家から追い出された俺は、地雷系美少女に誘われて…

天春 丸。

優等生、父親から一万円札を渡される

 朝、父親から一万円札を渡された。

 父親は何事もなかったように、ポケットから一万円を取り出し、「ん」っと言いながら、ヒラヒラと一万円札を揺らす。


 何故父親から一万円を渡されたのか? 訳が分からなかった。俺は固まっていた。

 父親はどっちかというと、何か必要な教材や文房具がある時にしかお金をくれない人だったから。だから、父親が一万円札を渡そうとしてくるので、俺は固まっていたのだ。


「(別に必要なものなんて、無いんだけどな)」


 この一万円札を受け取るべきなのか考えあぐねていると、父親が俺の手を強引に掴み、一万円札を握らせた。くしゃりと一万円札が音を鳴らす。


「毎朝5時に玄関先で一万円札をやるから、お前はそれまで家に帰って来るな」


「……は?」

「学校に行く支度は、朝にさせてやる。分かったな」

「な、なんだよ、それ」

「これは父親命令だ、文句を言うな!」


 そう言うと、父親は俺を玄関から蹴飛ばし、家の扉を閉めた。ご丁寧に家の鍵を閉める音まで聞こえてきた。


 意味が分からなかった。

 呆然と地面に倒れ込みながら、俺は必死に頭を動かそうとする。

 なぜ父親にそんなことを言われたのか、なぜ朝になるまで家に帰ってはいけないのか。


「くそっ!」


 そこまで考えた時、あることが頭に浮かんだ。それは父親の恋人である女の顔だった。

その女は令子(れいこ)さんという若い女性で、父親の経営する会社で父親の秘書をしていている人で、しょっちゅう俺の家にやって来ていた。


 俺は正直、令子さんが苦手だった。会えばベタベタ触れてくるし、そういう夜の誘いを誘ってくることも何回もあった。


 令子さんが俺に構えば構うほど、父親の俺に対する当たりは強かった。暴力を振るうことも何回かあった。いわゆる父親の俺に対するみっともない嫉妬である。


「(あぁ。だから父さんは俺に帰ってくるなって言ったのか)」


 俺は父親が一万円札を渡す理由が分かった。きっと令子さんから俺を引き離したかったのだろう。


 俺はそれを理解すると、立ち上がり、膝の砂埃をパンパンっと叩いた。

 そしてもらった一万円札を財布に入れると家を後にした。


「(そっちがその気なら、こっちだって好き勝手にさせてもらうさ)」


 この時から俺、多田 正人(ただ まさと)の1日一万円生活が始まったのだった。


 最初は躍起になっていたと思う。そっちがその気なら、こっちだって好き勝手にさせてもらうって。


 しかしいざ1日一万円生活を始めてみると、それは案外心地が良いものだと知った。

 家にいれば父親はうるさかったし、令子さんとの聞きたくないイチャイチャ声が俺の部屋まで聞こえてきていた……それだけではない。


 安らぎの個室だと思っていた部屋に、令子さんが勝手に入ってくることもあった。そのたびに、部屋から令子さんを追い出すのは大変だった。


 毎朝お金をもらいに家へ帰らないといけないことはめんどくさいが、それ以外は快適なのかもしれない。


 ホテルのベッドに倒れ込みながら、俺は父親たちのいない自由な生活を謳歌していた。


 1日一万円札あればホテルだって泊まれるし、余ったお金で食事や娯楽品だって買える。


 まぁ、ホテルは安めだし、親の同意書は必要だけど、テレビやシャワー、ポット、冷蔵庫が部屋に備え付けられている。そう考えれば、自宅の家よりも快適だった。これで受験勉強がはかどるってもんだ。


「(成績を下げるわけにはいかないからな)」


 俺は学校では、優等生として周りから見られていた。

 成績は上位、授業は積極的に手を挙げ、クラスの学級委員をしていた。

 学級委員をやっていたこともあり、クラスメイトからは「委員長」と呼ばれている。だから俺は周りの優等生像を壊すわけにはいかなかったのだ。


 だって優等生像を壊せば、父親から何を言われるか分かったもんじゃなかったからだ。父親からは成績は常に上位で、将来は医者になれと言われていた。

 成績を落とせば、家族の縁を切るとも言われていた。俺には親戚や頼れる身内が居なかったので、勉強をやるしかなかった。生きるための術だった。


「(生きるためだ。しかない)」


 俺は必死に気持ちを押し殺した。

 

 一万円札を渡されてから1年、必死に勉強をした。父親のいう通りホテルに帰れば予習、復習をする毎日。

 学校に行けば、優等生として振る舞う日々。そんな生活を繰り返していた。


 だがそれから1年、俺が高2になった春頃になった時に、だんだんと胸が重くなっていった。なぜか苦しくて胸がぎゅーっとなるのだ。


 時折寝ようとした時、涙が溢れてくることもあった。

 悲しくないのになぜ涙が出てくるし、眠れない日々が続いた。気晴らしにテレビを見ても、図書室で借りた小説を見ても気分は晴れない。


 あまりに気分が晴れない日々が続き、父親からは口酸っぱく言われていたが外に出ることにしてみた。


 学生だとバレないように私服に着替える。

寒そうだったので、分厚いコートを着て外に出た。


 俺の暮らしているホテルは、繁華街の中にあった。

 昼間は静かな街だが、夜になると繁華街にある多くの飲み屋が開き、賑わう街へと変貌する。現にホテルから出ると酔っ払ったサラリーマンが騒いでいたり、客引きが通りかかった人たちに話しかけたり、シャッターの閉まった店の前で路上ライブをする若者が居たり……とさまざまだった。


 そんな喧騒を聞きながら、フラフラと街を歩く。目的なんてものは、何もなかった。ただ、俺は何かを探していたことだけは分かった。


 そしてなぜだがこの喧騒の中にいると安心する気持ちになった。


「はぁーっ」


 外は寒く、冬ということもあり、空気はとても冷たい。まるで氷水に手を突っ込んだ時のような、ピリピリとした痛さを全身に感じた。手を擦り、白い息を長く長く吐きながら歩いていると、たまたま自動販売機を見つけた。

 自動販売機に温かい飲み物が売っていて、寒さのあまり思わず近寄る。


 温かい飲み物を見てみると、5つの飲み物に赤いライトがついていた。


 しかしボタンを見てみると、1つ以外売り切れと書かれていた。どうやらみんな考えることは同じなようで、寒いから温かい飲み物を買っていったらしい。

 唯一残っていたのは、おしるこ&緑茶という謎の飲み物が売っていた。

 正直飲みたくはなかったが、寒い中冷たい飲み物を買いたくなかったのと、案外この世は合わないと思っていた2つのものが実は合う! なんてこともある。味噌と牛乳の組み合わせとか、フライドポテトとバニラアイスとかな。



 俺はポケットから財布を取り出す。よく行く服屋に売っていた千円以下の長財布だ。


 長財布から100円と50円玉を取り出すと、小銭の投入口に入れる。ガチャンガチャンと小銭が落ちる音がした。


 おしるこ&緑茶のボタンが点灯したのでボタンを押す。

 すると、おしるこ&緑茶の缶が下に落ちてくる。取り出し口から缶を取り出すと、予想以上に熱くて落としそうになった。なんとか飲み口近くをつまむように持ちながら、コートのポケットの中に入れる。もう少し冷めたら飲もう。


「さて、どうしたもんかな」


 成り行きで外に出て飲み物を買ったが、この後どうすればいいかわからなかった。けど、ホテルに帰ってもやることなんてないし……。


 うーんとうなりながら自動販売機前で立ち止まっていると、騒がしい声が聞こえてきた。


 声のした方を見ると、そこには髪を長く伸ばしたピンク色のヒラヒラの服を着た女の子(いわゆる地雷服)とスーツを着たおっさんが何かを言い争っていた。おっさんは女の子の腕を掴み、女の子はその腕を必死に振り解こうとしている。


 通行人はそんな2人を遠巻きでみたり、またかと呆れながら通り過ぎたり、スマホで撮ったりと反応はさまざまだった。しかし誰も助けに行こうとしない、俺と同じだった。


 この街ではそれは日常茶飯事だったし、助けて面倒ごとに巻き込まれるのもごめんだった。


「(さっさと別の場所に移動しよう)」


 そう思って背を向けようとした。


 が、一瞬女の子と目が合った。目が合っただけなのだが、その子は無表情で俺の顔を見つめ、おっさんの腕を振り解き、こちらに向かって何故か走ってくる。女の子は俺の隣に肩を並べると、腕を掴み、ジッと俺の顔を見つめた。


「助けて欲しいの」

「えっ」

「お願い」


 さすがにどう反応すればいいのか困った。このまま巻き込まれるのは、めんどくさかった。が、女の子にギュッと掴まれている腕がカタカタと震えていることに気がついた。


「(うーん、さすがに見て見ぬふりはできない)」


 俺は女の子の手を腕から外すと、空いた手を掴んだ。


「走るぞ」

「! う、うん」


 女の子も俺の言いたいことが分かったのか頷くと、一緒に走り出した。


「ま、待てぇ!!」


 後ろからおっさんの怒鳴り声が聞こえてきたが、構わなかった。俺たちは路地を入り、クネクネとした道を出たり入ったりして、おっさんのことをまいた。


 必死に走っていたのだろう。息が限界になったころ、おっさんの怒鳴り声は聞こえなくなっていた。


「な、なんとかまけたみたいだな」


 女の子の手を離し、俺は肩で息をする。運動は苦手ではないが、さすがに何十分も走り続けるのはキツかった。女の子も走りっぱなしはキツかったんじゃないかな?


「大丈夫? 水あるけど飲む?」

「……」

「どうかした?」

「いや」


 が、女の子は走って髪が少し乱れているくらいで、疲れている様子はなかった。むしろ涼しい顔をしていたくらいだ。どうやら疲れているのは、俺だけだったみたいだ。


「(な、情けない!)」


 俺は自分だけ疲れているのが情けなくって、その場にしゃがみ込みたいくらいだった。


「大丈夫、情けなくなんてなかったよ」

「えっ?」

「私、体力には自信があるの」

「(なんで俺の心が分かるんだ!? え、エスパー?)」

「ふふっ君、すごく分かりやすい顔するんだね。エスパーじゃないよ。ただ、君の表情を見て当てただけ」

「そ、そんなに分かりやすいかな?」

「とっても」


 女の子はそういうと、ニコリと笑顔を浮かべた。さっきまで急いでいたから分からなかったけど、とてもかわいい女の子だった。


 黒いサラサラの髪に、まつ毛は長くクルンとしていて、大きな瞳はぱっちりしている。鼻筋は高く、肌はミルクのように滑らかで白い。


 化粧をしているのか、ピンク色のチークやピンク色の唇が異様に目立った。

 女の子は俺がジッと見ているのを知ってなのか、クスリと笑った。その笑みは蠱惑的で、見ているだけで彼女に夢中になってしまいそうだった。


「私は夜って言うの。助けてくれて、ありがとう」



 これが彼女、"夜"との出会いだった。

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