11 西村川衣料洋品店
翌朝起きると既に波留は朝食の準備をしていた。
「おはよう。」
築ノ宮が彼女の後ろに近づきそっと抱き肩越しにテーブルを見た。
おにぎりがいくつかそこにあった。
「朝はおにぎり?」
「今日はね。」
波留が彼を見上げた。
「おにぎりを握った事はある?」
「あるけど昔だよ。」
「じゃあ作って。」
波留は築ノ宮に経験がない様な事をさせようとする。
それはそれで彼には面白いのだ。
波留は彼の手の上にラップを乗せてご飯を乗せた。
「あ、熱い!こら、わざと?」
「さあ。」
それを見て波留が笑う。
築ノ宮は器用におにぎりを握った。
「上手いじゃない。」
「修行している時に何度も作ったよ。」
「修行ってヒナトリさんとの?」
「そう。お山にこもって3年生活したよ。」
波留が不思議そうな顔をした。
「でも修行って何をしていたの?」
築ノ宮がふっと笑う。
「私の性根を叩き直す修行だったよ。」
築ノ宮はその時を思い出す。
最初は穂積師の命令で何も出来ず口もきけない
小さなヒナトリの世話をしたのだ。
だがやがて彼はがらりと変わった。
よくしゃべりよく食べて一年もしないうちに
築ノ宮の背を越えた。
穂積師は術に関しては何も教えなかった。
それはもう築ノ宮に教える必要はなかったからだ。
彼はヒナトリと一緒に生活をするだけだった。
最初は穂積師の意図は分からなかった。
だが今は理解している。
小さな物の怪に囲まれてにこにことしているヒナトリを
築ノ宮はいつも少し離れた所から見ていた。
そのヒナトリは生きて行くのが辛いと言う物の怪の言葉を
築ノ宮に伝えた。
人も物の怪も同じなのだ。
生きて行くために必死なのだ。
黙り込んだ築ノ宮を波留が見上げた。
彼女の瞳に光が走る。
築ノ宮はずっと物の怪と近づきたいと思っていた。
そして今それは自分の腕の中にある。
「いや……、
それで沢山作ったけどどうするの?」
「公園に行かない?
何年か前に出来た大きな公園。」
「地下に大きな貯水槽がある所?」
「そう。綺麗なんだって。一度行ってみたかったの。」
そこはヒナトリと更紗が関わっている場所だった。
雨水を調整し洪水を防ぐ巨大な貯水槽だ。
それは人の生活も守るが、
その場所はこの国の要のような場所だった。
そこには雨が流れ込み、同時に人の闇も集まってしまうのだ。
それは普通の人には分からないものだ。
だがそれが溢れ出すと何が起こるか分からない。
それを防ぐためにヒナトリと更紗がいる。
そしてその仕組みの中に彼の師の穂積もいる。
「一度行ったな。出来たばかりの頃だけど。」
それから何年か経っている。様子も知りたいと彼は思った。
「行こうか。」
二人は準備をして車で出かけた。
「でもこの車って高いよね。」
波留が外の景色を見ながら言った。
「そこそこだよ。」
と築ノ宮は言うが彼のそこそこはよく分からない。
波留のいるマンションにはいつの間にか彼の私服も置いてあるが、
全てブランド物だった。
今日も結構なブランドの服だ。
「アキってお金持ちなんでしょ。
服もブランド物ばかりだし、家も凄いんじゃない?」
何となく探る感じの波留の物言いだ。
築ノ宮はどうしようか迷った。
「ハルには悪いけど理由があってしばらくは私の自宅には呼べないんだ。
確かにお金はあるけどね。」
自宅に彼女を呼ぶのは無理だった。
何しろ自宅にはマンション以上の厳重な結界が張ってある。
そしてそれを消すのは無理なのだ。
それを聞いて波留は気を悪くするかもしれないと築ノ宮は思った。
だが、
「そうね、私は今のマンションで会えるだけで良いわ。」
と波留が笑った。
彼女の本意は分からない。
もしかすると本当は気分を悪くしたかもしれない。
彼女は元々控えめな性質だ。
だから我慢しているのかもと築ノ宮は思った。
「本当にごめんなさい、どうしても理由は言えません。」
「良いのよ。」
「それで、その、」
少しばかり口ごもりながら築ノ宮が言った。
「服とか車とか、ビジネスで会う人達は
そう言うのを気にする人が多いんだよ。
だからはったりを利かす意味もあるんだ。ある意味必要経費。」
彼はどこかの組織のトップなのだ。
体裁を整えるのは当たり前だ。
「でも普段もすごい服じゃない。
私が働いているモールだとすごく目立つわよ。」
と言っても本人が纏っているオーラ自体もすごいのだ。
ともかく彼は長身で仕草も洗練されている。
「目立つ?」
「ええ、時々カプセルトイにすごい人が来るって。
帽子をかぶってすごいブランド物の服と鞄を持って、
半日ぐらいかけて何万円分もカプセルトイを買う人の噂があるの。」
築ノ宮がくすくすと笑い出した。
「私だな。」
「そうよ。それで私の所にもその人お客さんなのって
聞きに来た人がいるの。」
「どうやって答えたの?」
「時々来て下さるお客様って言ったわ。」
「まあその通りだけど。
でもあまり目立たない方が無難?」
「かも。」
築ノ宮が車を停めてハンドルに手を掛け
微笑ながら波留を見た。
「どうしたらいいと思う?」
波留は少しばかりドキリとする。
「その、普段はお手頃な服を着た方が良いのかも……、」
築ノ宮が彼女の頭に手を伸ばして撫でた。
「ハルを見ていると自分が世間知らずだと分かるよ。」
「ごめん、なんか気に障った?」
築ノ宮が首を振る。
「いや、全然。トレーナーだから良いと思っていたよ。
みんなよく見てるんだね。」
「と言うかアキが目立つのよ。」
「じゃあ、」
築ノ宮が車を発進させた。
「服を買いに行こう。地味なもの。選んでくれる?」
「え、ええ。」
「ついでにハルの服も買おう。」
「えっ。」
「だっていつも同じ服だよね。
それに仕事の服はちょっといいものの方が良いよ。」
築ノ宮が街中の一軒の店に向かった。
「先に私が選んであげるよ。」
着いた店には波留が見た事もない婦人服が
沢山置いてあった。
「いらっしゃいませ、築ノ宮様。」
年配の洗練された様子の女性が出て来て頭を下げた。
マダムと言う感じだ。
そしてちらりと彼の後ろにいる波留を見た。
少しばかりおどおどと波留が頭を下げると
その女性はにっこりと笑った。
「いらっしゃいませ。」
気後れしていた波留だが彼女の笑い顔を見て
少しばかりほっとした。
気取った店のような気がしていたが、
彼女の顔は優しかった。
「マダム、お願いがあってお伺いしたのです。
彼女に似合う服を選んでいただきたい。」
「はい、承ります。
どのような雰囲気のものを。」
築ノ宮が波留の肩に触れて前に出るよう促した。
「彼女を見てどう思います?」
店主は少し首を傾げて波留を見た。
「不思議な雰囲気をお持ちの方ですね。
そしてなんて綺麗な髪の色……。」
「波留さんと言うお名前です。
そして占いをしているのですよ。」
「あら、特殊な力をお持ちなのね。」
彼女はほほと笑った。
「それなら少しばかり神秘的な雰囲気が良いでしょうね。
髪の色を生かした優しい色合いはどうでしょう。」
店主が並んでいる服から一つのワンピースを取り出した。
白地に薄い桜色の花が所々まとまって咲いている模様の服だ。
「髪と白いお肌ならまずはこのワンピースはいかがでしょうか。
でも眼鏡は普段からかけていらっしゃるの?」
波留は今は黒い縁取りの大きな眼鏡をかけていた。
「あ、いえ、これは……。」
「それは私が外に行く時はかけて下さいとお願いしたんです。」
と築ノ宮がすました顔をして言った。
「お顔は他の人には見せたくないと?」
「そうです。私だけです。」
波留の顔が赤くなる。
それを聞いた店主が微笑んだ。
「まあなんて独占欲でしょう。あなたも大変ね。」
「いえ、あの、」
波留はしどろもどろになる。
「でも嬉しいです……。」
店主は少し驚いた顔になったが、
すぐに声を出して笑った。
「じゃあ眼鏡をかけても浮かないものにしましょう。」
と彼女は何枚かワンピースを選び出し、
試着をするために波留を奥に誘った。
試着室でワンピースを波留に彼女が渡す。
「波留さんとおっしゃったわね。」
「は、はい。」
「築ノ宮様は優しいでしょ?」
「はい。」
彼女は優しく笑う。
「築ノ宮様は何度か女性を連れてお越しになったけど、
あんな感じの事をおっしゃったのは初めてよ。」
「初めて?」
「私だけって……、ね。
目が覚めるような服を選ばないと私が叱られそうだわ。」
彼女が波留にウインクをした。
店主は3枚ワンピースを選んだ。
少しばかり色の強い服だ。そして普段着も何枚か選ぶ。
それを波留が着て築ノ宮に見せると、全てに彼は頷いた。
「やはりあなたにお願いして良かった。」
「はい、ありがとうございます。」
そしてマダムはいくつか髪飾りも選んだ。
「胸元のブローチはいつもつけていらっしゃるの?」
「ええ、築ノ宮さんからのプレゼントで。」
マダムはにっこりと笑った。
「とても綺麗なローズクォーツね。あなたによく似合うわ。」
「ありがとうございます。」
最初は少しばかり波留は気後れしていたが、
今ではすっかりこの店が好きになっていた。
「お仕事の時はこの髪飾りをつけると
感じが良いと思うの。」
それは小花が付いたバレッタだ。
波留がワンピースを見ると全てが花柄だ。
「どうしてかあなたを見ると花のイメージが出てくるの。
だからお花を中心に選んだけど、
築ノ宮様も気に入って下さって良かったわ。」
とマダムは笑った。
そして築ノ宮はカードを出して会計をしているが、
一体いくらかかったか波留には分からなかった。
多分かなりの額だろう。
そしてこの店にいる間客は他には来なかった。
二人は店の外に出る。
その店はレトロな作りでビルとビルの間にある
こじんまりとした店だ。
モールガラスがはめられた木造りの扉には
『
店の前は人通りはあるが誰もその店は見ていなかった。
「ハル、あの店って……。」
築ノ宮がふと笑う。
「変わった店だろ?」
荷物を持った彼はそれ以上何も言わなかった。
それにあの店の雰囲気だ。彼女には分かった。
女主人は人だったが店全体に漂うものは
人ならざるものの気配だ。
それは波留にとって違和感はなかった。
むしろ心地良くもあった。
「そうね。」
築ノ宮には分からない事が多すぎる。
そしてそれを問い詰めても何も言わない気がした。
「なら今度は私がアキに服を買ってあげる。」
「えっ、自分で買うよ。」
「良いの。今は家賃は浮いているし、
アキは食費とか出してくれているでしょ?」
「まあそれぐらいは出さないと。」
「だから最近貯金が出来てるの。」
波留がにやりと笑った。
「それは素晴らしい話だ。」
築ノ宮もニヤリと笑う。
「ならハルのモールに行こうか。」
「だめよ、また噂が立つから。」
「良いよ、噂させれば。私は平気だ。」
「私は平気じゃない。」
波留は顔を真っ赤にして築ノ宮を見た。
彼はそれを見て笑い出した。
「分かったよ、公園の近くにも別のモールがあるから
そちらに行こう。」
二人はショッピングモールに行き、いわゆる既製品を買った。
多分先程波留が買ってもらった服の価格の一割にも満たないだろう。
築ノ宮は自分が着替えた姿を見て、
今までの変装一式が浮いていたのかもと思った。
被っている帽子も今までの価格の1/10だ。
「今まで被っていた帽子より今来ている全部の服の方が安いわよ。」
波留が額を指さした。
「ベースボールキャップのここにはブランド名が
しっかり刺繍してあるから、
何を身に付けているのか分かるわよ。」
「思いも寄らなかった……。」
波留はもしかすると築ノ宮は着るものに関しては
全く気にしていないのかもと思った。
さっきも服を選んでいる時も真っ赤なトレーナーや
黄緑のジャージを選んでいたのだ。
結局は波留が選んだ地味な色の服になったが。
「赤い物の方が良いと思うんだけど。」
「でもいつも着ていたトレーナーは地味な色だったじゃない。」
「ああ、あれは部屋着として家政婦が選んだ。部屋着は全部あんな色だよ。
だから違う色も着たかったんだけど。」
「だからと言って真っ赤なものとかは。
模様も微妙だったじゃない。」
「……可愛いと思って。」
彼が選んだ赤いトレーナーには
首だけ長いキリンの絵が描いてあった。
今は目的の公園まで来てベンチに座りお弁当を食べていた。
平日の昼だ。
ほとんど人はいない。
築ノ宮は周りを見た。
ここに来たのは2年ぶりだろうか。
この公園の下には巨大な雨水貯水槽がある。
それの完成式に出席したのだ。
その時は植木もひょろひょろとしたものばかりだったが、
今では少し成長している。
そして彼は全体の気配を探った。
貯水槽には今の所は
だがそれはいつの間にか増えているはずだ。
それがあまりにも溜まるとそれは
あのヒナトリ・アンティークの祭壇に送られる。
そして更紗がそれを浄化しヒナトリがそれを受ける。
その流れの中に彼の師である穂積がいる。
既にこの世の者ではないが彼がいなければ
その流れは滞ってしまう。
この街を、国を救うために穂積と更紗とヒナトリは
その身を捧げているのだ。
柔らかな気配が築ノ宮を包んでいる。
穂積は彼が来ている事を知っているのだろう。
そして彼の横にいる波留も穂積は見ている。
「ねぇ、」
波留が築ノ宮を見た。
「綺麗な公園ね。とても気持ちが良いわ。」
と彼女は笑った。
築ノ宮も同じ気分だった。
かつて築ノ宮は修行の終わりに穂積に聖域を作ると話した。
その時穂積は何も言わなかったが大きく頷いた。
それは間違いなく穂積が築ノ宮に教えたかった事なのだろう。
今二人を包む様子はのどかだ。
築ノ宮は自分が行っている事は間違っていないと確信した。
「そうだな、ここは大事な公園だ。
少し散歩しようか。」
二人は荷物を片付けると手を繋いで歩き出した。
芝生には鳥が何羽かいた。
何かを探しているのか地面をつつきながら歩いている。
近くの池には渡り鳥が浮いていた。
穏やかな景色だ。
そこを二人で歩く。
小さな事かもしれない。
だが築ノ宮はこれが幸せなのだと感じていた。
西村川衣料洋品店にまた客が来た。
気配に気が付きマダムの西村川が扉を見ると、
派手な背広を着た初老の男性と派手な服を着た女性がいた。
西村川衣料品店は客は滅多に来ない。
だが今日は午前中にはカップルの客が来た。
そして午後もカップルだ。
「いらっしゃいませ。」
マダム、西村川が立ち上がり頭を下げた。
「
「おう、見繕ってくれ。」
と橈米が連れの女性を顎で指した。
かなり派手な美人だ。
彼女は店内を見渡し匂いを嗅ぐ仕草をした。
そしてその女性は露骨に嫌な顔をした。
「あたしは嫌よ、こんな地味な服。」
「何言ってんだ、高いんだぞ。」
「高けりゃいいってもんじゃないわよ。」
女性はふんと顔をそらして店を出て行った。
だが橈米はにやにやと笑いながらそれを見る。
「どういたしましょうか。橈米様。」
西村川が言うと橈米が店内を見渡した。
「なんだ、彬史が来たのか。」
彼女の表情は変わらない。
「さあ。」
「隠しても分かるぞ。
女と一緒だな。珍しい事もあるもんだ。」
橈米はにやにやと笑った。
「どんな女だった。」
彼女の顔は変わらないが隠しても無駄と思ったようだ。
「普通の女性です。」
「違うだろ。なんか雰囲気違うな。」
このままではもっと詮索されるだろう。
「先ほどの女性の方は奥様ですか?」
「う、まあ、そのなあ。」
彼は小指を立てた。
「彬史には秘密な。」
と言うと彼は出て行った。
しばらく西村川は扉を見ていたが、
彼女は少しばかり口元を歪めた。
「橈米様は分かっていらっしゃるのかしら。
あの女の人……。」
彼女は午前中に来た築ノ宮を思い出す。
「お身内でも女性の好みは違うみたいね。」
彼女は波留を思い出した。
先程の女性と違って全然垢抜けていなかった。
だが素直そうな性格だ。
そしてあの築ノ宮の様子だ。
彼は何度もここには来たが感情はよく読めなかった。
だが今日はありありと見えた。
彼女はふっと笑う。
「良い出会いだったのかもね。」
だが橈米は違う。
彼にはいつもどろどろとした影が付きまとっていた。
それは今まで彼が行って来た事のつけなのだろうか。
何にしても彼女には関係のない話だった。
彼女は奥に入りミシンを踏み出した。
この店の服は全て彼女の手作りで一点物だ。
特別製だ。
そして訪れる客も特別だった。
橈米が店から出ると、
外で女がタバコを吸いながら立っていた。
「遅い。」
彼女は不機嫌そうに言った。
「
橈米はにやにやしながら言った。
「ところでさっき何か言っていたわよね。」
彼女、愛雷は吸い終わったタバコを下に落とし踏んで火を消した。
「中でか、」
「あきふみ、とか。」
一瞬その名を出した時は愛雷は外にいたのではと
橈米は思ったが、
彼女は橈米の腕にぎゅっとつかまった。
「ここ、路上喫煙禁止区域だった。」
愛雷が鼻で笑うと彼女の近くに指導員らしき人が寄って来た。
「あの、すみませんが、」
と指導員が声をかけた時だ。
橈米がにやにやしながら彼の前で指を振った。
すると指導員の顔がぽかんとなる。
「軽々しく声をかけるな。」
そして二人は彼を見下すような目で見るとそこを離れた。
しばらくすると指導員ははっと気が付く。
何をしていたのかよく分からないようだったが、
目の前に吸い殻が落ちている。
やれやれと言った様子で彼はそれを拾った。
彼には苦労が多い。
街を美しく安全に保たなくてはいけない大変な仕事である。
公園からの帰り道築ノ宮が彼女に言った。
「モンちゃんに行こうか。」
「えっ、あ、そうね、しばらく行ってないね。」
「私はモンちゃんにお礼が言いたくてね。」
「お礼?」
運転中前を見ながら築ノ宮は言う。
「前にいたマンションにお好み焼きを持って行ったよね。
あれはモンちゃんがあの子の所に持ってけって言ったんだよ。」
「モンちゃんが……、」
「でもあの子をからかうだけなら帰って一人で食べろって。」
波留は彼の横顔を見た。
「持って来てくれたよね。」
「ああ、凄い顔をして食べてた。」
波留はそれを聞いて恥ずかしくなった。
やけくそで泣きながら食べていたのだ。
「あ、あれはその……、」
「可愛かったよ。」
ちろりと築ノ宮が彼女を見た。
「可愛いって……、」
「口の周りがソースだらけだった。」
「もう!」
笑いながら彼が彼女の頭を撫でた。
「車を置いて歩いて行こう。
今日はお礼にモンちゃんにビールを奢るつもりだから。」
黄昏時、モンちゃんの前に行くと中から笑い声が聞こえて来た。
中に入ると男性客が二人おり、モンちゃんと話している。
「いらっしゃい、築ちゃんと波留ちゃん。」
男性客が築ノ宮を見る。
「えらく綺麗なにーちゃんと可愛い子だな。なんだカップルか。」
男性客は中年で二人並んで座っている。連れのようだ。
二人の前にビールの小瓶がある。
少し酔っているのだろう。
築ノ宮が少し笑ってその近くに座った。
「そうなんですよ、カップルなんです。」
それを聞いたモンちゃんの顔がパッと明るくなった。
「そうかい、そうかい。」
「その節は……。」
モンちゃんが豪快に笑った。
「なら良かった。じゃあ何を作ろうか。何が良い。」
「私はミックスで、ハルは?」
「私もミックスをお願いします。」
「それとビールの大びんをお願いします。」
「あいよ。」
モンちゃんは冷蔵庫からビールを出し、
良い音を立てて栓を抜いた。
そして築ノ宮にグラスを渡すとそれに注ぐ。
そして彼は瓶を受け取るとモンちゃんに向けた。
「いいのかい?」
「ええ。」
モンちゃんは嬉しそうにグラスを差し出した。
「嬉しいねぇ、綺麗な男に注いでもらって。」
彼女は波留を見た。
「あんたは飲むかい?グラス出そうか。」
波留は笑いながら手を振った。
「私は飲めないんです。」
波留が隣の築ノ宮を見ると、
彼は先客の男性客にもビールを注いでいた。
「俺らもいいんか?」
「構いませんよ。」
「悪いなあ。」
と二人はにこにこと笑っている。
焼き上がったお好みをモンちゃんが波留と築ノ宮の前に出した。
彼女はそっと波留に言った。
「良かったな。」
モンちゃんは優しく笑った。
「ほら築ちゃん、焼けたよ。で、もう一杯飲むかい?」
他愛もない話を築ノ宮と先客はしている。
「じゃあもう一本、お願いします。」
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