10「Pray For My Guardians」
「私の一家を疑うの?」
と、プリィは思わず声を上げる。
「でも、今は全ての可能性を排除できないんだ」
と流雫は言う。そしてスマートフォンを取り出し、耳に当てた。
「ルナ?」
「おはよ、父さん」
と通話相手に言った流雫は、既に起きていた父、
「……一つだけ教えて欲しいんだ。……今、日本にプリィが来てる。たった1人で」
「プリィって、あのプリィか!?」
と正徳は声を上げる。
「うん。僕の飛行機と同じだったんだ。……プリィの航空券、父さんが手配した?シエルフランスのファーストクラスで」
と流雫は問う。
プリィが来た時、ビジネスの話は何時も父がしていた。だから今回も、もし手配を掛けるなら父だろうと思っていたのだ。
「いや」
と父は答えた。
「あの一家が日本行きの手配を依頼してきたことは、一度も無い。恐らく、公式サイトを使ったんだろう」
「そっか……」
と言った流雫に、正徳は問う。
「プリィがどうかしたのか?」
「この前飛行機に乗り合わせて、東京の空港で少し話しただけ。懐かしかったけど、1人きりだったから少し気になって」
と流雫は答える。自分の家族を疑う気は毛頭無いが、余計なことは何も言わない方がいい。
流雫は少しだけ父と話し、スマートフォンを耳から離すと、プリィに言った。
「僕の家は、プリィの家に日本行きの航空券を出したことは無いらしい。一家が公式サイトで航空券を出して、その情報を洩らした……?」
「洩らしたって、何処に!?」
プリィの声は、怒りが露わになっている。流雫が家族を疑っているからだ。
彼女にとって、それが全て本当なら悪夢でしかない。だが、流雫が出鱈目なことを言っているとは思えない。
「……何処に、洩らしたの……」
プリィは声のトーンを一気に落とす。こう反応するのは、流雫には予測できていた。
十数年ぶりに会った少女を困惑させる気は無い。しかし、困惑するのは当然だ。全て正しければ、家族を誰も信じられなくなるからだ。
……今のプリィを受け止められるほど、僕は大人じゃない。どうすれば目の前の幼馴染みを救えるのか……。
「……何故プリィが、台場にいると……」
と澪は言った。空港にいたことは別として、まるで彼女の居場所を完全に把握しているようだ。
「常に誰かが監視して、居場所を教えているのか?」
そう言ったアルスに詩応は
「まさか」
と返す。
「もっと簡単な手が有る……ハズ……」
そう言葉を切った彼女が何を思ったか、ボブカットの少女には察しが付いた。そして、それが答えだと思った。
「っ……」
澪は思わず唇を噛む。思い出すのは、軽くトラウマにすらなるほどの苦しい記憶だった。
詩応が意識不明、心肺停止。玄関で母にそう話す父親の声が聞こえた澪は、リビングで泣き叫んだ。
名古屋に帰る新幹線の車内で、詩応は彼女を追っていた連中に首を切られた。手に後遺症が残った程度で済んだのは、奇跡としか言い様が無い。
彼女に渡された教団の手帳に、忘れ物トラッカーが隠され、動きを常に監視されていた。そして、品川から走る密室に乗った詩応は、辛うじて座れた席で、罠に陥ったことに気付かないまま、首から血を流した。
「……トラッカーだ……」
詩応は小さな声で言った。プリィの持ち物に仕組まれているのか?だとすると、一体何に?
「プリィの持ち物……」
と詩応は呟く。
彼女の持ち物は、小さなポーチ1つ。中身は恐らく、パスポートと財布とスマートフォン、そして教典だけだろう。そのどれもに仕組むのは、難しそうな気がする。
「……一つだけ有ります……」
と澪は言った。彼女の持ち物で、唯一絶対に紛失の心配が無いもの。
「何だい?」
そう問うた詩応の目を見る澪は、少し深めの呼吸を置いて言った。
「……ネックレス……」
その言葉に、詩応は目を見開いた。
……プリィの首元を飾るネックレス。彼女が、文字通り肌身離さず身に着けている。命の次に、いや命より大事なアイテム。それなら、紛失や盗難の心配は最も小さい。
「流雫には悪いけど……」
と言い、澪は立ち上がった。
「プリィ!そのネックレスを渡して!」
と、走ってくる澪が言った。
「澪!?」
「いきなり何なの!?」
突然のことに困惑するプリィ、しかし澪は
「渡して!」
とだけ繰り返す。
「澪……!?」
流石に流雫も困惑するが、すぐにプリィに顔を向け
「……僕に渡して」
と言う。
「ルナまで!?何する気!?」
「ミオが渡してと言ってる。……そのネックレスに秘密が有るハズ」
と流雫は言った。澪が、何の理由も無いのに、人のものを奪うような真似はしないからだ。
「これは大事な聖女の証……!」
プリィは頑なに拒否する。しかし澪も譲らない。
「だからよ!それが有るから、居場所がバレてるの!!」
「居場所が……!?」
「空港からの、日本での足取りがバレてる。そうでなきゃ、ピンポイントで狙ってこないわ!」
強い口調の澪の声が、プリィを揺さぶる。流雫は早くなる心臓の鼓動を抑えながら、プリィに問うた。
「……ネックレス、聖女の証として渡されたのは何時頃の話……?」
ブロンドヘアの少女は、言葉に詰まる。
……大事な家族を疑われている。しかし、目の前の2人は自分を貶めたいワケではない。寧ろ、助けたいと思っている。そのために、疑わざるを得ないのだ。
数秒経って、プリィは答えた。
「……1週間前。航空券と同時に」
「その時、何か言ってなかった?」
「……これは、女神がお前を護るための聖なる道具だ。絶対に誰にも渡すな、奪われるな」
と、プリィは更に答える。その問の主は、恋人に顔を向けて頷く。澪が読んだ通りか。
流雫は言った。
「……それは聖なる道具じゃない。僕が預かる。プリィのために」
「でもこれは……」
「ルナを信じて下さい。……セブのためにも」
と、澪はプリィの言葉に被せた。
……弟のため、と云う言葉で脅しているようにすら思える。それでも、目の前の少女のためには、形振り構っていられない。それが、流雫と澪のポリシーだった。
「……判ったわ……」
とプリィは言い、ネックレスを外して流雫に渡す。両手で受け取った少年は、ショルダーバッグの奥底に入れた。
「……でも、次は流雫が……」
と澪は言う。そう、プリィを狙っていると思った男が、流雫を襲う可能性も有る。
「その時は、返り討ちにするだけだよ。……何が目的か吐かせたい」
と流雫は言った。
決してイキりたいのではなく、想像できる限り他に方法が無いのだ。そして、このネックレスの秘密が思い過ごしなら、それに越したことは無い。
……一見非常識で形振り構っていなくても、流雫を信じたから今まで生き延びてきた。だから、今も流雫を信じる。それだけのことだ。
「……プリィは、今日は何処に泊まるの?」
「未だ決めてない。決めようが無くて、その日空いてるところに飛び込んでる」
と、流雫の問いに答えるプリィ。渡航先で宿を当日に決める……そのノープランぶりから見ても、彼女の来日は不可解な点が多い。
澪は無意識に
「……あたしの家に来ます?」
と言った。元々詩応を泊める気だったが、もう1人だけならどうにかなる。
「でも」
「……そうできるなら、そうしてほしいな。その方が安全だし」
と流雫はプリィの言葉に被せる。その瞬間、プリィの今日の宿が決まった。
流雫とアルスは、2人で安いホテルに泊まることにした。空港の近くだ。
正体不明の連中が、プリィのネックレスを持っている流雫を追ってくるだろう。だから、都内北端の澪の家から離れたかった。
新宿のファストファッションの店で安い服を入手したのは、流雫とプリィだった。澪と詩応がコーディネートしたのだ。特にプリィは、その装束が目立つだけに、普通の服を手に入れる必要が有った。
別れる直前、流雫とプリィが再会したあの広場に戻った5人。詩応は、流雫と澪を2人きりにする時間を設けた。
昨日から、2人がカップルらしく一緒にいる時間がほぼ皆無なのが、気になっていた。やはり、流雫と澪には一緒に過ごしてほしい。その光景を眺めていると、詩応自身何か救われた気になるからだ。
「……流雫は、何も間違ってないよ」
と澪は言った。
特殊な理由が有るにせよ、恋人の澪よりプリィを優先している。流雫はそれに罪悪感を感じていた。
しかし、澪はそう思っていない。寧ろ、そう云う性格だから愛しく感じる。
愛しているが故に、少しだけ距離を置きたいと思ったことは有る。しかし、少しでも別れたいと思ったことはこの2年近く、一度も無い。
「間違ってない。だから、あたしは流雫の力になりたい」
と澪は続け、目を閉じて最愛の少年の唇を奪った。
「ん……、ん……ぅ……」
微かに息苦しくなったからか、澪の心臓の鼓動が早くなる。無意識に指を絡めた2人の手首を飾るブレスレットが、小さな音を立てた。
全ての音がシャットアウトされた、静寂に包まれる錯覚。唇のくすぐったさや息苦しさが彩る、切なさや愛しさを、記憶に刻み付ける。この命が尽きるまで、いや……尽きても忘れないようにと。
微かに熱い息を吐きながら、唇を離す2人。少しだけ濡れた澪の瞳には、隣に立って護るべき少年の顔だけが映る。
……流雫なら、プリィさえも護れる。
甘ったるい瞬間から目を背けた3人は、それぞれが護りたい人を思い出す。
詩応は、名古屋にいる同性の恋人。詩応の1年後輩で、陸上部のマネージャーだった。かつて流雫や澪たちと一緒に戦った事件では、東京に駆け付けて反撃のきっかけを作った立役者。
アルスは、レンヌにいるアリシア。腐れ縁で、何時も掌で転がされている感が有る。しかし、アルスを誰より知り尽くした、心強いパートナーだ。
そしてプリィは、最愛の弟セバスチャン。中央教会の正統後継者として産まれながらも、姉として弟には自由に生きてほしいと思う。
……今頭に思い描く人のために、そして今この場に集結したフレンドのために。誰一人殺されない。何にも揺さぶられない、誰からも断ち切られないほどの意志を、それぞれが静かに確かめる。
突然、ブロンドヘアの少女は、目を閉じてその場に跪いた。
ミオ、シノ、アルス、そしてルナ。4人が自分を護ろうとしている。……ソレイエドールよ、この4人に絶対的な守護を与え給え。そう祈ることが、今私が唯一できること。プリィはそう思っていた。
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