10 優等生は夜に打ち明けられる⑴

 いつものホテルについた。いつもの部屋が空いていたので、そこの部屋をとった。


 四方ピンクに染まった部屋を見て、なぜかとっても安心することができた。最初の頃は落ち着かなかったのにな。


「夜、ここで待っていてくれないか?」

「うん?」


 俺は夜にここで待つように伝えると、近くのコンビニに走った。そして氷や袋なんかを買うと、急いでホテルに戻った。


「正人くん?」

「はいこれ、赤くなってるところに当てた方がいい」


 ホテルに戻ると、買ってきた袋に氷と水を入れて袋の上を縛り、夜に渡した。


「ありがとう」


 夜は俺の渡した氷袋を受け取り、頬に当てた。冷たかったのか、一瞬ビクッと肩が動いた。


「優しいね、正人くん」

「そんことないって」


 俺は再び夜の隣に座る。

 互いに口を開かない時間が続いた。何と言えばいいのか分からなかったのだ。


 聞いてもいいのか、それとも聞いてはいけないのか?


 うーんと考えていると、夜が口を開いた。


「……さっきはありがとう。正人くん助けてくれてれて」

「気にしなくていいよ……頬っぺた痛いよな」

「うん、力一杯叩かれたからね」


 力なく笑う夜。その姿は、いつもの夜と明らかに違っていた。


「夜、あの人たちは君の両親なのか? 言いたくないなら言わなくてもいいよ」


 夜はゆるゆると首を横に振った。


「君の考えている通り、あの人たちは私の両親だよ。私を連れ戻しにやって来たんだ」

「連れ戻しに?」

「うん。実は私、家出の真っ最中なんだ。かれこれ半年くらい一人暮らしをしてる」

「そうだったのか」

「……本当はね、君にあんな姿を見せたくはなかった。君とはこのまま互いを知らない状態で繋がっていたかった。だってそっちの方が楽だからね」

「……」


 たしかに夜のいう通り、今までの関係の方が楽なのはたしかだ。互いに必要な時に会って、繋がり……その関係はいつだって切ることが可能だ。


 でもっと俺は思う。もう夜について"ここまで"知ってしまったら、力になりたいと思ってしまった。夜は俺を助け、そして背中を押してくれたことがあったからだ。


 俺は横にいる夜の瞳を見つめた。


「夜、君が悩んでるなら話を聞くよ。俺じゃ力不足かもしれないけど、君に少しでも恩返しがしたいんだ」

「正人くん……」


 夜は驚いたように目を丸くした。どうして驚いたのか本人にしか分からないけど。


「一つ訂正をさせてくれない?」

「えっ?」


 そう言うと、夜はそのまま俺の肩に頭を乗せ、体を預けてきた。


「私も正人くんから沢山力になって貰ってる。私、正人くんと居ると安心できた。力不足だなんて言わないで欲しい」

「そっか、なら訂正する。君の力になりたいんだ。だから、悩みがあるなら教えてくれないか?」


 夜は一度息を吸った。腕に夜が呼吸をしていたのが伝わったのだ。そして夜は息を軽く吐くと言った。


「私には1つ歳上の姉がいたんだ。とってもキレイで、そしてとても頭が良かった姉が」


 夜はゆっくりと昔を思い出すかのように、話し出した。


*夜 視点


 私には1つ歳上の姉が居た。名前は、葉子(ようこ)という名前だった。

 姉はとてもキレイで、小さい頃から近所では評判の女の子だった。


「お母さん、私また100点とったよ」

「すごいわ、葉子!」

「さすが、お父さんたちの自慢の娘だな!」


 さらに頭も良く、模試ではよく全国上位に入っていた。


 誰もが姉の将来を期待していた。まぁ、一番期待していたのは、両親だったと思う。きっと将来この子は、凄い子になるんだろうって。


 姉はとにかく完璧だった。欠点のない女の子だった。

 私はそんな姉に憧れたし、いつか姉みたいになりたかった。


 でも、私は上手くいかなかった。成績はいい方だったけど、100点をとるのはマレで、姉のように頭が良くなければ、姉のようにすごい美少女というわけではなかった。


「どうして、お姉ちゃんのように上手くできないの!」

「ご、ごめんなさ……うっ!」

「今日の夕飯は抜きだからな! 勉強しろ!」


 母と父からは、「どうして姉のようにできないのか?」っと怒られ、暴力を振るわれることが何度もあった。薄着のまま外に出されたり、食事を抜きにされたことも何回もあった。


「出来損ない」「失敗作」「早く居なくなればいいのに」……何度も言われたよ。

 そのたびに自分は言われた通りの人間なんだって思った。


 両親は出来た姉ばかりを可愛がり、出来損ないの私は見捨てられた。毎日のように泣いていたっけな。


 そんな最低な家庭環境なんだけどさ、私を唯一助けてくれた人がいたんだ。それが姉だった。


「夜、大丈夫?」

「お姉ちゃん」

「お母さん、お父さん! 夜に手を出すのは、やめて!」


 姉はよく父や母から私を庇ってくれたんだ。私を背の後ろに隠して、手を大きく広げて……とっても頼もしくて、安心できたことを覚えている。


「夜、分からないところはお姉ちゃんが教えてあげるからね」

「ありがとう、お姉ちゃん」

「気にしなくて、いいよ。私がしたいだけなんだから」


 お姉ちゃんは優しくて、とても温かくて、素敵な人だった。私はそんなお姉ちゃんが大好きだったんだ。どんなに両親に暴言や暴力をふられても耐えることができた。それは、姉が居たからだ。


……。


 けど、姉が高校2年生で私が高校1年生の時、姉は自殺をした。学校の屋上から飛び降りて、亡くなったんだ。

 信じられなかった、どうして姉が自殺をしたのかって。姉の部屋に1通の手紙があったんだ。そこには、自殺した理由が書かれていたんだ。


 姉は両親から期待されて育っていた。両親は暴言や暴力を振るうことはなかった。

 でも、過度な"期待"はしていたんだ。姉の進路は両親が決め、その他にも友人も何から何まで決めた。


 姉は家での自分の今の地位を守るため、そして私を守るために両親の言う通りに生きなくてはならなかった。

 なぜなら、姉の成績が落ちれば、姉が美しくなければ両親にとっては"意味のないもの"に変わってしまうからだ。そうなってしまっては私を守ることができないと姉は思った。


 だから姉は必死に勉強や過度なダイエットをし、両親からの地位を守っていたんだ。姉はそのことを、誰にも相談することがなかった。私も姉から相談を受けたことがなかった。


「お姉ちゃん大丈夫? 顔が真っ青だよ」

「……大丈夫、少し徹夜しすぎちゃったかな」

「そっか。今日はちゃんと寝るんだよ。あっこの匂い袋貸してあげる。この匂いを嗅ぐとよく眠れるんだよ!」

「ありがとう、夜。夜は優しいね」

「くっくすぐったいよ、お姉ちゃん」


 姉はいつも笑っていた。今思えば姉は笑って大丈夫なフリをしていたんだと思う。ずっと私は後悔しているんだ。どうして姉のことを気づけなかったんだろうって。

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