第79話 一話限りのゲスト?

 奇妙なデートを終えた翌日、日曜日。

 昨日とは打って変わって生憎の雨模様。これはきっと俺の心を表している。心が泣いちゃってるんだ。ちょっと男子〜? 心ちゃん泣いちゃったじゃ〜ん!

 雨の中外に出るのは気が引けるが、約束してしまったものは仕方がない。身支度を済ませて約束の地へ赴く。ラスボスが居そうだな、約束の地。


 少し遠出をしてたどり着いたその場所に居たのは、ラスボスでもなんでもない。つい昨日見た顔だ。


「あ、灯君」

「どうも」


 雨のせいか気温が少し低いこともあり、杏はゆったりとした長袖に身を包んでいる。

 その割に下はホットパンツなのはどうしてだろうか。生脚が視線を奪おうとしてくる。これがナマ足魅惑のマーメイドってか。マーメイドは陸上生物だった……?


「どうかした?」

「いや。なんでもない」


 重力に従って下がっていく視線を無理やり引き戻し、杏と目を合わせる。

 水玉模様の傘から覗かせるその顔は、パーツの配置が正解と呼べるほど整っており、端的に言えば可愛い。もっとしっかり描写すると……俺の語彙が足りない。あれだ、福笑いなら百点貰えるレベル。褒めてんのかそれ。


「じゃあ行こっか」

「どこに行くんだ? 俺何も聞いてないんだけど」

「何も言ってないからねー。とにかくついてきて」


 くすくすと可愛らしい笑顔を見せる杏は、その身を翻して人通りが多い歩行者天国へ向かった。まだ彼女への疑いは晴れていないが、俺も急いでその後を追う。

 一話限りのゲストだと思っていたのにまさかこんなことになるとは。もしかして俺、路地裏に連れ込まれて怖い大人たちにボコられるの? 痛いのは勘弁してほしいところ。防御力に極振りしますか……。


 連れられた先は怖いお兄さんが待つ路地裏でもいかがわしいお店でもなく、普通のカフェ。両側に店が立ち並ぶ歩行者天国の中にあるちょっと洒落たただのカフェだった。

 店に入るや杏はマスターらしき初老の男性と少し会話をして、そのまま角の席に案内された。

 隣の席とはパーテーションで隔てられ、人目を気にせずゆっくりできる。人目につかない時点で少し怖いんですけど。


「ここ、私の叔父さんのお店なんだー」

「へえ」


 察するに、さっきのマスターが叔父さんということだろう。この席も杏が指定したと予想がつくが、わざわざ人目を避ける目的とは何だろうか。

 そもそもどうして俺は杏に呼び出されたんだ? もしかして俺また何かやっちゃいました?


「何頼む? お昼食べた?」


 杏は至って明るい女の子の雰囲気を醸し出し、メニューを広げてこちらに向ける。うーん、気遣いも出来るとはなかなかやるな。

 色々と疑ってはみるものの、杏から邪悪な気配は感じられない。いや一般人にそんな気配が感じられるはずもないが。

 第一、俺が杏に何かされる覚えはない。今回は普通にダブルデートをして終わっただけだし。杏を訝しんではいたが、空気を読んで態度には出さなかったはず。


「あ、これおすすめ。叔父さんの作るカレー美味しいんだよ」

「じゃあそれで」


 起きた時には既に待ち合わせ時間が迫っていたため、ちょうどお腹が空いていた。

 カフェだけあって少し値は張るが、食欲を満たすためなら仕方がない。人間誰しも三大欲求には勝てないんだ。


「叔父さーん! プレミアムカレー二つー!」

「あいよー」


 杏は呼び鈴を鳴らすことも無く、よく通る声で注文を済ませる。


「ここね、私のバイト先でもあるんだ。あ、この話は内緒ね? 聖女ってバイト禁止だから」

「お、おう……まあ誰にも言わないけど」


 だろうな。さっきのやり取りは完全に店主とバイトのそれだった。

 口元に人差し指を立てる杏には警戒心の欠片も感じられない。会って二日目の相手に秘密まで暴露してしまうとは。

 俺に危害を加えるつもりがないことは重々理解したが、だとすれば尚更目的が見えてこない。


「それで、俺になにか用だったか?」


 カレーを待つ間に話を済ませてしまおうと、早速本題に入る。

 この辺りは常陽の生徒もよく彷徨いている。万が一にも他所の学校の女の子と一緒に居るところなんてあまり見られたくはないし、何より一応出会って二日目の女の子と二人きりで話すことなんて何も思いつかなかった。コミュ障治ってないですよ。


「急だねー。もう少し余裕を持った方がモテるよ?」

「余計なお世話だ」


 これでも俺はラブコメの主人公だからな。そんなことをしなくても勝手にモテる。はず。

 いやそうでもないかもしれない。現に苦労してるしな。

 軽口を叩きながらも杏は本題と思われる話題を引っ張り出す。


「結奈とはどういう関係なの?」

「……は?」


 よく分からない質問だ。どういう関係って、そりゃ決まってんだろ。


「恋人だよ。彼氏彼女の関係。結婚はまだ未定」

「灯君って面白いねー」


 俺の返答に手を叩いて笑う杏。そんなに面白いこと言ったか? 俺ってもしかして芸人の才能がある?

 そんな慢心に陥りそうになったが、どうやらそういう意味じゃないらしい。

 杏は急に表情を消し、真剣な顔で俺の目をじっと見た。


「質問を変えるね。どうして付き合ってるフリをしてるの?」


 oh......

 どうしてバレたんだ? やっぱファーストコンタクトのあれか? 確かに少し不自然だったもんな。

 いやまだバレたとは限らない。カマかけの可能性もあるし、適当に誤魔化してみるか。


「フリ? 何言ってんだよ。俺たちは真剣に」

「亜梨沙のことはもういいんだ?」


 !?という文字が頭に浮かんだ。顔にも出ていたと思う。

 何故こいつが亜梨沙を知っているんだ、という疑問はすぐに解消される。


「私、亜梨沙と同じクラスで友達なんだー。だから、君のことは少しだけ聞いてる。亜梨沙の元カレさん?」


 これはやらかした。聖女と聞いた時点で警戒しておくべきだった。

 そういや一周目でも杏とはろくに自己紹介もしていない。どこの学校の生徒とか、交友関係とか、そもそも苗字すら知らない。

 亜梨沙とそこまで話すような間柄だと知っていたら連絡先なんて交換しなかったし、ダブルデートももっと早くに切り上げていた。

 杏が聖女の生徒だと知ったのもつい今しがたの話だし、後悔してももう遅いんだけどな。

 どうにか上手い言い訳をと考えていると、杏はさらに追い討ちをかける。


「亜梨沙が言ってたんだー。体育祭で君に会ったって。そこで和解は出来たみたいだけど、彼女が居るなんて話は聞いてなかったんだよねー」


 どうすっかなーこれ。

 ここで「あの後汐留と付き合い始めた」なんて言うと、この場は乗り切れても今度は亜梨沙にどやされる。そもそも汐留がどんな話をしているか分からない以上、認識に齟齬が生じる可能性もある。

 だからと言って恋人のフリだと認めてしまうと汐留の立場が危うくなるかもしれない。こいつは汐留の幸せのためには要警戒対象だ。

 守るべきは俺の身か、汐留の身か。


「そんなに怖い顔しなくても大丈夫だよ。結奈には言わないからさ。ただ、亜梨沙の気持ちを知っててそんなことをしてる人なのか、それともただ優しい人なのか知りたいだけだよ」

「汐留とは恋人のフリをしてました」


 恐ろしく早い手のひら返し。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 汐留……すまん!


「灯君素直すぎー。亜梨沙のことまだ好きなのー?」

「色々あるんだよ、こっちにも」


 体育祭で亜梨沙と紗衣が仲良くなったところまではいい。だが、亜梨沙が紗衣を気に入ってしまったせいで、俺と汐留が本気で付き合っていると言ってしまうと、それが紗衣にまで伝わってしまう可能性がある。そうなると紗衣が次にどんな行動を起こすかわかったもんじゃない。

 俺の保身だけじゃなく、ヒロインたちとの関係性を鑑みての手のひら返しだ。ホントダヨ?


「色々ってどんなこと?」

「様々なことって意味だよ」

「言いたくないってことだね」


 言ったところで信じちゃもらえないだろう。そもそもどこから話せばいいのかわからん。杏も深入りするつもりはないようで、それ以上踏み込んでくる様子はない。

 それよりも、だ。


「本当に黙っててくれるんだよな?」

「それ、先に確認しなきゃダメじゃない?」

「仰る通りで……」


 既に真実を話してしまった今、杏が汐留にそのことを伝えて一周目のように彼氏マウントを取り始めるかもしれない。俺はそれを止める手立てを持ち合わせていない。

 動揺すると詰めの甘さが出るのは俺の悪いところだな。

 半ば諦めモードの俺に杏はいたずらっぽく笑いかける。


「大丈夫だよ。どうしても信じられないなら、私の秘密も教えてあげる」


 杏はぐっと机に身を乗り出し、顔を近づける。秘密、とは。この場の雰囲気と相まって絶妙にいかがわしい響きだな。

 顔を近づける杏はにっと口角を上げる。いい匂いがする。甘い香水みたいな匂いだ。あと服が緩いせいでブラが見えてる。なんならやや膨らんだ白い肌も見えてる。華奢だけど女の子らしい体だなぁ、なんて。

 やめろやめろ、これ以上罪を重ねるな。自戒しろ。素数を数えるんだ。


「私も同じだよ」

「……はい?」


 店内に誰がいるわけでもないのに、何故か小声の杏。

 同じって何だ。何が同じなんだ。俺と同じで頭の中ピンク色ってことですか?

 ダメだ、もう頭が回らん。IQ3くらいになってる。


「だから、私も恋人のフリをしてもらってたの」


 あー、なるほど、それで同じってことね!

 いやどういうことだよ。ビックリしすぎて冷静になったわ。


「え、じゃあなんだ? お互い擬似カップルでダブルデートしてたってことか?」

「ちょ、声大きい」


 いや誰に聞かれるんだよ……と思ったが、杏はチラチラと厨房の方を見ている。ああ、そういうことね。


「叔父さんにバレたくないのか」

「そういうこと。私にも色々あるんだよ」

「お互いカラフルで大変だな」

「どういうこと?」

「なんでもない」


 色々とカラフルで掛けたつもりだったんだが、伝わらなかったらしい。


「それよりも、さ。そろそろ本題に入ってもいい?」


 今までのこれは本題じゃなかったんですか?

 ここまで前菜が重たいと胃もたれしますよ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る