第18話 ずるい男ですね
ユフレープの試食分は、あっという間になくなった。
そして意外な事に、先ほどの騒動――――ケヴィンが頭を下げてから。なぜかジャムのビンが次々と売れて、一気になくなってしまった。
庶民はそうそう食べないような高級ジャム。だけどたまのぜいたくに1瓶くらいなら買える値段の。
直接ケヴィンに声を掛けて励ますのはほんの数人だったけれど、プラテル伯爵領が今後売り出しに力を入れるだろうジャムを買っていった人たちは、少しだけ、ほんの少しだけケヴィンやプラテル伯爵領を、応援しようと思ってくれたのかもしれない。
・・・なんて思うのは、都合がよすぎるだろうか。
ユフレープジャムの試食と販売が終わったので、アメリヤはアニータ様と一緒に少し早い昼食休憩をとることにした。
売り子をしている子供たちが順番に昼食をとれるように、食堂には大鍋に野菜スープが大量に用意されている。
アニータ様にお出ししてよいものが一瞬悩んだけれど、恐る恐る食べるか聞いたら満面の笑顔で「ありがとう」とお礼を言われてしまった。
孤児院の建物に入って、外の賑わいを感じながら、2人で手早くパンとスープだけの昼食をいただく。
「アニータ様はどうしてこんなに、ケヴィン様によくしていただけるのですか。若い頃にお友達だったというだけで。」
2人きりなので、アメリアは思い切って、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
ただの友人にいちいちお金を貸したり、事業を手伝ってくれたりするだろうか。
「・・・・ちょっとね、贖罪の意味もあるの。」
「しょくざい?」
「夫やケヴィンには内緒にしてね?」
いたずら気に目を細め、アニータ様は声をひそめて、アメリヤに近づいてきた。
内緒話をするために近づいたのだろう。とても良い香りがして、同じ女性なのにドキリとしてしまう。
「私若い頃、結構チヤホヤされていたの。貴族の男性たちが、皆私の興味を引きたがって、頼まなくても色んな事をやってくれた。」
「でしょうね。」
今だってそうだろう。こんなに美人で、気さくで、明るくて。
アニータ様のためだったら、なんでもするという人がきっと山のようにいることだろう。
「でもね、私の事なんて興味ない、眼中にない。『親の決めた婚約者がいるから、男友達と遊んでるわー』って態度の奴が一人いて、なんだか悔しくなっちゃって。」
自分に興味のないやつが一人いた?
いくらモテたといっても、貴族男性の全員がアニータ様のことを好きだったわけではないだろう。
―――『アニータ様に興味のないやつが一人いた』のではなくて、『アニータ様が気になる相手が一人いた』っていうことね。
「そいつも私に夢中になるようにしてやろうかしら、なんて、ちょっとむきになっちゃって。もう今の夫との婚約のお話も進んでいたと言うのにね・・・会ったこともなかったけど。私は偶然を装ってそいつのよく行く店に顔を出したりして。でもそいつはいつもケヴィンを引っ張り出してきて、連れまわしていて、絶対に私と2人きりにはならないようにしていたわ。」
―――それがケヴィン様とアニータ様が、仲が良かったことの真相なのね。
ストンと腑に落ちる。なんとなくケヴィンとアニータ様が仲良しのお友達というのは違和感があったのだ。
尽くされ慣れているアニータ様は、今よりも更に甘ったれだったケヴィンを甘やかすことはなかっただろうから。
まあだからこそ、友人としてやってこれたのかもしれないけれど。
「理由をこじつけてそいつと2人で会う約束を取り付けたのに、当日行った先には代理のケヴィンが待っていたりしてね。・・・ケヴィンは当時既婚男性だったから、そいつも少しくらい2人きりにさせても間違いは起こらないと思ったんでしょうけど。・・・・・私と2人きりで出かけていたのが決定的な決め手になって、ケヴィンがユリアさんと離縁したと聞いて、さすがにケヴィンに申し訳なくなっちゃって。」
「いえでも、ケヴィン様の自業自得もありますよね、それ。」
既婚男性でありながら、アニータ様と2人きりの場所へとホイホイ代理で出向いたケヴィン。下心がなかったわけがない。
「ユリアさんは別れて正解だったと思うの。大正解!別れて当然よ。・・・だけどケヴィンにはちょっと、埋め合わせをしたいなって、ずっと気になっていたのよ。」
「そうなんですね。」
自業自得とはいえ、確かにちょっと可哀そう。
二人の友情の真相が分かって、あまりにも想像がつきすぎて、深く納得してしまったアメリヤだった。
「・・・・・ところでその気になっていたヤツって、今どうしているんですか?」
「私が結婚してからもずっと婚約者一筋で、予定通りに無事に結婚して。今では子どもも生まれて、奥さんを大切にして、お子さんにもデレデレで、良いお父さんになっているみたい。私の気持ちなんて、全然気づきませんでしたって顔して。」
「ずるい男ですね。」
公爵家との縁談が進んでいるアニータ様が、自分から気持ちを告白することはなかっただろう。
だからアニータ様を振る事もできなかったのかもしれない。けど。
―――なんだそれ。親が決めた昔からの婚約者一筋で、アニータ様のような美女から誘われても全く揺れ動かないで、決して2人きりにはならなくて。無事婚約者と結婚して、子どもが生まれて、奥さんと子供を大事にして良い父親しているなんて。
「・・・・ずるい男ですね。」
なんだそれ。それはアニータ様が気になっちゃうのも無理はない。
アニータ様はアメリヤに更に顔を寄せて、「そうでしょ?」と囁いた。
まるで何十年も前からの親友に対するみたいに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます