第22話:香辛料と味噌

1年目の夏


 転生してから幸せな暮らしをさせてもらっている。

 家事は全て妖精たちがやってくれる。

 作ってくれる料理はとても美味しい。


 味噌や醤油はないが、香辛料はある。

 食文化は発展していないが、世界中に行ける妖精に集められない物はない。


 俺がエンシェントトレントに作ってもらうほどの品質は無理だけど、この世界にある食材は全て集められる。


 だから肉料理にもふんだんに香辛料が使える。

 ジャンヌの浄化魔術があるから、ホルモンにも臭みがない。

 だから絶対に香辛料が必要な訳ではないが、あった方が好きな味だ。


 特に大好きなバラベーコンに香辛料は欠かせない。

 香辛料を使って熟成させた方が美味しいと思う。


 そんな風に満足していたのと、元々塩味が好きったから、醤油や味噌を造る気にもならなかった。


 だが、ジャンヌの言葉にやる気にさせられた。


「イチロウの作ってくれるお酒があれば幸せです。

 他に何もいらないですわ」


 そんな風に言われたら、もっと美味しい物を食べさせてあげたいと思う。

 ジャンヌが1番美味しいと思う料理を見つけてあげようと思う。


 同じ人間を捨てて、虐げられている金猿獣人族を助けたジャンヌ。

 もっと幸せにしてやりたいと思う。


「大地よ、俺を助けてくれる全ての巨樹が必要とする豊かな地となれ!

 俺を助けてくれる西京みそ樹よ、最高に美味しい西京みそにしてくれ」


 俺はこれまで何も頼んだ事のない巨木にお願いしてみた。

 俺にはエンシェントトレントか普通の大木か見分ける眼力はない。

 どの木々にもお願いするしかない。


 お願いした樹はエンシェントトレントだった。

 見事に俺が思い描いた通りの西京みそを造ってくれた。

 これでジャンヌの新しい味を提供してやれる。


「大地よ、俺を助けてくれる全ての巨樹が必要とする豊かな地となれ!

 俺を助けてくれる信州みそ樹よ、最高に美味しい信州みそにしてくれ」


 俺は調子に乗って知る限りのみそを造った。

 煮たり蒸したりした大豆を始めとした材料を入れて、巨樹にお願いした。

 津軽みそ、仙台みそ、江戸赤みそ、八丁みそ、豆みそなどを発酵させてもらった。


「美味しい、こんな美味しい料理は初めて食べたわ!」


 ジャンヌが手放しでほめてくれる。


「イチロウ様、いえ、村長、これの造り方を教えてください」


「これは西京みそという。

 米の麹が20、大豆が10、塩が5で造る。

 俺なら巨樹にお願いして造れるが、妖精たちだけでも造れるようにしておこう」


 妖精たちだけでもみそが造れるように、俺の知っている事を全部教えた。

 記憶のあやふやな所は、妖精たちで試してもらう事にした。

 家事に高いプライドを持っているから、いつか美味しいみそを造ってくれる。


 だがそれは後々の事、俺が何かあった場合の話だ。

 俺が元気な間は巨樹が最高のみそを造ってくれる。

 

 その最高のみその中で1番最初に使ったのが西京みそだ。

 イノシシ型魔獣のロースを西京みそに漬けて作った西京焼きだ。

 その西京焼きに1番合うのは日本の酒、清酒だ。


 ジャンヌは辛口の清酒と西京漬けを楽しんでいる。

 1杯ごとに清酒の種類を変え、最高の組み合わせを試している。

 俺も同じように自分にとっての最高を探す。


「西京漬けに合うのは清酒だけじゃないぞ。

 ブドウの白ワインもかなり合う。

 もっと色々試した方が良い」


「本当ですか、だったらモモワインを試してみます」


 ジャンヌはそう言うと1番好きなモモワインと西京漬けを試す。

 モモワインも今では100以上の種類ができている。

 俺が食べた事のある全てのモモを思い出して巨樹に作ってもらったからだ。


「これも試してみろ、モモワインを蒸留して造ったモモブランデーだ」


 試食と試飲に付き合ってくれているヴァルタルが勧めてくれる。

 試食だけならともかく、試飲にエンシェントドワーフたちが同席しない訳がない。

 料理や給仕をしてくれる妖精は試飲しないが、他の妖精は全員試飲する。


 料理や給仕をしてくれる妖精も、最後まで料理や給仕をやる訳ではない。

 ちゃんと先に試飲した妖精と交替する。

 金猿獣人族もキンモウコウたちも美味しそうに飲み食いしている。


「これは酒精が強いな、どれくらいの度数なんだ?」


「今飲んだのは60度だが、これは70度だ」


 俺の疑問にヴァルタルが即答してくれる。


「俺はブドウの風味が強く残っている40度くらいの方が好きだな」


「そうか、儂はブドウの風味があまり残らない80度が好きだな」


 俺とヴァルタルではかなり好み違うようだ。

 強烈な酒が好きなエンシェントドワーフと、酒初心者の俺では比べられない。


「みんな自分の好きな飲み方や組み合わせを探せばいいさ。

 それを覚えておいて、給仕してくれる妖精にお願いすれば、自分にとって最高の食事をする事ができる」


「そうだな、自分にとっての最高と他人の最高は違う。

 誰に強制される事なく、自分の最高、至高の酒と究極の料理を食べるべきだ」


 ヴァルタルがご機嫌な表情で酒精の強い酒を飲み干している。

 肴にするイノシシロースの西京漬けは、少しあればいいようだ。

 キンモウコウたちは西京漬けよりも薄味の焼肉が好みのようだ。


 金猿獣人族と妖精たちは肉を好まない。

 早々に果物を肴にしてブランデーを飲んでいる。

 もう試飲試食ではなく宴会になっている。

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