第17話 頑張れよ

 お祭りの当日は、青空が心地良いお天気だった。

 もしも雨だったら、延期しなくてはならなかったので助かった。




 プラテル孤児院の子ども達と、プラテル伯爵家の使用人たちで、朝早くから忙しく働いて準備をすすめる。

 アニータ様のご実家のポルツァー家の使用人も、何人かが手伝いに来てくれているので、いつものお祭りよりも人手がある分楽かもしれない。




「私にも何か手伝わせて。なにをすればいいかしら。」

「あ、はい。ではユフレープのジャムの試食の準備を・・・・。」




 ユフレープの試食の準備をしていたアメリヤは女性の声に振り向いた。大人の声なので、プラテル家かポルツァー家の使用人だろうと思ったが、そこにいたのは・・・。



「アニータ様!?ターニャ国へ帰られたのではないのですか。」

「夫だけ先に帰ったの。私はこのお祭りが楽しみで、見届けてから帰りたくって。私にもなにか手伝わせてもらえるかしら?」



 いつもはおろしている見事な黒髪を、高い位置でまとめているアニータ様。服装も機能的で動きやすそうな、簡素なドレスだ。


 『恐れ多いです。アニータ様はお座りになって、様子をご覧になっていてください。』



 アメリヤはとっさにそう言いかけたけれども、何かが違うと思って、やめた。



 アメリヤの目の端には、汗を流しながら、子ども達と一緒に重い荷物を運んでくれているケヴィンの姿が写る。

 とても楽しそうに、生き生きと働いている。


 貴族だって、同じ人間だ。同じように、ユフレープをこの国に広めようとしている仲間だ。

 アニータ様がアメリヤを対等な商売相手として扱ってくれるように、アメリヤだって、アニータ様を対等に扱わなくてはならない。



「・・・私と一緒に、ユフレープジャムの試食係をお願いできますか。」

「ええ、喜んで。」





 お祭りは朝から大盛況だった。

 いつも大人気なお祭りなので、始まりの時間とともに大勢のお客さんが来てくれるのは予想通りだったけれど、今年は目玉商品の貴重なジャムがあることを、子ども達に街中に宣伝してもらっていたので、いつもよりも盛り上がっている。




「はい!いつもの手作りクッキーです。」

「お、これこれ。安くてプロの店の味!」


「流行の型のワンピース、作りました。」

「これお嬢ちゃんが作ったの?すごい!色違いで2枚ちょうだい。」




 開場の時間と同時に、そんな声が各所から聞こえてくる。



 ケヴィンはこの日に向けて、自分でも小さな本棚やいすなどを沢山作ってくれた。今日はその雑貨売り場のところで、売り子としても手伝ってくれている。



「あったあった。前回買った椅子!前に買ったのが良かったから、同じ形のをまた買おうと思って・・・・。」


 誰かの声が、不自然なところで途中で止まる。



「はい、この椅子ですね。いくつですか?」


 椅子は小さいけれど、とても丈夫に出来ていて安い。すぐに売り切れる人気商品だ。

 ビートがニコニコと対応している。


「ふ、2つ。」

「はいよ!2つで2000ダリルです。」

「あ、ああ。ありがとよ。」




 おいおい、あの後ろの男。プラテル伯爵じゃないか?何年か前に見たことがあるんだ。

 プラテル伯爵?あの奥さんと子供を追い出したって言う、クズ伯爵か?

 若い頃は格好良かったのになぁ。

 たっかい税金取りやがって。イヤんなるよな。





 一応ケヴィンには聞こえないように、離れたところで噂をする人たち。

 だけどケヴィンから離れたはずのそこは、アメリヤのすぐ近くだった。聞きたくなくても聞こえてきてしまう。



 話している内容は、全部本当のことだ。奥さんと子供を屋敷から追い出したのも本当だし、高い税金をとっているのも本当。



 だけど、だけど――――。



 悔しくて、少し泣きそうになってしまったアメリヤだった。







*****






 ユフレープジャムの試食は大盛況だった。


 この日の為に焼いた、一口サイズのクラッカーに、一口だけジャムをのせて次々と渡していく。

 甘酸っぱい匂いに引き寄せられて、我も我もと食べにくる。あっという間に長蛇の列ができあがった。



「良い匂い!美味しい!」

「1瓶7000ダリル?高いけど買っちゃおうかなー。」



 高額のビン詰めも、美味しさと物珍しさから、ポツポツとたまにだけど売れ始める。

 なかなかの好感触だ。




 ジャムの試食は当然1人1回だ。できるだけ多くの人に食べてもらって、宣伝をしてもらわなくてはならない。


「1人1回ですよ!」



 明らかに先ほども食べに来た人に注意をするアメリヤ。

 孤児院から子どもが手伝いに行ったこともある職人さんのところで、見習いをしている人だから間違いない。

 先ほどは隣のアニータ様から受け取って試食していた。今度はアメリヤのところに並べば誤魔化せると思ったのかもしれない。


「いや、まだ食べてないってー。酷いなあ。証拠でもあるの?」

「いいえ、証拠はありません。でもあなたタルボさんのところで働いているかたですよね?見覚えがあるので分かります。」




「だから食べてないってー、おばちゃん!だから証拠見せろって!」



ニヤニヤしながら、威嚇するように大きな声で食い下がる男。

なんとなく、前のめりで近い。腕が届く距離だ。



―――ううう、ちょっと怖い。もう見逃してしまおうか。1人くらいなら、2つ食べてしまっても大丈夫だろう。


だけどもしも、他の人もあいつだけなんで2回食べさせたんだと言ってきたら?




「あら、さっきのお兄さんね。私が差し上げたので覚えているわ。」


その時、隣のアニータが声を掛けてくれた。


「ごめんなさいね、1人1つまでなの。お引き取り下さいな。」



 ニコリと上品に笑うアニータ様。

 明らかに庶民ではない美女に微笑みかけられて、職人見習いの男性はたじろいだようだ。


 試食係は女性だけなので、押せばいけると思ったのだろうが、アニータの笑顔には、譲る気は一歩もないと書かれていた。



 アメリヤはその様子を見てヒヤヒヤする。

 他国の公爵夫人に、もしも平民が怪我などさせたらどうなるのだろう。

 こいつ1人の首でどうこうできるものではない。国家間の問題になってしまう。



―――あれ。でもだとしたら、アニータ様がお一人だけで、こんなところへ来られるはずはないわね。



 冷静に周りを見渡してみると、アニータの背後に、平民風の服を着ているものの、どう見ても訓練して鍛え上げていると思しき、体格の良い人達が控えているではないか。

 鋭い目で見習い男に睨みをきかせている。アニータの護衛だろう。



 見習いの男も護衛に気が付いたようで、急に顔が強張った。

 

「・・・ッチッ。」



 小さく舌打ちをして、今度はまたアメリヤの方を向いて威嚇してきたかと思うと、またビクリと顔をこわばらせる。


 そしてそれ以上は何も言わず、列から離れて逃げて行った。



―――あの人は、もうお祭りには出禁ね。タルボさんに頼んでおかなくちゃ。



 それにしてもアニータ様の護衛を見てたじろいだのは分かるけれど、アメリヤのほうを見た後も、何やら顔が強張っていたような。

 自分の後ろに何かあっただろうかと振り返ってみると、そこにはケヴィン様がいた。 あ、あと子供たちが何人かお世話になっている大工の棟梁さんも。



「ケヴィン様!カールさんも。もしかして助けていただきました?ありがとうございます。」

「いや。僕は通りかかっただけで・・・。」

「はっはっはー!なーに言ってんだ伯爵様よ。慌てて駆け付けてきて、さっきまでおっかねー顔して、あの小僧を睨んでたじゃないか。」



 ケヴィンが否定するので、やっぱり助けてくれたのではなくて、たまたま通りかかっただけだったのかと思ったアメリヤだったが、大工のカールさんの言葉で助けに来てくれたのだと確信した。

 カールさんは笑いながら、バシバシと強めにケヴィンの背中を叩いている。体格が良いのでケヴィンがちょっと痛そうだ。



「気に入ったぜ、伯爵様。なんかここ数年悪い噂ばっかりで、税金も重くなる一方で、心配してたんだけどよ。うちにくる子ども達があんたのこと好きだって褒めるから、一度見てみたかったんだ。」



―――そっか。カールさんのところには、この孤児院から何人かの男の子たちが手伝いに行っている。きっとここ最近のケヴィン様のことも、聞いたことがあるのね。


 バシバシと叩いていた手は、最後にガッシリとケヴィンの肩に置かれる。


「頑張っているじゃねーか。子ども達に混ざって働いてよ。アメリヤちゃんのことも大切にしているようだし。」





「おう!格好良かったぜ伯爵様!」

「アメリヤちゃんを守ってくれてありがとう!」

「でも税金早く下げろー。」





 街の人たちが、次々と声を掛ける。

 よく見れば、声を掛けてくれているのは、子ども達がお世話になっている街の人だ。

 近くまで来て、暖かい笑顔を向けてくれる。



―――だけど笑顔なのは、ごく一部の人だけだわ。



 集まって来て暖かい笑顔を向けてくれているのは、街のごく一部の人たちだけだ。


 よく見れば、他の大半の人が、遠巻きにして、冷めた瞳ででケヴィンを見ていた。




「税金は、もう少しで下げられる。・・・僕が至らないばっかりに今まで苦労を掛けてしまって、すまなかった。」



 その時なんと、ケヴィンが街の人に向けて頭を下げた。

 

「いつも真面目に、堅実に、重い税金にも腐らず、諦めず、働いてくれてありがとう。この領を見捨てず、盛り上げてきてくれてありがとう。絶対に、もうすぐ税金は下げるから。」





 突然の伯爵の謝罪に驚いて、お祭り騒ぎで浮かれていた人たちの中に静寂が広がった。

 戸惑いだろうか。それともケヴィンへの怒りだろうか。





 税率が重くて、プラテル伯爵領の庶民の暮らしが大変だったのは、ケヴィンのせいだ。

 この孤児院のように、補助金が打ち切られたようなところもたくさんあっただろう。

 ちょっと最近頑張ったからといって、ちょっと頭を下げたからといって、そんなにすぐに受け入れられる人ばかりではないだろう。




「・・・おう。頑張れよ。」


 肩に手を置いたままだったカールさんが静かにそう声を掛けて、ニカリと笑って、その場を離れていった。



「頼んだぞー。」

「アメリヤちゃんを、お願いね。」





 ちらほらと、ほんの数人だけど、何人かがケヴィンの目を見て、暖かい言葉を掛けて、そして離れていった。




 ほんの数人。だけど目を見て励ましてくれた。




―――これからだ。





 プラテル伯爵領も。ケヴィンも。







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