9.クセがすごい(スティーブ)
「……ち、ちょっと待てくれ! 今のは冗談で言ったつもりだったんだけど!」
「良い案じゃん。どっちにしろ、選択肢なんて全然ないんだし!」
「え〜!?」
一瞬にして冷や汗が湧いてくる。まさかウチに泊まることを本気にしてくるとは、思いもよらなかった。
さっきのマエルとの会話中、車のタイヤが道路の段差に乗り上げ、腰に尋常じゃない激痛が走った。そのせいで、変なタイミングで返事をするハメになっちまった。
それからどうにも頭が回らず、軽口で自分の首を締めまくっている。
ぐぬぬ、しかしマズい……!
冗談でも言うんじゃなかった……!
どう回避しようか試行錯誤していると、マエルが真剣な面持ちで語りかけてきた。
「図々しいお願いなのは分かってる。だから、その代わりにお婆様や家のお世話は、私がするから……」
「おー待て待て待て待て、無茶言うなって! 会ったばかりのマエルにそれは頼めないわ! しかもウチのばあちゃん、かなりの“曲者”なんだぞ!?」
「心配しないで。貴族の社交界なんて曲者だらけだったから、ある程度の耐性あるし」
本音を漏らしてしまったけど『耐性ある』って返されてもなぁ。その加減がどのくらいかなんて、分からないし。
「それに私、ちょっと“気になること”があるんだ」
「気になること?」
「うん。あなたの家に着いたら話すよ」
どこか意味深な言い回しに、俺は「わ、わかった」とついに了承してしまう。マエルが申し訳なげな表情で「わがまま言って、ごめんね……」と謝ってきた。
「い、いいって! マエルが来てくれたら、俺も助かるしさ……!」
彼女がウチに来るなんて、嬉しいは嬉しい。でも何とも言えない、複雑な心境なんだよな――。
しばらくして閑静な住宅街へと入っていく。レンガ造りの平屋が立ち並ぶ中、赤みを帯びた外壁の家が見えてくる。俺の生家だ。
敷地に駐車して降り立ち、小さなガラス窓が嵌められた、木製玄関の前にマエルと共に立つ。
「ばあちゃん、この時間だとまだ寝てると思うんだ。起こすと超面倒だから、静かに入ろ……」
と、声の大きさを極力抑えて話しかける。さっき変に脅してしまったせいか、マエルは緊張した顔でソワソワとしていた。
「う、うん……ちなみに、お婆様のお名前は?」
「テレだよ。名前は可愛らしいけ――」
言いかけた瞬間――突如バキッという音がした。
俺の顔面をスレスレに、玄関扉から“矢の先端”がなぜか飛び出している。
扉に突き刺さっている矢尻から視線を外し、ゆっくりとマエルの方へ首を向ける。彼女は目をパッチリとガン開きにしたまま、背筋を伸ばして硬直していた。
な……何が起きた……?
家の内側から撃たれたぞ……!
ばあちゃんの身に危険を感じた俺は、怯えるマエルを咄嗟に背後へ隠し、玄関を開錠して扉をバンッと開いた。
すると――ダイニングの椅子に座わったばあちゃんが、何食わぬ顔でボウガンを構えていた。
「ば、ばあちゃん……!?」
と驚きながらも、ボウガンをヒョイっと奪い取る。
ギョロリと力強い目元をしたばあちゃんが、肩をすくめて「なんだ、アンタだったんかい」と、酒焼け気味の掠れた声で言った。
「だったんかいじゃないっつの! なに物騒なもんぶっ放してんだよ!? 死ぬとこだったぞッ!」
「こんな時間にアンタが帰ってくることなんて、殆どないからね。空き巣だと思って、扉越しに頭ブチ抜いてやろうとしたのさ」
どうやらガラス窓から見えた2人の影が、なかなかノックもせずにいたのを不審に思った様子。それにしたって、過激にも限度があるだろと。
「……カスカリーノ家にいたのが“ばあちゃんじゃなくて良かった”って、本気で思うわ」
眉間に皺を寄せたばあちゃんから「何の話だい?」と疑問を投げられ「なんでもないっす」と即答する。
「んで、そこのお嬢さんは?」
背後でずっと俺のコートの裾を握っていたマエルがビクッと反応し、ゆっくりと姿を現した。
「も、申し遅れました。スティーブさんと
「なッ……!」
おいおいおい、何を言い出すんだマエル!!
驚きのあまりマエルを凝視して石像みたく固まると、彼女がウィンクで合図を送ってきた。でも全く意図が掴めないまま、ばあちゃんが目を細めて、テーブルに頬杖をつく。
「ほ〜う、何とも可愛らしい娘じゃないか。ワタシの若い頃の方が断然可憐だったけど」
「……いや、冗談キツいって。マエルはボウガンなんて撃たないし」
「ふん、自分の身を守るのに、可愛いもへったくれもあるかい」
「そんなことより、マエルにはちょっとした事情があってさ。3日間だけここに置いてあげたいんだけど、いいだろ?」
俺を見上げたばあちゃんが「別に構わないよ?」と、意外とすんなり承諾してきた。しかし。
「だがちょいと待ちな、今
「金とるんかいッ!」
痛たッ……!
また余計に力んじまった……!
腰痛がとっくに限界突破しているのに、こんな茶番に付き合っている暇はない! ばあちゃんのことはさておき、薬をまとめている棚で鎮痛剤を探し始めた。
ところが、あるはずの鎮痛剤がいくら探しても見当たらない。
「あれ? ここに置いてあった
「
焦った俺は、すかさず「わぁぁぁいッ!」と大声を上げて、ばあちゃんの言葉をかき消そうとした。しかし、マエルが「スティーブさん、鎮痛剤って何のこと?」と尋ねてくる。
そこへ、ばあちゃんがニヤリと不気味な笑顔を浮かべた。
「こいつはタクシー運転手っていう仕事柄、腰痛になり易いんだよ。鎮痛剤を探してるってことは、アンタ爆裂したね! カッカッカ!」
マエルがハッとした表情をし、両手で口を覆う。ついにバレちまったことに、肩を脱力させた俺が大きな溜息を吐く。
「はぁ……爆笑してないで、早くどこにあんのか教えてくれよ」
そういうと、ばあちゃんは別の棚から痛み止めと座薬を取り出し「ほらよ」と手渡してきた。俺が探す場所を普通にミスってた模様――。
落ち着きを取り戻した俺らは、玄関に刺さっていた矢を抜きがてら、ばあちゃんを置いて一旦外へ出ることに。
陽が傾き始めていた空の下で、改めてマエルに嘆息しつつ話しかける。
「マエルがいきなり変なこと言い出すから、ビックリしちまったじゃないか」
「テレさんを安心させるためだよ。それに私が泊まる話するなら、その方が何かと便利かなって思ってさ……」
安心?
「え〜? ん〜、まぁいいか! それで、ばあちゃんあんな感じだけど、大丈夫そう?」
「全然平気! とってもユーモアなお婆様じゃん! 思ってたより、ずっと元気そうで良かった」
「パッと見はね。ホントは不安なはずなのに、強がってるだけさ」
苦笑いとも取れる微笑みを浮かべたマエルに、やれやれといった感じで両手を広げる。すると彼女が「……それより、腰痛の方はどう?」と話題を変えてきた。
「うん、鎮痛剤飲んだから、もう大丈夫だよ」
「……どうして黙ってたの? 海に行く時から、ずっと我慢してたんでしょ?」
「ま、まぁね。でも、雰囲気的になかなか言い出せなくてさ、ごめんな」
マエルがしゅんとした顔で「謝ることないよ……」と俯く。空気が読めないばあちゃんのおかげで、カッコつかなくなっちまったわ。
「あ、さっき言ってた“気になること”って、何だったんだい?」
「そうだった! あのさ、暴落しちゃった銘柄の“株券”ってある?」
「株券? 何それ?」
「う、うそでしょ!? そんなのも知らなかったの!?」
目が点になったマエルに「見たこともないっす」と告げたら、彼女は呆れるように首を横に振った。
「はぁ……やっぱりね。話聞いてて“怪しいな”って思ってたんだ。それってさ、買ったフリされて預けたお金使い込まれちゃってない?」
「ど、どういうこと?」
「“騙されてるんじゃないか”ってこと! もし本当にそうなら、失ったお金……返して貰えるかも」
だ、騙されてる?
え……誰が? ――。
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