「えりしゅ! えりしゅ!」


 無事にエルトマン侯爵邸に着いた日の翌朝。

 ぐっすりと眠って回復したレオは、パワー全開で動き回っていた。

 そして体調を心配して様子を見に来てくれたエリスを、会った瞬間に気に入って、よちよちと付いて回っている。


「おー、レオ君。歩くの早いな。いいぞ、頑張っているな」

「あい!」


 褒められているのが分かるようで、嬉しそうに両手を上げて、バンザイのような格好で喜んでいる。


「ぅぅ。可愛い」


 追いかけているのがエリスなところは気に喰わないが、その可愛い仕草と舌足らずな喋り方が可愛くて、セドリックは胸を押さえた。


「エリス様、本当にありがとうございました。おかげさまでレオハルトもすっかり元気になりました。もしもエリス様が通りかかってくださらなかったら、今頃まだこのお屋敷にたどり着いていなかったかもしれないと思うと、ぞっとします」

「いえいえ~。どういたしまして、ユリアちゃん。偶然通りかかって良かったよ」


 ユリアがエリスに話しかけると、レオが今度はユリアの方へとトテトテと歩いていき、スカートの裾に抱き着いた。

「おかあしゃん」

「なあに? レオ」

「えへへー」

 ユリアに抱き上げてもらって、ご満悦でニコニコと笑うレオ。



「ぐぅぅ」



「おいおい、そこで胸を押さえている怪しいお兄さん。君からもなにか、この救世主のエリス様に言うことはないのかい?」

「ああ、本当に感謝している。ありがとう」

「え……」


 素直な感謝の気持ちを伝えると、エリスはなぜか戸惑って、口ごもってしまう。

 自分で礼を催促しておいて、不思議な奴だなとセドリックは思った。

 しかし本当に、あのまま森で立ち往生をしていたらどうなっていたかと思うと、感謝の言葉しかない。

 できる限り徒歩で進んだだろうが、限界がきたらどんなにレオが体調が悪くても、吐いても、やはり馬車で進むしかなかっただろう。

 2歳のレオの体力を考えると……命の恩人と言っても、過言ではないかもしれない。



 訓練された素晴らしい馬の足音が聞こえた時、セドリックは助けてくれる騎士が登場することを期待した。

 現れたのは遊び人だったとガッカリしかけたけれど、やっぱり予感は正しかったようで、騎士のような男が窮地を助けてくれた。


「いや、そんな。…………ここは軽口で返すとこでしょ。調子狂うなぁ。」

「お礼をするよ。何がいい? なにか俺にできることはあるか?」


 お礼はお金や品物でも良いが、エリスは国中を巡っている商人で、欲しい物はいくらでも手に入れることができるだろう。

 もしもセドリックがエリスのためにできる事があるならば……例えばハウケ家とケーヴェス家で取引をして欲しいとか、この商品をハウケ領で扱って欲しいとか、そういう要望があれば、できる限り応えようと、セドリックは考えていた。


「あー、別に。特にやってもらいたいことなんて……あ。」

「うん、なんだ?」


 なにかを思いついた様子のエリス。


「いや、うーん。まあ、できればでいいんだけどさ」

「なんでも言ってくれ」


 エリスは少し気まずそうに、ポリポリと頬をかいて、視線をそらしている。


「一緒にエルトマン邸に滞在中にさ、できる日だけでいいから、朝鍛錬に付き合ってくれないか?」

「鍛錬」

「うん。今でも鈍らないように身体を鍛えてて。相手がいた方が、効果があるから」

「……もちろん付き合うのは構わないが、俺は剣など扱ったことはほとんどないぞ。向いていないと思ってすぐ止めた」


 貴族の子弟は多かれ少なかれ、剣の稽古をするものだ。

 騎士を目指す子どもも多いし、護身にもなる。

 貴族子弟のたしなみでもある。

 しかしセドリックは子どもの頃にすぐ、自分は剣に向いていないし好きではないなと判断をして練習をやめてしまった。

さっさと見切りをつけて、自分の興味のある分野の勉強や読書に時間を割くことにしたのだ。


「ははは、なんだか君らしいなぁ。普通は向いてないと思っても、ある程度は続けるものだけど。いいよ、全然できなくて。カカシが構えて突っ立ってくれているだけで、大分助かる」

「そうか」

「うん。できれば陽が昇ってからすぐにやりたい」

「今の時期だと……朝の5時30分くらいか」

「大丈夫?」

「ああ、お安い御用だ」


 少し朝早いが、陽が昇ってすぐに、皆がまだ眠っている時間に起きて体を動かすのは楽しそうだった。

 良い1日が始まりそうだ。


「いく~」


 話が分かっているのかいないのか、ユリアに抱っこをされているレオが、セドリックとエリスの方に身を乗り出して、ジタバタと身体を動かしている。

 暴れるレオを抱えきれなくなったユリアが床に下ろすと、解放されたレオはスタタタと素早く動いて、今度はセドリックの足に抱き着いた。


「せでぃー! いく! ぼくいく!」

「んー、朝早いから。もしもレオが起きていたらな」

「あい!」


 レオの頭をポンポンと叩きながら、鍛錬にレオを連れて行くのは、意外に良い案かもしれないとセドリックは思った。

 もちろん、しっかりと目を離さずに見ている必要があるだろうが。


 なにせレオは陽が昇る時間どころか、陽が昇る前から起きて、遊びたいと大騒ぎすることもあるくらいなのだ。

 いっそのこと、朝の鍛錬に連れ出した方が、良いかもしれない。






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