⑨やり残し

 今年の社交シーズンもとっくに終わっているので、そろそろユリアやセドリック、ハウケ伯爵夫妻とも、自分たちの領へ帰る時期を相談するようになってきた。

 他のゲストも、帰る日程が決まりつつあるらしい。

 

 ユリアは、この生活がもうすぐ終わる事を、少し寂しいと思っていた。


エルトマン侯爵邸は、さすがというほど広く、30人以上が常に滞在しているというのに、本当にのびのびと過ごすことができた。

それだけの人数が滞在していると言うのに、使用人たちは隅々まで、ゲスト一人一人が快適に過ごせるように、いつも気を配ってくれていた。



屋敷の前庭には豪華な花壇や見事な噴水があり、来客の目をまず一番に楽しませてくれるようになっている。

またいくつか静かな中庭もあり、皆自由にお茶を楽しんだり、読書をしたり、子どもを遊ばせることもできる。

エリスとセドリックが早朝鍛錬をしている場所も、この中庭のうちの一つだ。

裏には更に遠くまで敷地が広がっていて、ガーデンパーティー用の芝生、小川、奥に行くと森までがある。


屋敷の中にもパーティーホールを始め、応接間、談話室、図書室、ビリヤードルームなどがあり、ゲストはいつでも自由に使用することができた。




ユリアは滞在中、オルトハラ伯爵夫人であるアリスと仲良くなり、毎日のように一緒に過ごすしていた。

子ども同士も仲が良いので、大人同士で示し合わせなくても、子どもが勝手に遊ぶ約束をしてしまう。

セドリックやオルトハラ伯爵は、なにやら意気投合して、今後互いの領で取引しようと相談をしているらしい。

ハウケ家はオルトハラ家と相性が良いのかもしれない。



雨の日は図書室で本を読んだり、ビリヤードルームやお互いのゲストルームで、子ども達と遊ぶ。

子ども達を誰か――ハウケ伯爵夫妻とか、セドリックや、使用人など――に見てもらって、オルトハラ伯爵夫人と二人でゆっくりとお菓子を食べる日もある。


晴れの日は芝生や木陰で毎日のようにピクニックをしたし、見事な花を見ながら散歩をしたりした。

暑い日には小川で水遊びや釣りもできる。


 一緒に過ごすのはオルトハラ伯爵夫人とだけではない。



 ハウケ伯爵夫妻は時間があればユリアや孫のレオと遊びたがったし、セドリックやオルトハラ伯爵が、狩りの練習だと言って、森へ子ども達を連れ出す日もあった。

ユリアはその計画を聞いた時、セドリックが狩りを教えることなんてできるのかしら? と疑問に思ったのだが、オルトハラ伯爵や、一緒に付いていってくれたエリスのおかげで、無事に子ども達と狩りの真似事ができたらしい。



晴れた日にレオが早起きをしたら、エリスとセドリックの早朝鍛錬を見に行くのも忘れない。

ハウケ伯爵が作ってくれた、小さな小さな木剣に布を巻いたものを持って行って、レオも一緒になって素振りなどをしている。

エリスはレオがセンスが良いと言って、褒めてくれる。

最近はセドリックまで、朝一緒になって身体を鍛え始めたらしい。


子どもの頃は、苦手な運動をするよりもその時間を勉強に回した方が効率が良いなどと言っていた従兄だが、意外と力持ちで体力もあるのだと感心した。

身体を動かすのも悪くないなと言って頑張っている姿を見るのは、面白かった。




このうちのいくつかのことはハウケの屋敷でもできるだろうが、やはりエリスやオルトハラ夫人などの親しい友人達と過ごせる楽しさとは別だろう。

まるで夢のように、楽しい日々だった。




……ちょっとそこに置いておいたハンケチや髪飾りなどが、たまに見当たらなくなることがある以外は。




*****




 その日もユリアは、オルトハラ伯爵夫人と二人で、子ども達と一緒に遊んでいた。

 


 5歳の女の子、ライラちゃんはすっかりレオのお姉さん気取りだ。

レオもライラちゃんにすっかり懐いて、いつも付いて回っている。


 そして7歳のお兄ちゃん、シリル君にもまた別の意味で懐いている。

 オルトハラ兄妹とレオとの3人で遊んでいると、7歳のシリル君がリーダーになる。

 レオは大人のいうことよりも、リーダーであるシリル君のいう事のほうをよく聞くようになっていて、その様子がとても可愛らしく、微笑ましい。



「おいレオ! そっちに行きすぎると川があるからな。こっちで遊ぼうな」

「あい!」


今日もレオは、シリル君の言うことに、気持ちの良い返事を返している。



「まあシリルったら。すっかりお兄さん気取りでいばっちゃって。ゴメンなさいね、ユリア様」

「アリス様、とんでもございませんわ。あちらに川があることを教えてくれて、注意してくれたんですもの。本当に、シリル君とライラちゃんにはたくさん遊んでもらって、心から感謝しております」

「こちらこそ。シリルもライラも、すっかりレオ君に夢中なの。毎日のように誘いに行ってしまって、ご迷惑ではございませんか?」

「まさか。とっても嬉しいです! レオも喜んでいます」



 子ども達は、今日は小川の近くまで行って、お花摘みをすることにしたようだ。

 3人で夢中になって、花を集めている。

 先日花冠を作っていたので、それをまた作るつもりだろう。


 シリル君とライラちゃんはすぐに大量の花を集めているけれど、レオは少ししか摘めない。

 しかもまだ蕾のものを選んでしまったようだ。

茎も短くて、花冠にするのは向いてなさそうだ。

 だけどレオはその短くて、まだつぼみの花を「どうじょ」と言ってライラちゃんに差し出した。

お花を差し出されたライラちゃんは、とっても嬉しそうに受け取って「レオ君、ありがとう」と言って受け取ってくれる。


 レオは嬉しくて仕方がないというふうに、ライラちゃんの後をついて回っている。


――もしかしたら、レオの初恋かしら? なんて。さすがにまだ早いわね。


 ユリアがそんな事を考えていた時。



「そういえばユリア様、もうすぐ領にお帰りになるんですって?」


 オルトハラ夫人がそう言った。


「そうなんです。とても寂しくなるのですが」

「本当に。仲良くなれた分、お別れが寂しくなるわね」


 そういうアリス様も、もうすぐ、ハウケ家よりも早くに、もう帰る事が決定している。


「お手紙を書くわ。また是非一緒に遊びましょう。オルトハラ領にもいつか遊びに来てちょうだい。社交シーズンに王都で会うのも良いかしら」

「ええ是非! 私からもお手紙を書きますね。それにまた、来年もエルトマン侯爵が皆さんを招待したいと仰られていたわ」

「まあ! エルトマン侯爵様、さすがね」


 いくら貴族と言えど、これだけの人数を、長期間おもてなしし続けるのは大変なことだ。

 当然のことながら、滞在費などは一切受け取ってくれない。

 


「まだ数日あるもの。目いっぱい楽しみましょう。やり残したことはないかしら?」


 アリス様にそう言われて、ユリアはこれまで行ってみたいと思っていた部屋があることを思い出した。


「あ、そうだわ。エルトマン侯爵が集められている美術品の展示室、滞在中に一度は見たいと思っていたの。子どもがいると中々行けなくて」

「そうね。私も見た事がないわ。主人は見せていただいたそうだけど、とても素晴らしかったって。普通の部屋の4部屋分もの広さで、そのすべてに絵画や彫刻、宝石や昔のドレスまで見れるんですって」

「まあ! 楽しみだわ。ではアリス様。今度子ども達を誰かに頼んで、一緒に展示室、見に行きませんか? 確かエルトマン侯爵にお願いすれば、使用人の方が部屋を開けてくださると聞いたわ」

「ふふ、賛成よ。早速頼んでみましょう」





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