08 優等生は真昼に連れられる

 小日向さんから以前勉強を教えたことと、俺に告白した理由を教えてもらった。まさか、あの日会った女の子が小日向さんで、俺に好意を抱いてるとは……。


 小日向さんは話が終わったのか、あははっと笑った。


「私、こうして多田くんと一緒の時間を過ごせて、とっても幸せ」

「っ!」

「多田くん?」

「いや、なんでも」


 ない訳ではなかった。小日向さんの純粋な言葉が胸に突き刺さった。それも、深く。


「(俺との時間を幸せだって言ってくれるだなんて)」


 今までそんなこと言われたことなかった。むしろ親父には俺が家に居ることを疎まれていたくらいだ。

 じんわりと心が温かくなり、少し泣きそうになった。


「小日向さんは、優しいな。優しくてとっても素敵だ」

「うえっ?」

「だからこそ……」


 俺なんか好きになるべきじゃない。そう伝えたかった。こんな嘘で塗り固められた男より、もっと小日向さんには似合う人がいると思った。けど、それを伝えていいのか? 純粋な彼女にそれを伝えて何になる。ただ傷つけるだけだ。傷つけて、泣かせてしまうかもしれない。


 俺はその先を言えなかった。言えないことを、"理由"にしたかったからなのかもしれない。なぜなら、彼女を突き放さなければ彼女の温かさに触れることができるからだ。

 いつの間か小日向さんとの時間は、俺にとっても大切なものになっていたのかもしれない。


「……なんでもない。俺も、小日向さんと一緒の時間を過ごせて楽しいよ」

「ううっ」

「小日向さん?」

「多田くん、恥ずかし過ぎる」

「へっ?」

「そんな言葉言われたら恥ずかしくて、照れちゃう」


 小日向さんを見ると、小日向さんの顔はりんごのように真っ赤になっていった。その顔が可愛いく見えて、目に焼き付けておきたかった。なんだろう、この気持ちは?


「ねぇ、多田くん」

「何かな、小日向さん?」

「今週の土曜日って空いてる?」

「空いてるけど。どうかしたの?」

「なら、デートしようよ」

「えっ?!」


 小日向さんの言った言葉に、俺は驚いてしまった。


「やだ?」

「やだじゃないけど」

「私、ずっと多田くんとデートに行ってみたかったの。もっと多田くんと仲良くなりたい」

「(仲良くなりたいか、すごく嬉しいな)」

「だから、デート行こ?」

「……うん、いいよ」

「! やった」


 小日向さんは嬉しそうに笑いながら、ガッツポーズをした。


「約束だよ、多田くん」

「うん。約束だね、小日向さん」


 小日向さんと俺は顔を見合わせて笑った。本当なら行くべきではないってことも分かってる。でも、小日向さんと遊んでみたい気持ちが勝ってしまった。


「楽しみ、どこに行こうか」

「そうだな、ショッピングモールに行くのはどうかな?」

「すごく、楽しそう」


 それから俺たちはお昼を食べるのを忘れて、デートへ行く場所を話し合った。すごく楽しくて、当日がとても楽しみだな。



 デートの前日は、いつもの自動販売機前には行かなかった。というのも、後ろめたさを感じたからだ。夜には前日、そのことを伝えた。夜はそれを聞くとクスッと笑った。


『わかった。明日は、楽しんでおいでよ』


 そう言われて背中を押された。夜からはデートの極意を聞いた。俺は夜に感謝をしながら、頭にその極意を叩き込んだ。


『がんばれ、応援してるよ』

『ありがとう、夜』


 次の日。約束の土曜日がやってきた。

 前日までに色々準備は済ませてある。繁華街にある服屋へデート用の服を買ったりした。

 前日までそわそわして……まるで遠足前日の子供のような気持ちだった。


 小日向さんとの約束の時間は、午前10時に駅前集合だった。駅前に行くと待ち合わせをしている人や駅に向かう人がたくさんいた。俺は小日向さんと約束していた店の近くで待つことにした。


 実は10時集合だったのだけど、早くホテルを出たので、9時に待ち合わせの店の前についてしまった。早く着きすぎたが、遅れるよりいいだろう。

 そう思っていたいたのだけど、待ち合わせ場所に着いてからすぐに小日向さんがやって来た。互いに驚いた顔をしていたと思う。


「びっくり、多田くん早いね」

「俺は1分前に着いたばかりだよ。小日向さんこそ、待ち合わせ時間より早いよ」

「……その、家にいてもそわそわするから早く来ちゃった」

「ぷっあはは」

「いきなり笑い出して、どうしたの多田くん?」

「いやっ理由が俺と同じだなって思ってさ」

「多田くんも、そわそわしてたの?」

「うん、そわそわしてた。だって、今日が楽しみだったから」


 素直にそう言うと、小日向さんは嬉しそうに笑った。少し頬は赤く染まっている。


「そっか、楽しみにしてくれたんだ」


 その言葉を噛み締めるように、小日向さんはゆっくりと言った。

 ふと、小日向さんの格好が目についた。ブラウスにピンク色のスカートととてもかわいい格好をしていた。学校の制服とは違う可愛らしい格好につい魅入ってしまう。


「小日向さん、その格好」

「ん?」

「すごく、素敵だね」


 すると、小日向さんは嬉しそうに、そして恥ずかしそうに笑った。


「うん! ありがとう」

「……それじゃあ、行こう。予定より1時間早いけど」

「そ、そうだね」


 俺たちは2人肩を並べると、そのまま近くのショッピングモールに向かって歩き出した。


 2人で並んで歩くのは少し緊張した。初めてのデートだからかもしれない。


 ショッピングモールは駅を超えた先にあった。

 ショッピングモールには、スーパーや飲食店や服屋、雑貨屋、ゲーセン、小さな水族館などがあり、1日居ても楽しめる場所になっている。


 大きな自動ドアを抜け、ショッピングモール内に入る。今日の目的は水族館だったのだが、10時から開くということで、それまでショッピングモール内にあるカフェに入ることにした。

 最初はいつもより緊張して、上手く喋れなかったけど……時間が経つにつれて、だんだんと慣れてきた。


 カフェで1時間ほどお喋りをした後、俺たちは水族館に向かった。水族館は小さめで、イルカやペンギンは居らず、魚がメインになっている。


 水槽は大きなものから小さなものがあり、見慣れた魚や鮮やかな魚、小さくて可愛い魚を見ることができた。


「わぁ、キレイ。すごくキレイな魚だね」

「だね。こっちには、カクレクマノミがいるよ」

「本当だ。あっイソギンチャクの中に隠れちゃった」


 色々な魚を見ながら俺たちは感想を言い合った。「かわいい」「キレイだね」「凄いね」って。なんだかこういう会話は久しぶりだった。


「(そういえば昔、水族館に来たことがあったな)」


 母親と昔水族館に来たことを、何となくだけど思い出した。母親と手を繋ぎながら、俺はたくさんの水槽を見ていた。


『おかあさん見て! この魚、とってもキレイだよ!』

『ふふっそうね』

『? おかあさん、どうして笑ってるの?』

『それはね、幸せだからだよ』

『幸せ?』

『うん、大好きな正人の笑顔を見れて、お母さんとっても今幸せ』


 その時俺は意味が分からなかったけど、お母さんが幸せそうに笑っている姿を見れて嬉しかったことを覚えている。


「(あの時は、楽しかったな)」


「……くん、多田くん!」

「っ!」

「どうかした? ボーっとしてるけど?」

「あっあぁ、ちょっと昔を思い出してた」

「昔?」

「そう昔」


 俺はそれだけ言うと、小日向さんの手を引っ張った。話を変えたかったのだ。


「あっちにも珍しい魚が居るみたいだよ。行ってみよう」

「う、うん」


 だが、何気なく繋いだ小日向さんの手は温かかった。あの日、夜に手を掴まれた時とは違っていた。温かくて、ずっと一緒にいたくなってしまうようだった。


 それから俺たちは水族館を出るまで手を繋いでいた。この時の俺たちは、互いに手を離したくなかったのだと思う。互いの温もりに触れて、感じていたかったのだ。


「多田くん、今日楽しいね」

「そうだね、すごく楽しい」

「うん」


 彼女が笑う。その笑顔を見ているとまるで太陽のように明るかった。


「(あぁ、誰かに似ていると思ったけどお母さんの笑顔にそっくりだ)」


 彼女の笑顔は自分のような日陰ものですら照らしてくれる……そんな気がした。



 水族館から出ると俺たちは、雑貨屋巡りをすることになった。どうやら小日向さんは、雑貨屋巡りをするのが好きみたいだ。雑貨を見ている時の目がキラキラと輝いていた。


「か、かわいい。うさぎのぬいぐるみ!」


 どうやら小日向さんはうさぎのグッツが好きなようで、たまたま雑貨屋でやっていたうさぎフェアに夢中だった。うさぎのぬいぐるみに、うさぎのマグカップ、うさぎのボールペンなどさまざまなうさぎグッズが置いてある。


「どれも、可愛い」

「うん、そうだね」

「目移りしちゃう」


 小日向さんは色んなうさぎのグッズを見ながら、あーでもないこーでもないと繰り返している。


「あっこれ欲しい! これも! でも、買いすぎかな」


 うさぎのグッズを目の前にくるくる変わる小日向さんの表情。見ていてとても楽しかった。


「はっ!? ごめん多田くん、つまらないよね」

「いや、つまらなくないよ。雑貨屋をじっくり見るのって初めてだったけど、楽しいんだね」


 俺は近くにあったボールペンを手に取った。俺の場合、適当に文房具を買っていたので、雑貨屋に来るまでこんなに文房具の種類があるとは思わなかった。


「それ、軽量で書きやすい。試しに書いてみて」

「うん、ここに書けばいいの?」

「そうだよ」


 近くにあった試し書きの紙ににペンを走らせた。渦巻きを書いてみたり、花丸を書いてみたり、とても書きやすかった。


「こんなに書きやすいペンがあったんだ! 買っちゃおうかな!」


 あまりの書きやすさに感動してしまう。俺はいつの間にか文房具の魅力に取り憑かれていた。


「あはは」


 が、小日向さんの笑い声で我に返った。やばい、小日向さんをほったらかして文房具に夢中になってしまった。小日向さんに慌てて謝ると、小日向さんはゆるゆると首を横に振った。


「多田くん、とっても楽しそう。私、見ていて楽しい」

「ぷっ」


 その言葉に、今度は俺が笑う番だった。


「俺もさっきうさぎのグッズを見ていた小日向さんに同じ感想を持ってた」

「……じゃあ、私たち似たもの同士かもしれないね」

「そうだね」


 俺たちは互いに顔を見合わせて、笑顔を浮かべた。


「よし、今日はとことん楽しもう」

「うん!」


 ということで互いに好きな文房具やグッズを見ることになった。俺は何とか色んな文房具を見つけ会計を済ませた。


「(小日向さんは、まだグッズを見ているかな?)」


 小日向さんはうーんと唸りながら、うさぎのグッズを見ていた。どうやら何かを見て唸っているようだった。


「小日向さんどうかしたの?」

「!? た、多田くん。買い物終わった?」

「うん、終わったよ。小日向さんは何かを見て悩んでいたみたいだけど」

「うん、うさぎのブレスレット。とっても、かわいいの。でも、高いから諦めてたとこ」


 小日向さんが見ていたのは、金色のチェーンに金色の小さなうさぎが1つついているシンプルなブレスレットだった。


「買ってくるね」


 小日向さんはそう言うと、いくつかのうさぎグッズを手に取って、会計へと向かった。


「……」


 俺はジッとうさぎのブレスレットを見つめた。うさぎのブレスレットがキラリと光ったような気がした。



 外に出ると、いつの間にか真っ暗になっていた。ショッピングモールの外にある木につけられ電飾がピカピカと光っている。


「今日は楽しかった」

「そうだね」


 俺たちは電飾の灯された木の下にあるベンチに座っていた。少し肌寒かったけど、離しているうちに気にならなくなっていた。


「たくさん遊んだね」

「あんなに遊んだの、初めてかもしれない」

「そうなの?」


 あの後、俺たちは雑貨屋を出た後もショッピングモール内で遊びまくった。服屋さんに行ったり、本屋に行ったり、ゲーセンに行ったり……嘘偽りなく本当に楽しかった。


「……うちって父親が厳しくて、遊ぶことをずっと制限されていたんだ」


 俺は自分の手を組んで膝の上に乗せると、駅に向かう人たちを見ながら話した。小日向さんに話したくなったのだ。


「だからずっと憧れがあったんだ。友だちと遊ぶってどんな感じなんだろうって。だから、今日遊べてすごく楽しかったんだ。今日は誘ってくれてありがとう」


 素直な気持ちで感謝の気持ちを伝えた。


「そっか、ならよかった」


 小日向さんはそれだけ言うと、クスッと笑った。


「私も、すごく楽しかった。それに、今日は少し多田くんに近づけた気がする」

「へっ?」

「多田くん、家族のこと初めて話してくれた。多田くん自分のこと話さないから嬉しかった」


 思わず小日向さんに目を向けると、小日向さんは優しい笑顔を浮かべていた。


「もっと多田くんのことが知りたい、多田くんの話を聞かせて」


 小日向さんのそのセリフは、あまりに嬉しかった。思わず涙だが出そうになり、なんとか耐えた。今までそんなこと言われたことなかった。

 

「あまり、楽しい話じゃないけどね」

「それでもいい。多田くんの色んな話を聞きたいから」

「小日向さんって、嬉しい言葉を言ってくれるよね」

「それは、多田くんも一緒」

「そうだね」

「うん」

「「……」」


 俺たちはどちらかが言うでもなく、互いの手を重ね合わせた。手が重なり合い、温かみを増していく。手の温かみを感じながら、目の前の景色をジッと目に焼き付けた。


 電飾がつきキラキラと輝く景色。


 なぜかとっても、今まで見た中で一番キレイに感じた。


「ねぇ、小日向さん」

「ん?」

「これ」


 俺はポケットから小さな包装紙に包まれたものを出すと、小日向さんに渡した。


「これは?」

「開けてみて」


 小日向さんは包装紙を開ける。中身を見ると、目を丸くさせた。


「多田くん、これ」

「今日のお礼。小日向さんにすごく似合うと思ったんだ」

「で、でも」

「受け取ってほしい。今日の記念に」


 そう言うと小日向さんは、柔らかく微笑んだ。


「すごく、嬉しい。大切にする」


 小日向さんは包装紙からブレスレットを出すと、早速つけてくれた。とても似合っていた。

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