第21話 離れがたいな

「おはようアメリヤ!」

「おはようございます、ステファン。」




 少し間が空いて、4日ぶりにパン屋さんへ行くと、またステファンに会うことができた。

 朝だけ会って、気持ちよく挨拶をして、お互いの職場に出勤する。

 アメリヤはこの関係を気に入っていた。




「あれ、今日はいつもの一口パンじゃないの?」

「毎回同じだと飽きますからね。今日はちょっと奮発して、こちらの干しフルーツ入りのパンにします」

「わお、美味しそう。」




 今日も先に店を出たステファンが、アメリヤのことを待っていてくれた。

 アメリヤがチリンチリンという鈴の音と共にドアを開けて店の外へと出ると、ステファンが片手を上げて合図をしてくる。



「それじゃあ、またね。ステファン。」

「あ、ちょっと待って、アメリヤ。」

「・・・・?」




 いつものようにあっさりと帰ろうとしたアメリヤを、ステファンが呼び止める。



「今度さ、一緒に出掛けないかい?」

「一緒に?」

「うん。朝はいつも時間がないからね。一度ゆっくりと、時間を気にせず話してみたいんだ、君と。」


 好青年のステファンに見つめられて、ちょっとドキリとしてしまう。

 爽やかだし、誘い方も強引ではなくて好感が持てる。こうされて悪い気がする女性はいないだろう。


「えー・・・っと。」

「今度の金曜日なんて、どう?お茶だけでも。仕事があって無理かな。」

「大丈夫だと、思いますが。」




 確かその日は、お客様との約束もないはずだ。

 毎日のようにプラテル屋敷に通っているアメリヤは、ケヴィンにいつでも遠慮せず休んでくれと言われていた。



「上司に確認してみないと。」

「じゃあ今度の金曜日、仕事を早く抜けられたら、15時にあそこのカフェで待ち合わせよう。もしも仕事が抜けられなかったら無理しないで。30分ほど一人でお茶を飲んだら、帰ることにするから。」



 ステファンが指さしたのは、パン屋から見える数軒先のカフェだった。いつも通りかかって、オシャレで入ってみたいと思いながらも、1度も入ったことのないカフェだ。



「ОKよ。」

「よし、決まりだ。じゃあまたねアメリヤ。」









*****




―――どういうつもりなのかしら。



 アメリヤだってもうすぐ28歳だ。

 これまで一度も恋愛をしてこなかったわけじゃない。ステファンがアメリヤに好意を抱いてくれているのは分かる。



―――もしかして、30歳になる前に、恋人ができるかもしれない?



 そこまで考えて、アメリヤは頭を勢いよく振って現実に戻る。



―――そんなに都合良い話があるはずがないか。好意っていったって、あくまで友達として。朝は時間がないから、もう少しゆっくり話したいだけ。場所もパン屋さんから、ちょっとその先のカフェに移動するだけ。それだけのことよ。



―――でももしかしたら、何度か会って話していくうちに、もっと親しくなってということだってあるかも・・・・。




「アメリヤ?どうしたんだい、さっきから。」

「ケヴィン様!すみません、なんでもありません。」




 今日は朝からずっと、ぼんやりしたり、頭を振ったりと集中できない様子のアメリヤのことを心配して、ケヴィンが声を掛ける。



「あ!そうだケヴィン様。今度の金曜日、14時半に帰らせていただいていいでしょうか。お友達とカフェに行く約束をしたんです。」

「・・・・もちろん、構わないよ。」

「ありがとうございます!」




―――さあ、余計な事を考えずに、仕事に集中よ!







*****







金曜日





「おまたせ、ステファン。」

「アメリヤ!来てくれて嬉しいよ。」


 15時ちょうどにカフェに到着したアメリヤは、既に窓際の明るく気持ちの良い席で本を読むステファンを見つけた。

 テーブルには飲みかけのお茶がある。



「やだ、本当にお待たせしたかしら。」

「仕事が思ったより早く終わったから、早めに来て本を読んでいたんだ。今日のことが楽しみで、張り切りすぎたよ。」




 張り切りすぎたと言いながらも、ステファンは緊張する様子もなく、自然な笑顔だ。



―――やっぱり、こんなに格好いい人だもの。女の人と出かけるのも慣れているわよね。どうしてこんな人が、私なんかを誘ってくれたのかしら。




 今日の服装はさんざん迷った結果、お出かけ用のワンピースにすることにした。

 自分の稼いだお給料で、最近買ったばかりのものだ。










 ステファンとの会話はとても楽しかった。

 彼はどうやら、町の図書館で働いているらしい。

 アメリヤも普段なんの仕事をしているのか聞かれたので、孤児院の仕事と、今はプラテル屋敷に期間限定で通っていることを話した。

 孤児出身であることも話した。もしも長く付き合うのなら、いずれは分かる事だからだ。


 アメリヤが孤児出身だと聞いたステファンの反応は、アメリヤの予想に反していた。

 同情するわけでもなく、バカにするわけでもない。

 ただ「へえ、そうなんだ」と言って、次の話に移っただけだった。

 それがアメリヤには、とても嬉しかった。






 楽しい時間はあっという間だ。気が付けば外が薄暗くなっていた。そろそろ帰らなければ。

 プラテル屋敷まで歩いて移動して、着替えて、預けたままの馬で孤児院まで帰るのだ。

 孤児院に着くのは大分遅くなっていまいそうだ。



「それじゃあね。楽しかったわ、ステファン。」

「・・・・離れがたいな。よかったらこのまま、夕食も一緒にどうだろう。」

「ごめんなさい。帰りが遅くなったら皆を心配させてしまうわ。」

「そっか。・・・・じゃあプラテル屋敷まで送らせて。」



 そう言うとステファンは、アメリヤの手を握って歩き出した。




―――これは!どういう意味かしら。




 了承も得ずに女性の手を握るなんて。よほど手馴れているのか、それとも最近はこういうのが普通なのだろうか。



―――ステファンは私のことを好きなの?・・・・私はステファンのことをどう思っている?まだ恋愛という意味では好きではないわ。でもこんなに良い人だし、それにとっても紳士よ。





 先ほどのカフェでは話題がつきることなく話し続けていたのに、今はステファンは何も言わずに、無言で歩いていた。

 手をしっかりと握り締め、アメリヤの歩く速度に合わせて歩いてくれる。


 途中、誰かにぶつかりそうになったアメリヤの手を一度離し、肩に手を置いて、グッと引き寄せて守る。



「・・・あ、ありがとう、ステファン。」

「どういたしまして。」


 ニコリと微笑んで、囁くステファン。

 肩に手を回しているので、顔が近い。

 肩に回された手は、そのまま離されることはない。




「・・・・アメリヤ。やっぱり君をこのまま帰したくない。」



 ステファンが、至近距離で目を見つめて言ってくる。


「帰したく、ないって・・・・。」

「ダメ?」




2人が立ち止まったところには、ちょうど横道があった。

ステファンが、チラリと横道の奥に視線を走らせた気がする。

釣られてアメリヤもそちらのほうを見てみると、横道の奥まったところには宿があった。




―――あれって、いわゆるそういう宿よね。どうしよう。



 とっさに断れず、一瞬迷ってしまうアメリヤ。



―――こんなチャンス、もう二度とないかもしれない。そうしたら、一生結婚なんてできなくて・・・・。ステファンは良い人だし。ううん、やっぱり駄目だわ。




「きゃ!」



 一瞬だけ迷っていたら、また誰かが2人にぶつかりそうになった。

 大通りで2人して立ち止まっているのだから、もちろんこちらのほうが悪い。



 そのぶつかりそうになった誰かを避けるため、アメリヤたちは横道に1歩、入り込んでしまった。


 2歩、3歩。



ステファンがそのまま、奥に向かって歩みを進める。





―――嫌だ!!!




 急に我に返って、アメリヤは恐怖に襲われた。


―――こんな、会ったばかりの人と、流されてなんて嫌!!




「ステファン、ごめんなさい。あの、今日は帰るから。」

「・・・・。」



 ステファンは止まってくれなかった。


 4歩、5歩と進んでいく。


 大通りが遠のいていく。



「ステファン、あなたは素敵な人だと思うの。だけどもう少し時間が欲しくて。」

「明日の朝には、君もきっと、僕から離れたくないと言っているよ。」




―――絶対に嫌だ!!!!




「誰か・・・モガッ。」



 ついにステファンの説得を諦めて、大声を出して助けを求めようとしたアメリヤだったが、それを察したステファンに口を塞がれてしまう。




―――バカバカバカバカ!なんでもっと早くに叫ばなかったの私!!



 体をよじって逃れようとするけれど、ガッチリと肩を押さえこまれていて動けない。

 大通りならば、嫌がる女性の口を塞いでいる男がいれば、誰かが不審に思って助けてくれる可能性もあるだろう。



 だけど手を握り合って歩いていた男女が、2人で横道に歩いて入っていったのを、誰が助けると言うのだろう。


「ヴーーーー!!」


 諦めずに声を出そうとする。

 必死に足を突っ張って、全身の力で抵抗するけれど、ズルズル1歩1歩、宿へと近づいていく。



―――嫌だ!!イヤ、助けて!助けて!誰か!――――――ケヴィン様!!!
























「おい、アメリヤを放せクソ野郎。」

「はあ?」





幻聴だろうか。幻覚だろうか。こんなところにいるはずがない。


ステファンがアメリヤごと声を掛けられた方向に向いたおかげで、その人物がアメリヤにも見えた。



―――ケヴィン様!どうしてここに。




 そこに立っていたのは、まだ屋敷で仕事をしているはずの、ケヴィン・プラテルだった。









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