5「Pride Of Noble」

 「クローンを?」

流雫は怪訝な表情でアルスを見つめる。

「メスィドール家には男しかいなかった。だからプリィをベースにしたクローンを生成し、アリスと名付けて育てる必要が有った。それなら……」

「クローンが聖女……」

「教団としては禁断の存在が、最上級の地位に立つ。シノが聖女から釘を刺されたのも、そう云う理由なら納得がいく」

とアルスは言う。

 「……そこまでして、総司祭の地位が……」

「地位を欲している奴らは少なくない。ノエル・ド・アンフェル以降、フランスではこのテの争いが増えたとは聞いている。シノは呆れるだろうな」

と言ったアルスは流雫のベッドに身体を預け、続けた。

 「……シノは或る意味では、聖女に近いのかもな」

その言葉に、流雫は

「だと思うよ」

と続けた。リップサービスなどではなく、一緒にテロと戦う中でそう思うようになっていった。

 ……詩応がいなければ、日本の乗っ取り計画を阻止できなかった。当然、ノエル・ド・アンフェルやトーキョーアタック、そしてこの銃社会化の真相も暴けなかった。だから流雫は、詩応を尊敬していた。


 幼少期から姉の背中を追い続けた詩応は、その死の真相を追う中で、新幹線で首を切られた。その後遺症が残った。手を挙げると、痙攣したかのように震える。

 それでも、銃を手に戦えた。全員で生き延びるために。だから今こうして、流雫のペンションにいて、澪と同じ部屋で過ごしていられる。平和で最高の時間に感じられる。

 詩応はアルスと相部屋でもよかった。流雫と澪が同じ部屋であるべきだと思っていたからだ。アルスにも恋人がいるし、自分にも地元に同性の恋人がいる。互いに手を出すことは無いだろうから、そうでもよかった。

 だが、流雫はそうしなかった。澪が自分の次に詩応を慕っていることを知っている。だから、折角だし長い夜を2人きりで、と気遣ったのだ。

「流雫には敵わないな」

「そうでしょ?」

と満面の笑みを浮かべる澪。最愛の少年を認められたことが嬉しい。

 澪は、詩応に後ろから抱きつく。

「詩応さん……」

そう名を呼んだ澪は、彼女が生きていることを感じていたかった。

 あの日、詩応を殺されたと思って泣き叫んだ澪は、無意識に彼女の生に執着を見せるようになった。何時かの流雫に彼女を重ねていたのも、余計にそうさせる。

 時々重苦しくも感じる澪の献身が、詩応は寧ろ好きだった。だから詩応も、澪の力になりたいと思っている。

「アタシは死ねないからさ、アンタたちのために」

と詩応は言った。恋人のため、澪や流雫のため、テロなんかで死ねない。

 澪の、抱き締める力が少しだけ強くなる。今この瞬間に伝わる身体の熱を感じて、彼女が生きていることに安堵していたかった。

 こんな澪に誰より愛される流雫は、世界一の幸せ者だ……詩応はそう思った。


 来客にベッドを与えた部屋の主が部屋を出る。窓の外は少しだけ明るい。このペンションの名物、モーニングの準備だ。

 静かに閉めたドアの音で、アルスは目覚めた。フランスは、未だ日付が変わっていない。ブロンドヘアの少年は勝手にカーテンを開けると、スマートフォンを耳に当てた。

 「……着いたばかりの日本はどう?」

と問うた恋人に、アルスは

「最悪だ。新たな問題が起きた」

と答え、続けた。

 「聖女アリスが2人、日本にいる」

「……はい?」

アリシアの反応は、或る意味当然だった。アルスが一通り説明すると、赤毛の少女は恋人に言う。

「……アンタの読み、少し外れてるわ。メスィドール家には女子がいなかったワケじゃない。いたの」

 「その言い方……、お前……?」

そう言ったアルスの表情が容易に想像できる。アリシアは通話相手に軽く頷き、告げた。

「そう、アリスは死んでるの。正しくは誕生から2時間後だけど、そのことを届け出なかった。だから、戸籍上は産まれてもいないわ」

「……じゃあ」

「死んだアリスの代わりが、プリィをベースにしたクローン。元の細胞や遺伝子を、フリュクティドール家が何故提供したのかは判らないけど」

「どうしてそのことをお前が?」

「パパよ。太陽騎士団の問題を調べるうちに、辿り着いたらしいの」

とアリシアは言った。

 リシャール・ヴァンデミエール。世界的規模の通信社、アジェンス・フランセーズの記者。専門は国内問題だが、かつて娘を経由して流雫に協力する形で、日本の銃社会化の真相を全世界にリークした。

「西部教会は女子に恵まれず、不妊の病を克服したメスィドール家にとっては待望の第一子。それも女子。そうして注目された女子誕生は、最悪の結末を迎えた。それは双方にとって大ダメージ。予定通り産まれた、とする他に手段は無い。だから出生届も死亡届も出さず、クローンに手を出した」

「一家のプライドのためにタブーを犯したのか」

とアルスは言う。

 「一家と教会のために、が正しいわね。教会にとって望ましい形、その答えがクローンだった」

「何が教会にとって望ましい、だよ」

「西部のレンヌだけじゃない。中央パリ、南部マルセイユ、東部ストラスブール、そして総本部のお膝元、北部ダンケルク。総司祭一家がどの地方出身かは、地方にとってのプライドと権益に関わるわ」

「フェミニストの標的よりも厄介なことが多過ぎるのかよ」

と言ったアルスは、怒りよりも呆れが勝っていた。創世の女神も今頃嘆いているだろうか。

「これが血の旅団の話なら、アンタなら司祭に詰め寄って喧嘩してるわね」

とアリシアは言う。図星だ。アルスは苦笑を浮かべるしか無かった。

 「……聖女アリスも、プリィのことを追っているハズよ。ただフランスに連れ帰すだけならいいけど……」

と言ったアリシアに、アルスは問う。

「ただ、ルナはファーストクラスに座るプリィを目撃している。高校生でファーストだぞ?しかも1人旅。家族もよく認めたものだが、認めるだけの事情が有ったのか」

とアルスは言った。

「認めるだけの事情ね……確かに引っ掛かるわ」

そう言ったアリシアはPCを開く。

「血の旅団に影響が及ばなければいいけどね」

「レンヌの街には既に及んでるがな」

そう言ったアルスの耳に、ドアを叩く音がした。もうモーニングの時間か。

「ルナが呼んでる、また連絡するよ」

「気を付けて」

とアリシアが言うと、アルスは通話を切った。……話を切り出すのは4人揃った後だ。先ずは、ルナ特製ガレットを堪能するだけだ。


 ユノディエールの隠れ名物は、流雫特製ガレット。蕎麦粉を使ったクレープのことで、ブルターニュ地方の郷土料理。オーダーが入れば焼くだけだが、毎朝ほぼ全員がオーダーする。

 シャンボンハムと目玉焼きが乗った、スイーツではないクレープ。それも、皿の上に盛り付けられ、ナイフとフォークで食す。惑いながらも、詩応は口にする。……澪やアルスが絶賛する理由が判る。

「流雫って料理が特技だったんだ?」

「日本でも故郷の味を楽しめるようにと、母さんから教わったんだ」

と言って微笑む流雫。両親と離れて生活する元フランス人の少年は、その過去を逆手にモーニングでペンションを隠れた有名宿泊施設にした。

 中性的な顔立ちの裏に宿す芯の強さは、一緒に戦った者にしか判らない。……そう、流雫は弱くない。弱いワケが無い。それが、ダイニングの端にいる3人の認識だった。

 食後に淹れた紅茶を啜ると、4人は再度東京に出ることにした。

 高速バスで新宿に着くまでの間、窓側の席に座る澪は、流雫に寄り掛かって微かな寝息を立てている。詩応曰く、昨日は2人ガールズトークで盛り上がり、夜更かししていたらしい。

 通路側に座る流雫も、軽く目を閉じる。先刻アルスから軽く聞いた話を思い出していた。

 ……名門がタブーを犯してでも手に入れたい総司祭の座。無宗教の流雫には、その価値は全く判らない。

 高校生の分際で生意気だとは言われるだろうが、地位や権威が人を狂わせることを流雫は知っている。そして、それに足下を掬われることすら。

「……セブ……」

と流雫は、小さな声で呟く。

 ……プリィの弟が、本当は姉と同じ寄宿舎ではなくメスィドール家にいるとすれば。そもそも寄宿舎の話自体が真実じゃないとすれば。フリュクティドール家は何を隠しているのか。

 セバスチャンが、或る意味プリィよりも重要な鍵を握っている気がする。


 新宿に着いたバスを降りると、4人は下のフロアに向かった。シンジュクスクエアと呼ばれる小さな広場は、かつて流雫と澪、そして詩応が戦った場所でもある。犯人と戦っていた2人に帰国したばかりの流雫が合流し、雨が降る犯人を仕留めた。

 だが、詩応は姉の死の理由を聞かされ、雨に濡れながら泣いていた。澪は詩応を抱いて慰めようとし、流雫は何もできない無力感を抱えていた。

「美桜……。僕はどうすれば……2人の嘆きに触れられる……?」

と。

 「あれ……?」

澪が声を上げる。広場の端、碧と白の衣装の少女が立っている。

「プリィ……」

と名を呟く流雫。何故、彼女が此処にいるのか。とにかく話をしたい、何が起きているのか知りたい。

 しかし、この前の拒絶が頭を過る。アルスは血の旅団信者だとバレなければいいが、流雫はそのオッドアイの時点で拒絶される。

「あたしたちに任せて」

と澪は言い、隣で詩応も頷く。今は2人に任せるしかない。流雫は頷く。

 流雫に背を向けた澪は、小さな声で呟く。

「……流雫は無力じゃない」

それは小さいながらも、しかし流雫には確かに聞こえていた。


 八芒星のネックレスを揺らす少女に近寄る2人。その片割れに見覚えが有る聖女は、

「あ……」

と声を上げる。澪は英語で問う。

「……プリィ・フリュクティドール?」

「……その名前……」

何故その名前を知っている?それが少し不思議だった。澪は言う。

「あたしの恋人が、昔貴女と遊んだことが有る……そう言ってて」

「昔……?」

「ルナ。名前、覚えてませんか?」

その問いに、プリィは思い出す。ルナ・クラージュ・ウナヅキ……。

「……貴女は?」

「あたしはミオです」

「アタシはシノ」

と2人は名乗り、本題を切り出す。

 「……一昨日、警察署でルナに近寄るなと言った。その理由も、太陽騎士団の地位故のものでしょ?」

「でも、アンタは聖女じゃない。アンタのクローンが聖女。それなのに、聖女のネックレスを持ってる。……どう云うことなんだい?」

2人からの問いに、プリィは問い返す。

「……私から聞き出して、何を……」

「アタシたちは、アンタを護りたい。1人で日本に来た理由も重そうだし」

「……あたしもシノも、敵じゃない。それだけは、信じてください……」

と言った詩応と澪に、プリィは答えた。

 「……私は、聖女アリスの身代わり」

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