春先のみずみずしい草花の美味しさは、家畜たちを夢中にさせるようだ。


 ヤギとヒツジは夢中になって食べていたかと思うと、思い出したように跳びはね走り回っている、春が楽しいのだろう。


 ウマも同じように食べては走り、食べては跳ねるが、ヤギやヒツジよりも大きいので、迫力がもの凄い。


 ブタは走る事も跳ねる事も無く、食べる事だけに集中している。

 ウシも同じだが、ブタに比べれば動きが遅くゆうがに見えるから不思議だ。


 誰よりもさわがしいのがニワトリだ。

 コケ、コケ、コケコッコ―と鳴きながら走り回り新芽を食べている。

 新芽だけでなく、土の下にいる虫も食べているようだ。


 金猿獣人族とキンモウコウが集めたバイカオウレンとユキワリソウを、妖精たちが転移魔術で地下街に送る。


 地下街にいる巨大蚕が美味しく食べ、マーダビーがうれしそうに蜜を集めていると、ようすを確かめに転移した妖精が教えてくれる。


「大地よ、俺を助けてくれる全ての草木が必要とする豊かな地となれ!

 俺を助けてくれる草木たちよ、芽吹き花を咲かせろ」


 一面のバイカオウレンとユキワリソウが摘み集められ、真っ白な雪景色の下に土の色が広がったので、また雑草の種をまいて命じた。


 今度はクリスマスローズとスノードロップが芽吹き花をつける。

 新しい草花を見てまた食欲を刺激されたのだろう。

 家畜たちがモリモリと食べ始める。


「村長、今日の分は十分だろう。

 ようやく外に出る許可が出たんだ、雪見酒でも飲もう」


 エンシェントドワーフのヴァルタルが酒を誘ってきた。


「ようやく外に出る許可が出たのは金猿獣人族だろ。

 俺たちは毎日酒造りに外に出て、手が空いたら雪見酒をしていただろう?」


「ワッハハハハは、それはそれ、これはこれ、めでたい事に変わりはない」


「それはそうだな、俺も嫌な訳じゃない。

 ホットにするか、凍結にするか?」


「今日はホット、燗酒と言ったか?

 清酒を温かくした奴が飲みたい、肴はあれをたのむ、あれだあれ」


「分かった、場所はいつものカマクラで良いんだな?」

 

 妖精狩猟団の心配がなくなってからは、外に出て毎日清酒を造っていた。

 集中力が切れそうになったら休んでいた。

 休むときは美味しい肴と酒がつきものとなっていた。


 凍結清酒を飲むときは、熱々の鍋物が肴になる事が多かった。

 熱燗を飲むときは、海の魚やベーコンなどが多かった。

 ヴァルタルが特に好んだのが、魚介類の干物だった。


「ああ、いつものカマクラがいい、干物は美味いが臭くなるからな」


 村には多種多様の人が住むようになっている。

 中には干物の臭いが苦手な者もいる。

 逆に、大好きで物欲しそうにする者もいる。


 極寒の中で酒造りに頑張ってくれている、ヴァルタルたちをねぎらうには、地下街ではなくカマクラが良い。


 俺は大きめに七輪、バーベキュー台に炭を入れて火をおこした。

 炭の香りがついて魔術で焼くよりも美味しい気がするのだ。


 スルメ、アジの干物、塩サケなど、エンシェントドワーフが大好きな干物。

 その中でもヴァルタルが好きなのが、イカの一夜干しだ。

 イカの一夜干しを一味マヨネーズで清酒の肴にするのが大好きなのだ。


「あぶれたぞ、早く来ないと先に喰っちまうぞ」

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