第5話:サツマイモとワイン

1年目春


 できた、できてしまった、ただの雑草がサツマイモのツルと葉になった。

 目の前の地面が、一瞬で緑のジュウタンになっていく。


 根にできるサツマイモだけでなく、茎の部分もキンピラの材料になる。

 俺は食べた事がないが、第二次大戦後の貧しい時代には食べてたそうだ。

 

 金猿獣人族のサ・リと幼子たち、聖女のジャンヌがあぜんとしている。

 サツマイモの葉が成長するのを信じられないモノのように見ている。

 うん、俺も昨日これを見たら同じに状態になっていた。


 サツマイモの葉、成長が止まった気がする。

 もう掘っても良いのだろうか?


 あまりにも早すぎる気がするが……モモやリンゴも同じようなものか?

 とにかくやってみるしかない。


 取れた、サツマイモが取れた。

 凄い、こんなに簡単に硬い地面を掘り返せるとは思わなかった!


 若々しい、それこそ青春真っただ中のツヤツヤの手なのに。

 まるで重機のように土を掘り返せる!


 それと、俺の知っているサツマイモは、1株に3個から5個のイモが取れた。

 数が少ないほど大きなサツマイモになった。

 数が多いと、どうしても小さなサツマイモになる。


 それなのに、俺が掘ったサツマイモの株からは10個も取れた。

 それも丸々と育った大きなサツマイモだった。

 とても甘くて美味しいサツマイモだと確信できた。


「聖女ジャンヌ、このサツマイモはとても美味しいと思う。

 今直ぐその子たちに食べさせてあげたいのだが、洗う水がない。

 近くに水場があれば教えて欲しい。

 それと、俺は焼いて食べたいのだが、火がおこせない」


「まあ、何の魔術も使えないのですか?」


「神々からギフトは頂いたけれど、火や水の魔術はなかった」


「では私がきれいにして差し上げます、クリーン」


 聖女ジャンヌが魔術をとなえてくれた。

 俺が手に持っていた2つの大きなサツマイモが、一瞬できれいになった。

 サツマイモだけでなく、俺の手まで水洗いしたようにきれいになった!


「焼くのは普通に焼けばいいのですか?」


「そうですね、普通に焼いても美味しいですが……普通が分かりませんよね?

 スライスして、鉄板や石の上で焼いても美味しです。

 砂にうめても焼いても、カメに入れて吊って焼いても美味しいです」


「よく分かりませんわ」


 石焼き芋や壺焼き芋の方法は伝わらなかった。

 むかし、幼い頃、落ち葉を集めて焼き芋をした。

 だがあれだと、外側の焼けすぎた部分が食べられなくなる。


「無理に焼かなくても、そのままでも美味しいぞ。

 私たち金猿獣人は生のイモが大好きだからな」


 聖女ジャンヌに焼き方をどう伝えるか悩んでいると、サ・リが何の問題も無いと言う表情で言い切った。


 幼い子供たちも、食べかけのモモやリンゴと俺の持つサツマイモを見比べている。

 どちらを食べるか悩んでいるのだろう。

 悩むと言う事は、どうしてもサツマイモの方を食べたい訳ではないようだ。


「今日はモモかリンゴを食べて、サツマイモは美味しくなる焼き方をさがそうか?」


「そうですね、そうするのが良いでしょう」


 俺の提案を聖女ジャンヌが受けてくれた。

 サ・リは何も言わなかった。

 幼い子供たちも文句を言わずにモモとリンゴを食べていた。


「聖女ジャンヌ、あなたも食べてください。

 家では満腹になるまで食べなかったのでしょう?

 俺は取って来てもらったモモとリンゴをお酒にします」


「え、お酒、どうやって?」


「猿酒は知っていますか?」


「猿酒ですか、聞いた事もありません。

 サ・リ、あなたは猿酒を知っていますか?」


 驚いた聖女ジャンヌが、モモとリンゴを取り続けるサ・リに聞いた。

 

「いや、聞いた事ないよ」


 金猿獣人であるサ・リが知らないのなら、この世界に猿酒はないのか?

 俺は猿酒の事を聖女ジャンヌとサ・リに説明した。

 2人とも真剣に聞いていたが、まだ酒は早いだろう?


「巨木よ、無理のない範囲で洞をつくれ」


 俺は最初の巨木に命じてみた。

 4斗樽の大きさの根が地上に伸びてきた。

 無数の根があるので、巨木の周りに何重もの根の板塀ができたようだ。


 酒を醸造酒するための丸みを帯びた部分と、厚みのない板塀部分がある。

 4斗樽と板で塀を造ったようなシュールな見た目になっている。


 俺は割り切って、せっせとモモとリンゴを根でできた酒樽に入れた。

 巨木2つ分のモモとリンゴはとんでもなく多かった。

 俺が酒樽に入れるのと同じくらいの速さでサ・リがモモとリンゴを取って来る。


「アルコール発酵させろ。

 できるだけ濃いお酒にしろ。

 長く保存できるように、高いアルコール度数にしろ」


 4斗樽1つが一杯になる度に発酵するように命じた。

 転生前の工業化されていた酒造りとは違っていた。

 老舗の酒蔵や醤油蔵が、木製の大きな仕込み桶で造っていたのに近い。


 熱中して4斗酒樽にモモとリンゴを入れていると、何か聞こえて来た。

 かすかにプツプツと泡立つような音がする。

 もしかしてと思って、最初の4斗樽を見てみると……


「聖女ジャンヌ、サ・リ、酒を造った事はあるか?」


「教会でワインを造っていましたが、私は手伝った事がありません」


「両親が家で飲むエールを造っていたが、私は造った事がない」


「これを見てくれないか?」


「もしかして、本当にお酒ができているのですか?」


「ちょっと、ちょっと、ちょっと、酒造りは難しいのよ」


 聖女ジャンヌとサ・リの2人が、そう言いながら見に来てくれた。

 見たとたん、2人とも固まって何も言わなくなった。

 凄く驚いた表情をしているので声をかけられない。


「お酒、ですわね……まさか、モモですか?

 モモでお酒が造れるなんて初めて聞いたのですが?」


「すごいわね~、お酒が造れるの?

 魔境で酒が造れるなんて初めて聞いたわ!

 これ、さっき取ったモモだよね?

 あのモモで造った酒だよね?」


 ちょっと待て、サ・リ。

 今もの凄く不穏な言葉を聞いたぞ。

 魔境てなんだ、まさか、ここが魔境だと言うのか?!


「サ・リ、教えて欲しいのだが、ここは魔境なのか?」


「今さら何を言っているの、ここ以外に魔境なんてないわ。

 入った人間は絶対に生きて出られない、そう恐れられている魔境よ。

 神に選ばれてギフトを授かったから魔境に住んでいるんでしょう?」

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